国際世論が経済開発と環境保全の両立を求めていることは、それぞれの国に国家と社会の連携を問い未来を左右する選択を迫ることに繋がる。特に新興国にとっては、とかく規範的見地に偏るグローバル・ガバナンス論に対して、それぞれの国の社会事情、政治情勢を抜きにしての要求に応えることは出来ない部分が多い。本書はブラジルが2009年に温室効果ガス削減目標を規定し、野心的な気候変動法を制定した形成過程を、環境政治学に基づく分析から説明しようとするものである。
地球環境保全のための気候変動問題と経済開発をめぐる争いから、新興国の台頭、気候変動政策と政策決定過程でのネットワークの型と制度化のアクター、環境運動による国家と社会関係の収斂を確認するために1950~92年の萌芽期、1992~2004年の合意形成期、2005~07年の政策形成期、そして2008~09年の政策決定期のそれぞれの時期の展開を丹念に辿って、終章でブラジル気候変動ネットワークの推進と制度化の帰結との因果関係を明らかにし、政策ネットワークが重視した多層ガバナンスに、ブラジルでは環境NGO等が参画しているのが特徴と結んでいる。
本書執筆過程で行ったブラジルでのインタビュー調査は、制度や規則よりも個人的な関係や慣習がものを言ったと述懐しているが、人と人とのつながり、複雑な相互作用と選択こそが環境政治学の要綱であるとの本書の中心的な視座と通じ合うものがある。気鋭のブラジル研究者による意欲的な取り組みは、読む者に大いに知的刺激を与えてくれる。
〔桜井 敏浩〕
(晃洋書房 2022年2月 258頁 5,700円+税 ISBN978-4-7710-3549-2 )
〔『ラテンアメリカ時報』 2022年春号(No.1438)より〕