カリブ地域はもとより世界中の黒人居住地域に先駆けていち早く独立したが故に貧困と一部権力者による独裁政治にずっと苛まれ、それから逃れるためにハイチから米国等へ逃れる者も多かったが、過酷な歴史的、社会的現実の中で故郷のアフリカの豊かな文化伝統を受け継いでいる。文字のないアフリカでは語り手が「クリック?」(この話、聞きたい?)というと「クラック!」(聞かせて!)と物語の始まりの掛け合い言葉によって現代の伝承を、銃声を逃れて小さな難民船で米国へ向かった船上で死産した赤子を捨て海に身を投げた母、独裁政権下で魔女として投獄された母、生活のために夜の女が「天使」を待つなど10編は、米国に移住したハイチの女性の故郷と米国とへの複雑な愛情。彼女たちは苦しみ、悩み、そんな人生の中の幸福を慈しみ、生きていて、母から娘へ、そのまた娘へと連綿と続く人の営みを綴っている。
1969年にハイチの首都ポルトープランス生まれのハイチ系米国人作家。経済的理由で両親がニューヨークに移住し12歳で渡米、ブルックリンのハイチ系コミュニティでハイチクレオール語で育ったが、ブラウン大学大学院を修了し、文学作品はすべて英語で発表している。本訳書は2001年に同じ出版社から出た初版の新装改訂版。
〔桜井 敏浩〕
(山本 伸訳 五月書房新社 2018年8月 248頁 2,000円+税 ISBN978-4-909542-09-0 )