執筆者:桜井悌司(ラテンアメリカ協会常務理事)
ラテンアメリカ協会のホームページの「投稿欄」に2021年4月から12月まで、12回にわたって、「ラテン好きのためのリベラルアーツ」というタイトルで連載しました。内容は下記の通りです。
1回目 ラテンアメリカのノーベル賞受賞者
2回目 ラテンアメリカの国花と国鳥
3回目 ラテンアメリカ出身のメジャーリーガーたち
4回目 ラテンアメリカの著名サッカー選手 上中下
5回目 ラテンアメリカの歴代オリンピック・ゴールドメダリスト
6回目 ラテンアメリカの著名建築家
7回目 ラテンアメリカの著名作家たち 上下
8回目 ラテンアメリカの著名ボクサー
9回目 ラテンアメリカの著名画家たち
10回目 ラテンアメリカの著名作曲家たち
11回目 ラテンアメリカの国際空港と人名
12回目 ラテンアメリカ主要国の紙幣と人名
これら一連のレポートは、ラテンアメリカ全域をカバーしていますが、個々の国に関心のある方から見ると使い勝手が悪いかも知れません。そこで今回、上記レポートを基本にして、主要国の著名文化人・スポーツ選手等の人名録を作成することにしました。さらに詳細な情報入手を希望される方は、上記のレポートにアクセス下さい。今回は、中米6カ国(グアテマラ・ホンジュラス・エルサルバドル・ニカラグア・コスタリカ・パナマ)を取り上げました。内容は、下記の通りです。
1)中米のノーベル賞受賞者
2)中米の著名作家・詩人
3)中米の著名画家
4)中米の著名作曲家
5)中米出身のメジャーリーガー
6)中米の著名ボクサー
7)国際空港に見る中米人
8)紙幣にみる中米人
1)中米のノーベル賞受賞者
中米には3名のノーベル賞受賞者がいる。グアテマラ人が2名、文学賞のミゲール・アンヘル・アストウリアスと平和賞のリゴベルタ・メンチュウ及びコスタリカ人の平和賞のオスカル・アリアスである。
*Miguel Angel Asturias(ミゲール・アンヘル・アストゥリアス) 1967年文学賞受賞
1899年~1974年。グアテマラの小説家、外交官。主要な作品は、独裁者を描いた「大統領閣下」(El Señor Presidente)、「グアテマラ伝説集」(Leyendas de Guatemala)等(翻訳あり)受賞理由は、「ラテンアメリカの先住民の伝統と国民性に深く根ざした鮮やかな文学的業績」。魔術的リアリズムの担い手としてラテンアメリカ文学のブームの先駆者の役割を果たした。
*Rigoberta Menchu Tum(リゴベルタ・メンチュウ) 1992年受賞
1959年~ グアテマラ系マヤ族の人権活動家
1966年から96年まで続いたグアテマラ内戦時代の軍事政権による人権侵害に反対する農民統一委員会(CNC)の活動家として活躍。1982年、「私の名前はリゴベルタ・メンチュウ」という本を出版した。(日本語訳もある)受賞理由は、「グアテマラ先住民の人達と権利の向上のための努力に対して」である。
*Oscar Rafael de Jesus Arias Sanchez(オスカル・アリアス・サンチェス)
1987年受賞 コスタリカの政治家、元大統領1986年から1990年 コスタリカの第43代大統領 2006年から2010年まで第48代大統領。受賞理由は、「中央アメリカにおける和平調停への尽力とニカラグアとエルサルバドルとの紛争を仲裁した功績による」もの。
2)中米の著名作家・詩人
世界レベルで有名な中米の作家として、グアテマラ人3名(ミゲール・アンヘル・アストゥリアス、アウグスト・モンテローソ、エドゥアルド・ハルフォン)、ニカラグア人2名(ルベン・ダリオ、セルヒオ・ラミレス)、エルサルバドル人1名(オラシオ・カスジャーノス)の6名を紹介する。
*ミゲール・アンヘル・アストゥ―リアス Miguel Angel Asturias、1967年ノーベル文学賞
1899年~1974年。グアテマラの小説家、外交官。主要な作品は、独裁者を描いた「大統領閣下」(El Señor Presidente)、「グアテマラ伝説集」(Leyendas de Guatemala)等(翻訳あり)受賞理由は、「ラテンアメリカの先住民の伝統と国民性に深く根ざした鮮やかな文学的業績」。魔術的リアリズムの担い手としてラテンアメリカ文学のブームの先駆者の役割を果たした。
*アウグスト・モンテローソ Augusto Monterroso Bonilla
1921年~2003年。 ホンジュラス生まれのグアテマラの作家。1960年代のラテンアメリカ文学ブームの中心人物の1人でエル・エスペクタドール氏の創刊者。代表作は、「全集その他の物語」 Obras completes y otros cuentos。世界で最も短い小説として知られる「恐竜」はCuando despertó, el dinosaurio todavía estaba allí.(彼[1]が目を覚ましたとき、恐竜はまだあそこにいた。)1997年アストウリアス皇太子賞を受賞。メキシコ政府からもアギラ・アステカ勲章を受章。
*エドゥアルド・ハルフォン Eduardo Halfon
1971年~ 。グアテマラの作家。10歳で米国に渡る。代表作は、「ポーランドのボクサー」El boxeador polaco (日本語訳あり)、「悲嘆」Duelo,英語訳Mourningで数多くの国際文学賞を受賞している。
*ルベン・ダリオ Ruben Darío García Sarmiento
1867年~1916年。ニカラグアの詩人、ジャーナリスト、外交官。19世紀ラテンアメリカが生んだもっとも偉大な詩人でラテンアメリカのモデルニスモの代表の一人。アウグスト・サンデイーノと並んでニカラグアの国民的英雄。代表作は、命と希望の歌 Cantos de vida y esperanza、「青」,Azul,、「全集」Obras completas。ニカラグアの100コルドバ紙幣に使われている。最近、「ルベン・ダリオ全集物語」が発行された。
*セルヒオ・ラミ―レス Sergio Ramírez Mercado
1942年~ 。ニカラグアの作家、ジャーナリスト、政治家。1984年~90年ダニエル・オルテガ政権の元副大統領。代表作は、「ただ影だけ」Sombra nada másでソモザ政権末期に逃亡を図り、失敗し、民衆裁判にかけられる話。他に 「仮面舞踏会」Un baile de máscaras。2017年セルバンテス賞を受賞。
*オラシオ・カステジャーノス・モヤ Horacio Castellanos Moya
1957年~ 。エルサルバドルの小説家、ジャーナリスト。代表作は、「無分別」Insensatezでグアテマラにおける先住民虐殺を取り扱い、英訳された作品や「崩壊」Desmoronamientoがある。2作品とも日本語に翻訳されている。
3)中米の著名画家
中米の著名画家としてグアテマラ人のカルロス・メリダを紹介する。
*カルロス・メリダ Carlos Mérida
1891年~1985年。グアテマラのキュービズム画家、版画家、リトグラフ作家。ヨーロッパのモダニズム絵画をラテンアメリカに関係するテーマと融合させた。(とりわけグアテマラやメキシコに関連したテーマ)メキシコの壁画運動に参画しており、主としてメキシコで活動した。代表作は、「夏」El Veranoやチアパスのチアパ・デ・コルソ宮殿の壁画等。1981年と1991年にメキシコの芸術宮殿で回顧展が開催された。メキシコ政府からアギラ・アステカ勲章を受章。
4)中米出身のメジャーリーガー
中米も野球が盛んである。ここでは、米国のメジャーリーグで活躍した選手を紹介する。パナマの2名(ロッド・カルー、マリアノ・リベラ)とニカラグアの1名(ホセ・デニス・マルテイネス)である。
*ロッド・カルー(Rodney Cline Carew)
1945年生まれ。ツインズ、エンゼルス所属。殿堂入り。1972年首位打者となり、合計7回首位打者。年間安打数記録3回、安打総数3053本(イチローに抜かれるまでは米国出身以外の選手では最多記録。シーズンMVP1回。オールスター出場18回。背番号29はエンジェルスとツインズで永久欠番。
*マリアノ・リベラ(Mariano Rivera)
1967年生まれ。ヤンキースに所属。殿堂入り。歴代最多の652セーブをあげる。年間最多セーブ賞3回。ヤンキースで5階のワールドシリーズ制覇に貢献。オールスター出場13回。リベラの登場曲は、メタリカの『エンター・サンドマン』。
*ホセ・デニス・マルテイネス(José Dennis Martínez)
1955年ニカラグア生まれ。オリオールズ、エクスポス、インディアンズに所属。1981年最多勝14勝1回(1981年)、最優秀防御率1回(1991年)。通算245勝。オールスター4回出場。完全試合1回。
5)中米の著名ボクサー
中米からも世界的に有名なボクサーが輩出している。パナマの3名(イスマエル・ラグーナ、ロベルト・ドウラン、エウセビオ・ペドロサ)とニカラグアの2名(アレックス・アルグエリョス、ロマン・ゴンサレス)を紹介する。
*イスマエル・ラグーナ(Ismael Laguna)
1947年パナマ生まれ~ 75戦65勝(うちKO37回)、負け9回、引き分け1回。WBA,WBCのライト級王者に4回。内3回は初防衛戦で敗退。唯一日本のガッツ石松を退けている。世界ボクシングの殿堂入り。
*ロベルト・ドゥラン(Roberto Durán)
1951年パナマ生まれ~ パナマで最も有名なボクサー。119戦103勝(90KO)敗戦16。WBA・WBCライト級統一チャンピオン。石の拳(Mano de Piedra)と呼ばれた。日本の小林弘やガッツ石松をKOで倒している。当時シュガー・レイ・レナード、マーヴィン・ハグラ―、トミー・ハーンズ等が輩出し、エクサイテイングなボクシングを繰り広げた。世界ボクシングの殿堂入り。
*エウセビオ・ペドロサ (Eusebio Pedrosa)
1956年パナマ生まれ~2019年 49戦41勝(うちKO25回〉負け6回、引き分け・無効試合2回。1978年にWBA世界フェザー級王者になり、以後7年間に19回防衛を果たした。日本のロイヤル小林、スパイダー根本も退けている。世界ボクシングの殿堂入り。
*アレックス・アルゲーリョ(Alexis Arguello)
1952年ニカラグア生まれ~2009年 ニカラグア初の世界王者。90戦82勝〈内KO65回〉負け8回。1974年、メキシコのルベン・オリバ―レスをKOし、フェザー級のタイトルを獲得、その後、スーパーフェザー級、ライト級のタイトルを獲得し、3階級制覇を遂げた。日本のロイヤル小林にもKO勝ちしている。その後政治家に転出し、マナグア市長にも就任するが、2009年、マナグアの自宅で死亡。死亡原因は不明。世界ボクシングの殿堂入り。
*ロマン・ゴンサレス(Román González)
1987年ニカラグア生まれ~ ニカラグア初の世界4階級制覇。51戦49勝(うちKO41回)、負け2。元WBAミニマム級、元WBAスーパーフライ級、元WBCフライ級、元WBCスーパーフライ級王者。現スーパーフライ級スーパー王者。帝拳所属。チョコラティート(Chocolatito)のあだ名で呼ばれる。強いアッパーカットはアルグエリョの指導によるものと言われている。日本の高山勝成や八重樫東も退けている。
6)中米の空港と人名
中米にも人名のついた空港がかなり多い。パナマには、合計35の空港があり、国際空港が6、国内空港が6、人名のついた空港が10ある。コスタリカには39の空港があり、内国際空港は4、国内空港が35、人名のついた空港は4となっている。エルサルバドルには、22の空港、内国際空港2、国内空港20、人名のついた空港1である。ニカラグアには31の空港、内国際空港6、国内空港25、人名のついた空港3がある。ホンジュラスには、44の空港、内国際空港4、国内空港40、人名のついた空港2がある。
「パナマ」
空港所在都市 | 空港名、人名 |
Panama City | Aeropuerto Internacional de Albrook “Marcos A. Gelabert” |
Provincia de Chiquiri | Aeropuerto Internacional Enrique Malek |
*マルコス・A・へラベルㇳ Marcos Antonio Gelabert Damián
1908年~1952年。パナマの飛行家。学校時代から航空に関心を持ち、カンサスシティやハバナで学ぶ。パナマ航空界に多大なる貢献をした人物で、パナマに民間航空会社をつくり、パイロット養成のための学校を創設した。後にパナマ民間航空局長やトクメン空港の総支配人を務める。
*エンリケ・マレク Enrique Malek
1899年~1937年。パナマの飛行家。上記へラベルトと並びパナマの民間商業航空の父と呼ばれている。
「コスタリカ」
*フアン・サンタ・マリア Juan Santamaría Rodríguez
1831年~1856年。サンホセ国際空港名は彼に因んでいる。コスタリカ軍の鼓手。1856年のフィリバスター戦争の第2回リ―バス戦争で米国の不法侵入者のウイリアム・ウオーカー率いる軍と勇敢に戦い、戦死した。コスタリカのナショナリズムを高揚させた国民的英雄。生まれ故郷のアラフエラには彼の大きな銅像が1891年に建造された。また戦死した4月11日は祝日になっている。
「エルサルバドル」
*サン・オスカル・アルヌルフォ・ロメロ・イ・ゴンサレス San Oscar Arnulfo
Romero y González
1917年~1980年。エルサルバドル国際空港名は彼に因んだものである。Monsenor Romeroと呼ばれていた。カトリック教の神父で、第4代サンサルバドル大司教。暴力や貧困に立ち向かったが、1980年に暗殺された。
「ニカラグア」
*アウグスト・サンディーノ Augusto César Sandino
1895年~1934年。マナグアの国際空港名は彼に因んでいる。ニカラグアの革命家。1927年から33年までニカラグアに駐屯していた米国海兵隊に対する抵抗運動の指導者。「自由な人々の将軍」と呼ばれた。1934年、国家警備隊司令官であったアナスタシオ・ソモザに殺害される。彼の意思は、その後「サンディニスタ民族解放戦線に引き継がれ、ソモザ独裁政権を打倒した。
「ホンジュラス」
*ラモン・ビジェーダ・モラレス José Ramón Adolfo Villeda Morales
1909年~1971年。ホンジュラス第2の都市サンペドロ・スーラ国際空港名は彼に因んでいる。ホンジュラスの政治家、自由党から立候補し、1957年から63年まで大統領を務める。彼は、労働、公共衛星、公共教育、社会保障システムの改革に努めるとともに、道路、港湾、空港の近代化を促進した。1963年には軍事クーデターで倒れる。
*フアン・マヌエル・ガルベス Juan Manuel Gálvez Durón
1887年~1972年。ホンジュラスのロアタン空港名は彼に因んでいる。ホンジュラスの政治家、弁護士で、1949年から54年まで第39代大統領を務める。国民党から立候補し、ティブルシオ・カリアス・アンディ―ノの16年にわたる独裁政権を終了させた。米国の多国籍企業であるユナイテッド・フルーツ社等を優遇した反面、道路建設、コーヒー輸出の拡大、教育の充実に貢献した。
7)紙幣にみる中米の人名
ここではコスタリカのみ取り上げる。元大統領が4名、政治家1名、作家1名と政治色の強い顔ぶれである。
金額 | 人名 |
1000コロン | Braulio Carrillo Colina |
2000コロン | Mauro Fernández de Acuña |
5000コロン | Alfredo González Flores |
10000コロン | José Figueres Ferrer |
20000コロン | Carmen Lyra |
50000コロン | Ricardo Jiménez Oreamuro |
*ブラウリオ・カリージョ・コリーナ Braulio Carrillo Colina
1800年~1845年。コスタリカの弁護士、商人、政治家。1935年から37年までと1838年から42年の2期にわたり大統領を務めた。コスタリカ国家の基盤を固めた人物で、コスタリカ中央渓谷とカリブ海を結ぶ道路網の建設を行い、コーヒーやコスタリカ産品の輸出増に貢献した。サンホセ近郊の中央火山脈にある国立公園は彼の名前をとっている。
*マウロ・フェルナンデス・デ・アクーニャ Mauro Fernández de Acuña
1843年~1905年。コスタリカの弁護士、教授、政治家。教育大臣を経て1904年から05年まで国会議長。教育面で多大なる功績があった。1955年祖国功労者Benemérito de la Patriaに宣言される。
*アルフレド・ゴンサレス・フローレス Alfredo González Flores
1877年~1962年。コスタリカの弁護士、政治家。下院議員を経て1914年から19年まで大統領。国立銀行(現中央銀行)を設立、教師養成のための師範学校の設立、税制面での改革を行った。1954年、祖国功労者に宣言される。
*ホセ・フィゲ―レス・フェレール José María Hipólito Figueres Ferrer
1906年~1990年。コスタリカの政治家。大統領を3期にわたり務める。コスタリカ内戦の勝利者で第二共和国の創始者。大統領在任中に、常備軍の廃止、銀行の国有化、女性及びアフリカ系コスタリカ人に対する選挙権の付与等を行った。またコスタリカ国立大学、コーヒー院、観光局、国歌住宅・都市局、国家生産審議会、国立シンフォニー・オーケストラ等の組織を創設した。
*カルメン・リラ Carmen Lyra(María Isabel Carvajal Quesada)
1888年~1949年。コスタリカの作家、教育者、政治家。本名はMaria Isabel Carvajal Quesadaでカルメン・リラはペンネーム。彼女はコスタリカで最初の女性作家で、コスタリカで最初のモンテソーリ学校の設立者、コスタリカ共産党の共同設立者、最初の女性労働組合の結成者。主要作は、「パンチータ叔母さんの物語」Los cuentos de mi tia Panchita。2016年、祖国功労者に宣言される。
*リカルド・ヒメネス・オレアムーロ Ricardo Jiménez Oreamuro
1859年~1945年。コスタリカの政治家。下院議員、下院議長を経て、3期にわたり大統領を務める。国会議長、最高裁判所長官、大統領という3権の長を務めた最初の人物。地震で大きな被害を受けたカルタゴの再興に尽力した他コスタリカの公共建築、道路、橋梁、下水道の整備、ナショナル・スタジアムの建設、健康省の設立などの業績がある。1942年、祖国功労者に宣言される。
以 上