連載レポート97: 桜井悌司 「ラテンアメリカ主要国の文化人人名録国別編パラグアイ・ウルグアイ編 | 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載レポート97: 桜井悌司 「ラテンアメリカ主要国の文化人人名録国別編パラグアイ・ウルグアイ編


連載レポート97

ラテンアメリカ主要国の著名文化人・スポーツ選手等の人名録
(パラグアイ・ウルグアイ編)

執筆者:桜井悌司(ラテンアメリカ協会常務理事)

「はじめに」

ラテンアメリカ協会のホームページの「投稿欄」に2021年4月から12月まで、12回にわたって、「ラテン好きのためのリベラルアーツ」というタイトルで連載しました。内容は下記の通りです。

1回目  ラテンアメリカのノーベル賞受賞者
2回目  ラテンアメリカの国花と国鳥
3回目  ラテンアメリカ出身のメジャーリーガーたち
4回目  ラテンアメリカの著名サッカー選手 上中下
5回目  ラテンアメリカの歴代オリンピック・ゴールドメダリスト
6回目  ラテンアメリカの著名建築家
7回目  ラテンアメリカの著名作家たち 上下
8回目  ラテンアメリカの著名ボクサー
9回目  ラテンアメリカの著名画家たち
10回目 ラテンアメリカの著名作曲家たち
11回目 ラテンアメリカの国際空港と人名
12回目 ラテンアメリカ主要国の紙幣と人名

これら一連のレポートは、ラテンアメリカ全域をカバーしていますが、個々の国に関心のある方から見ると使い勝手が悪いかも知れません。そこで今回、上記レポートを基本にして、主要国の著名文化人・スポーツ選手等の人名録を作成することにしました。さらに詳細な情報入手を希望される方は、上記のレポートにアクセス下さい。今回は、パラグアイとウルグアイを取り上げました。内容は、下記の通りです。

1)パラグアイとウルグアイの著名作家・詩人
2)パラグアイとウルグアイの著名画家
3)パラグアイの著名作曲家
4)パラグアイとウルグアイの著名サッカー選手
5)国際空港に見るパラグアイ人・ウルグアイ人
6)紙幣にみるパラグアイ人・ウルグアイ人

1)パラグアイとウルグアイの著名作家・詩人

ここでは、パラグアイ人作家1名とウルグアイ人作家・詩人8名を紹介する。

*アウグスト・ロア・バストス Augusto Roa Bastos

1917年~2005年。 パラグアイのジャーナリスト、パラグアイで最も有名な作家。1989年にセルバンテス賞を受賞。代表作は、チャコ戦争を描いた「汝、人の子よ」Hijo de hombreや独裁者や軍事独裁に挑んだ「至高の存在たる、余波は」Yo el supremoがある。

*エンリケ・ロドー José Enrique Rodó

1871年~1917年。 ウルグアイのエッセイスト、哲学者、思想家。1895年「文学・社会科学」誌を創刊。モデルニスモにおいて、ルベン・ダリオが文学で果たした役割を哲学・思想の面で果たした。モデルニスモ散文の巨匠。代表作は、「アリエル」Ariel。

*オラシオ・キロガ Horacio Silvestre Quiroga Forteze

1878年~1937年。ウルグアイの劇作家、詩人、短編作家。ジャングル物の作品を多数執筆し、ラテンアメリカの魔術的リアリズム作家に影響を与えた。主要作品は、「愛と狂気都市の物語」(Cuentos de amor de locura y de muerte)、「野生の書」(El salvaje)等。

*フアナ・デル・イバルブルー Juana de Ibarbourou

1895年~1979年。ウルグアイの詩人でラテンアメリカでもっと人気のある詩人の1人。自然と愛をテーマの作品をつくる。1979年、「ラテンアメリカのフアナ」という称号を受ける。ウルグアイ作家協会の会長も務める。代表作は、「ダイヤの舌」 Lenguas de diamantes

*フアン・カルロス・オネッテイ Juan Carlos Onetti

1909年~1994年。ウルグアイの小説家。1980年セルバンテス賞を受賞。 代表作は、「造船所」El astillero、「井戸」El Poso、「はかない人生」La vida breve、「ハコボと他者」Jacob y el otro等。

*イダ・ビターレ Ida Vitale

1923年~ 。ウルグアイの詩人、エッセイスト、文学評論家、翻訳家。ウルグアイの45年世代のメンバーであり、本質主義の詩(poesía de esencia y existencia)の代表。2018年セルバンテス賞を受賞、その他多数の文学賞を受賞している。

*アンヘル・ラマ Angel Rama

1925年~1983年。 ウルグアイの作家、学者、文芸評論家。45年世代のメンバー、共和国大学イスパノアメリカ文学科長、イダ・ビターレと結婚・離婚。代表作は、「識字都市」Ciudad letrada。1983年航空機事故によりバラハス空港で死亡。

*エドゥアルド・ガレアーノ Eduardo Hughes Galeano

1940年~2015年。 ウルグアイの著名なジャーナリスト、歴史家。アルゼンチンやウルグアイの軍政に反対し、スペインでの亡命生活を余儀なくされる。代表作は、「収奪された大地 ラテンアメリカの五百年」Las venas abiertas de America Latina、「スタジアムの神と悪魔」El futbol a sol y sombra等々。

*マリオ・レブレロ Jorge Mario Varlotta Levrero

1940年~2004年。ウルグアイの作家、カメラマン、劇作家。代表作は、「場所―フィクョンのエルドラード」El lugar等。科学フィクションや政治的テーマの作品が多い。コミックのシナリオやクロスワード・パズルの制作なども手掛けた。

2)パラグアイとウルグアイの著名画家

ここでは国際的に有名なパラグアイとウルグアイの著名画家を1名ずつ紹介する。

*フェリシアーノ・セントゥリオン Feliciano Centurión 影響

1962年~1996年。パラグアイのビジュアル・アーチストで彼の作品は、刺繍、クロケット、ニット等の繊維の作品で知られている。彼の作品は、米国、英国、フランス、アルゼンチン、ブラジル等で展示された。死後の2018年には、サンパウロの第33回ビエンナーレで、2020年には、ニューヨークのアメリカズ・ソサイエティで個展が開かれた。

*ホアキン・トーレス・ガルシア Joaquín Torres-García

1874年~1949年。ウルグアイ生まれのスペイン人抽象画家。画家、教授、作家、彫刻、ウルグアイ美術の理論家。1892年から1914年までバルセロナで活躍、1910年のブラッセル万博のウルグアイ館の壁画を担当。その後1920年以降、ニューヨーク、イタリア、フランス、スペインで活動後、1943年にウルグアイに移り、モンテビデオで美術協会を設立。代表作は、「魚」(El Pez)、「構造的な時計」(Constructivo con Reloj)、アメリカ飯店地図(América Invertida)等。ニューヨークのMOMAでも個展が開かれている。

3)パラグアイの著名作曲家

*アグスティン・バリオス・マンゴレー Agustín Barrios Mangoré

1885年~1944年。パラグアイのギターリスト、作曲家、詩人。幼少の頃はポルカヤバルツ島のフォルクローレに目覚めたが、後にクラシックギター音楽に開眼する。13歳でアスンシオン国立大学の音楽部に通った。アルゼンチン、ウルグアイ、ブラジル、ベネズエラ、ヨーロッパで演奏活動を行った。300以上のギター歌曲の作曲を手掛けた。パラグアイで最も偉大な作曲家の一人として尊敬されており、5万グアラニーの紙幣の肖像としても使われている。日本のギタリストの福田進一、村治佳織、木村大なども演奏している。2017年には、彼の生涯を描いた映画、「伝説のギタリスト、マンゴレー」が日本でも公開された。晩年は、中米のエルサルバドルの音楽院のギター教授を務めていたが、同地で心臓病により急死した。

4)パラグアイとウルグアイの著名サッカー選手

パラグアイもウルグアイもサッカーは大人気のスポーツである。とりわけウルグアイはサッカー強国で、過去にFIFAワールドカップで2回優勝している。ここではパラグアイの3選手とウルグアイの9選手を紹介する。

「パラグアイ」

*アルセニオ・エリコ(Arsenio Pastor Erico Martinez)

1915年~1977年。FW. クラブ・ナショナル(パラグアイ)→インデペンディエンテ(アルゼンチン)→クラブ・ナショナル等所属。アルゼンチン・リーグでは、1937年から39年まで、47得点、42得点、40得点を記録、アルゼンチン・リーグでは通算293得点を挙げ、この記録は破られていない。

*フーリオ・セサル・ロメロ(Julio Cesar Romero)

1960年生まれ、1999年引退。MF. 愛称は「ロメリート」。スポルティーボ・ルケーニョ→ニューヨーク・コスモス→フルミネンセ→FCバルセロナ→プエブラ等に所属。パラグアイ代表1979年~1990年、国際試合32戦13得点。1986年ワールドカップ(メキシコ)へのパラグアイの28年ぶりの出場の立役者。フルミネンセ時代には、リーグ制覇に貢献し、1985年南米年間最優秀選手賞を獲得。

*ホセ・ルイス・チラベルト(Jose Luis Felix Chilavert Gonzalez)

1965年生まれ、2005年引退。 GK。愛称「チラ」。スポルティーボ・ルケーニョ(パラグアイ)→サンロレンソ(アルゼンチン)→レアル・サラゴサ→ベレス・サレスフィールド(アルゼンチン)→ストラスブルグ(フランス)等所属。パラグアイ代表1989年~2003年、国際試合71戦8得点。1994年から99年まで連続6回南米ベスト・イレブン、1996年アルゼンチン年間最優秀選手賞を獲得。PKやFKを決めるゴールキーパーとして有名で、ほとんど外さないことで知られていた。日韓ワールドカップでは、パラグアイチームは長野県に合宿したが、それを記念して、「チラベルト・カップ」が創設された。

「ウルグアイ」

*ホセ・ナサッシ(Jose Nasazzi Yarza)

1901年~1968年。DF。リト→ベジャビスタ→ナショナルに所属。ウルグアイ代表1923年~36年、代表試合41試合0得点。1924年、28年オリンピック優勝、1930年ワールドカップでアルゼンチンを破り優勝時のキャプテン、最優秀選手賞。1923年、35年の南米カップ(コパ・アメリカの前身)で最優秀選手賞。ウルグアイ史上ベストのプレーヤーと評価されている。ラテンアメリカのサッカー界に影響を与えたベスト10のトップに選ばれている。

*オブドウリオ・バレラ(Obbulio Varela)

1917年~96年、1955年引退。 MF。 デポルテイーボ・フベントゥ―→モンテビデオ・ワンダラーズ→CFペニャロール。ウルグアイ代表1939年~54年、国際試合45試合9得点。1950年ワールドカップ優勝時のキャプテン。「マラカナンの悲劇」として有名な決勝戦で冷静にキャプテンを務め、ボールをフィールドに持っていき、「さあ勝つときが来た」と叫びチームを鼓舞し、ブラジルに勝利した。サッカー史上最高のキャプテンの1人と言われている。後にペニャロールの監督も務めた。

*フアン・アルベルト・スキャフィーノ(Juan Alberto Schiaffino)

1925年~2002年。MF、FW。愛称は「ペペ」。 ペニャロール→ACミラン→ASローマに所属。ウルグアイ代表1946年~54年。国際試合21試合8得点。1950年ワールドカップの決勝戦(マラカナンの悲劇)の対ブラジル戦で同点ゴール(決勝ゴールはギジャ)をあげる。後にイタリア国籍も取得し、イタリア代表にもなる。

*ウーゴ・デ・レオン(Hugo Eduardo de Leon Rodriguez)

1958年生まれ、1994年引退。 DF。 愛称は「El Caudillo」(盟主)。ナショナル・モンテビデオ→グレミオ→サントス→ログローニョス→東芝サッカー部〈現コンサドーレ〉等に所属。ウルグアイ代表1979年~90年、国際試合48戦0得点。1983年グレミオで、1988年ナショナルでトヨタカップ優勝。引退後はグレミオ等の監督。

*エンツオ・フランチェスコリ(Enzo francescoli Ugarte)

1961年生まれ、1998年引退。FW。 MF。愛称は「El Principe」(王子)。 モンテビデオ・ワンダラーズ→リーベル・プレート→PCパリ→オリンピック・マルセイユ→カリアリ→トリーノ→リーベル・プレート等に所属。ウルグアイ代表1982年~97年、国際試合73戦15得点。83年、87年、95年のコパ・アメリカで優勝。南米年間最優秀選手賞1984年、95年。アルゼンチン・リーグ最優秀選手賞2回(85年、95年)、得点王3回。94年から97年にかけてリーベル・プレートを4回優勝に導く。フランスのジダンの尊敬するプレーヤーで、彼は自分の息子にEnzoと言う名前を付けた。昔、映像で見方からのパスを受け、そのままオーバーヘッドキックでゴールしたシーンは忘れられない。

*アルバロ・レコバ(Alvaro Alexander Recoba Rivero)

1976年生まれ、2016年引退。FW。 愛称は「El Chino」。ダヌービオ→ナシオナル→インテル→ヴェネツイア等に所属。ウルグアイ代表1995年~2007年、国際試合69戦11得点。2002年ワールドカップに出場。セリエAでは、2005年~06年、2006年~07年のシーズンでインテルを優勝に導いた。筆者はインテル時代のレコバを何度も見ている。

*ディエゴ・フォルラン(Diego Forlan Corazo)

1979年生まれ、2019年引退。 FW。 インデペンディエンテ→マンチェスター・ユナイテッド→ビジャレアル→アトレティコ・デ・マドリ―→セレッソ大阪→ペニャロール等に所属。 ウルグアイ代表2002年~2014年、国際試合112戦36得点、2010年ワールドカップで5得点をあげ、FIFAゴールデンボール賞を受賞。2011年コパ・アメリカ優勝。引退後はペニャロール等の監督。セレッソ大阪に在籍したことで知られている。

*ルイス・スアレス(Luis Alberto Suarez Diaz)

1987年生まれ。 FW。 ナショナル・モンテビデオ→アヤックス(オランダ)→りヷ―プール→バルセロナ→アトレティコ・デ・マドリ―等に所属。ウルグアイ代表2007年~ 、国際試合106戦57得点、ワールドカップに3回出場、2010年4位、2014年ではイタリア戦で相手チームの選手に噛みつき退場、2018年ベスト8。オランダリーグ(2009年~10年)、プレミア・リーグ(2013年~14年、同年最優秀選手賞)、リガ・エスパニョーラ(2015年~16年)の3リーグで得点王。2015年FIFAクラブワールドカップで得点王、ゴールデンボール賞受賞。世界屈指のストライカーの1人。

*エディソン・カバーニ(Edinson Roberto Cavani Gomez)

1987年生まれ。FW。 ダヌービオ→パレルモ→ナポリ→パリ・サンジェルマン→マンチェスター・ユナイテッド等に所属。ウルグアイ代表2008年~ 、国際試合112戦48得点、ワールドカップ3回出場。2012年~13年セリエA得点王、2016年~17年、2017年~18年フランスリーグ得点王。ルイス・スアレスと強力なユニット。

5)国際空港に見るパラグアイ人・ウルグアイ人

インターネットで検索するとパラグアイには、合計15の空港があり、内、国際空港が4、国内空港11である。人名のついた空港は8空港である。一方ウルグアイの場合、合計の21の空港があり、内、国際空港が8、国内空港が13である。人名のついた空港は4空港である。

「パラグアイ」

パラグアイで人名のついた空港 2空港を紹介する。

空港所在都市 空港名、人名
Asunción Aeropuerto Internacional Silvio Pettirossi

以前は Presidente Stroéssner

Encarnación Aeropuerto Internacional Teniente Amin Ayub González

 

*シルビオ・ペティロッシ  Silvio Pettirossi Pereira

1887年アスンシオン生まれ~1916年。アスンシオン国際空港名は彼に因んでいる。パラグアイのパイロットであり、航空界のパイオニア。イタリア系のパラグアイ人で7歳の時にイタリアの軍学校に入学、15歳で卒業。その後ブエノスアイレスでホルヘ・ニューベリーに飛行術を学ぶ。アクロバット飛行の名人で、フランスの航空学校で32回の開店を披露した。以前の名前は、独裁者として君臨したストロエスネル大統領であった。

*アミン・アユブ・ゴンサレス中尉  Teniente Amin Ayub González

エンカルナシオン国際空港は、彼の名前に因んでいる。インターネットでは情報取れず。軍人で中尉、名前から判断して、イスラム系と思われるが、この人物がどのような人かを知っておられる方はご一報ください。

「ウルグアイ」

*カサレオ・L・べリッソ将軍  General Casareo L. Berisso

1887年~1971年。ウルグアイ航空界のパイオニア。モンテビデオのCiudad de Colonにあるカラスコ空港は彼の名前に由来する。1907年ウルグアイ軍学校に入学。その後、軍の航空学校の最初の卒業生の一人。1922年から31年まで航空学校のデイレクターを務めた。1920年代には、南米の長距離飛行に挑戦した。1929年にはウルグアイで最初の航空機を設計した。2002年、「セサリオ・ベリッソ財団が設立され、空軍のファミリーを支援している。

6)紙幣にみるパラグアイ人・ウルグアイ人

「パラグアイ」

パラグアイの紙幣は下記の4種類。紙幣の顔の4名とも戦争に関連した軍人・政治家である。パラグアイ戦争(ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイとの戦争)関連が3名、チャコ戦争の英雄が1名である。

金額 人名
50グアラニー Mariscal José Felíx Estigarribia
100グアラニー General José Eduvigis Díaz
500グアラニー General Bernardino Caballeros
1000グアラニー Mariscal Francisco Solano López

 

*マリスカル・ホセ・フェリックス・エスティガリビア Mariscal José Felix

Estigarribia Insaurralde

1888年~1940年。パラグアイの軍人、政治家。傑出した軍人政治家で、ボリビアとのチャコ戦争(1932年~35年)で勝利に導いた戦争の英雄、軍事戦略家。後に第26代大統領に就任するが、翌年航空機事故で死亡。ボケロン州には、Mariscal Estigarribiaという都市がある。

*へネラル・ホセ・エドゥビヒス・ディアス General José Eduvigis Diaz

1833年~1867年。パラグアイの人気のある将軍。パラグアイとブラジル、アルゼンチン、ウルグアイの3国連合軍との戦争(パラグアイ戦争、1864年~70年)で、1966年9月22日のクルパイティの戦い(Batalla de  Curupayt)yの英雄。パラグアイのハイウエイ・ルート4は彼の名前が付けられている。

*へネラル・ベルナルディーノ・カバジェロスGeneral Bernardino Caballeros

1839年~1912年。パラグアイの軍人、政治家。パラグアイ戦争等で軍人として活躍。政治家としては、陸海軍大臣、法務大臣、内務大臣、上院議員、暫定大統領を経て、1880年から1870年まで大統領。コロラド党の創始者で死ぬまで総裁を務める。パラグアリ県には、彼の名前のついた都市がある。

*マリスカル・フランシスコ・ソラーノ・ロペス Mariscal Francisco Solano López

1826年~1870年。パラグアイの軍人、政治家。父親は初代大統領のカルロス・アントニオ・ロペス。若い時から後継者として育てられ、欧州駐箚特命全権大使、陸海軍大臣、副大統領を経て、父の死に伴い、第2代大統領に就任(1862年~70年)。任期中にパラグアイ戦争が勃発し、相手がブラジル、アルゼンチン、ウルグアイの3国同盟軍なので、すぐに終結すると思われたが、5年間も続いた。最後はセロ・コラー(Cerro Cora)の戦いで戦死した。彼の評価は論争の的であるが、戦後、国民的英雄として名誉が回復された。パラグアイでは、彼の真だ3月1日は、英雄たちの日(Día de Los Heroes)として祝日となっている。

「ウルグアイ」

ウルグアイの紙幣は下記の7種類である。文化的な色彩が強い。詩人が2名、作曲家1名、画家1名、科学者1名、政治家1名、教育者1名となっている。

金額 色彩 人名
20ウルグアイ・ペソ Juan Zorrilla de San Martín
50ウルグアイ・ペソ 青主体 José Pedro Varela
100ウルグアイ・ペソ 紫主体 Eduardo Fabini
200ウルグアイ・ペソ 赤紫ピンク Pedro Figar
500ウルグアイ・ペソ 黄緑オレンジ Alfredo Vásquez Acevedo
1000ウルグアイ・ペソ 緑黄茶 Juana del Ibarbourou
2000ウルグアイ・ペソ 灰黄土紫 Damaso Antonio Larrañaga

*フアン・ソリ―ジャ・デ・サン・マルティンJuan Zorrilla de San Martín

1855年~1931年。ウルグアイの詩人、作家、ジャーナリスト、教育家、外交官。下院議員、スペイン大使、ラ・レプブリカ大学教授を務める。ウルグアイの国民的詩人と言われている、代表作は、「タバレー」、「祖国の伝説」Leyenda Patria等。新聞El Bien Publicoの創設者。モンテビデオには、ソリ―ジャ博物館がある。

*ホセ・ペドロ・バレラ  José Pedro Varela

1845年~1879年。ウルグアイの科学者、ジャーナリスト、政治家、教育者。彼の尽力で1876年に無料の義務教育と世俗教育が採用された。また1877年には、共通教育法 Ley de Educación Comúnが制定されたのは、彼の影響力があったためと言われている。

*エドゥアルド・ファビーニ  Eduardo Fabini

1882年~1950年。ウルグアイの作曲家、バイオリニスト。ベルギーに音楽留学。ウルグ1907年、ウルグアイ音楽院を設立、1913年室内楽協会の共同設立者。代表作は、交響曲「Campo」、交響曲「セイボの島」La Isla de los Ceibos、バイオリンとオーケストラのための曲「Fantasia」等多数。

*ペドロ・フィガーリ   Pedro Figari

1861年~1938年。ウルグアイの画家、法律家、作家、政治家。モデルニスモの画家で印象派。子供時代の見た地方の習慣について絵画化した。ラテンアメリカの芸術の世界にアイデンティティ革命を起こしたと言われている。ニューヨークのMOMAでも20世紀ラテンアメリカのアーチスト展に展示している。モンテビデオには「フィガーリ美術館がある。また彼の功績を称え、1995年、「フィガーリ賞」が設けられた。

*アルフレド・バスケス・アセベド  Alfredo Vásquez Acevedo

1844年~1923年。アルゼンチン生まれでウルグアイに帰化。法律家、政治家。国家行政審議会のメンバー、上院議員、下院議員を務める。3期にわたり、ラ・レプブリカ大学の学長を務める。民法、刑法の著作もある。

*フアナ・デル・イバルブルー Juana del Ibarbourou

1895年~1979年。ウルグアイの詩人でラテンアメリカでもっと人気のある詩人の1人。自然と愛をテーマの作品をつくる。1979年、「ラテンアメリカのフアナ」という称号を受ける。ウルグアイ作家協会の会長も務めた。代表作は、「ダイヤの舌」。 Lenguas de diamantes。ウルグアイで紙幣の顔になった最初の女性。モンテビデオ市のプラド地区には、彼女の名前のついたバラ園(Rosaleda)がある。また2019年に、国会議事堂に隣接する芸術廊下に彼女を描いた壁画がオープンした。
*ダマソ・アントニオ・ララナーガ Damaso Antonio Larranaga

1771年~1845年。ウルグアイの宗教家、建築家、外交官、自然主義者、植物学者。ウルグアイ国立図書館、ウルグアイ国立大学の創設者の一人。外交官としてウルグアイの国家としての誕生のために貢献した。ダマソ・アントニオ・ララニャーガ・ウルグアイ・カトリック大学は彼に因んだものである。

以   上