『セルタンとリトラル ブラジルの10年』 三砂ちづる - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

『セルタンとリトラル ブラジルの10年』  三砂ちづる


著者は津田塾大学多文化・国際協力学科教授で、疫学・母子保健を専門とし、1987年に留学していたロンドン大学熱帯医学校で勉学を続けるための奨学金を得るために、同級の恋人のブラジル人医師の仲介でブラジルの大学に赴いたことが、貧困地域ノルデステ(北東部)であるセアラ州フォルタレザに10年も住む契機となった。本書は、国際保健の研究者として過ごした中での体験を、セルタンと呼ばれる乾いた奥地で高かった乳幼児死亡率の低下の要因、コロール政権下で預金封鎖下での混乱、JICAの家族計画母子保健プロジェクトへの疫学専門家としての参加と国際会議でもパネラーへの連絡漏れや座長の行方不明がありそれをカバーしてしまうブラジル人の巧みさ、日本より先行していた「母乳バンク」、人件費の安い北東部の生活で欠かせない家事労働者との生活などの身近な話題から、妊娠中絶や母子の健康などにみられる近代化を拒む風土などについての公衆衛生学者としての思索など、実に多岐多様にわたるテーマを著者独自のユーモアを交えた語り口は、一読に値する文化人類学的エッセイになっている。

〔桜井 敏浩〕

(弦書房 2022年4月 296頁 2,000円+税 ISBN978-4-86329-249-9 )
〔『ラテンアメリカ時報』 2022年夏号(No.1439)より〕