連載エッセイ170:硯田一弘 「南米現地最新レポート」その35 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ170:硯田一弘 「南米現地最新レポート」その35


連載エッセイ167:硯田一弘

「南米現地最新レポート」その35

執筆者:硯田一弘(アディルザス代表取締役)

「7月3日発」

円安が続く日本、7月になっていきなりアップル製品の値上げが発表されました。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220701/k10013697231000.html

アップル製品の値付けは米ドル円の半期予測に最も適した指標のひとつと考えていますので、今回の期中価格改定は今後も円安が続くと言うアップル社の見方を示すものと思われます。直近1年間の米ドル円の関係を示すグラフを見ていますと、3月以降の3か月間で急激に円が弱くなっており、昨年同時期と比べて25%も対米ドルで日本円の価値が下がったことが判ります。一方パラグアイ通貨Guaraniの動きですが、通年で5%程度の振幅の範囲に収まっています。そしてパラグアイの隣国、アルゼンチンの通貨ペソ。一直線に安くなって昨年同期比で30%以上価値を下げています。

同じソースでベネズエラの通貨ボリーバルを表示しようとすると、こんなグラフが現れます。https://www.xe.com/es/currencyconverter/convert/?Amount=1&From=USD&To=VEF

週に一回、ベネズエラからはEl Universal紙の電子版が届くのですが、昨日は「上半期でベネズエラのボリーバルの価値が17%下落した」という報道がありました。日本円は1月1日に115円/US$でしたから、奇しくもボリーバルと同じ17%の下落率ということになります。https://www.eluniversal.com/economia/130941/el-bolivar-se-devaluo-17-frente-al-dolar-en-primer-semestre-de-2022

ベネズエラ在住の友人からの情報では、現在の公式レートはBs.5.55/US$、並行市場でBs.5.73~5.85/US$という動きだそうで、牛肉1kgがBs.44、米は0.95ドル、エンパナーダが1個2ドル、ビッグマックは8ドルという世界一の高さになっているそうです。

ボリーバルと米ドルが混ざった表現になってるのは、実体経済が米ドル中心になっている表れであり、通貨の下落に追い付かないと困るので、どんなに通貨が下がっても大丈夫なようにドル表記になる訳です。ではなんで牛肉がボリ表記なのかというと、国産でまかなえる必需食品である牛肉の価格を恣意的に操作して価格を固定する政策をとっているからです。

iPhoneの値段は劇的に上がったのに、食品をはじめ多くの商品の価格がまだ据え置かれている日本、注意してください。コストが上がれば売値をあげないと商売は成り立たないのです。食糧自給率36%の日本、64%が輸入品ということですから、円安になれば食品の価格はいずれもっと上がります。今こそ、自給率340%=世界一の食糧生産大国パラグアイに目を向けるべき時です。

「7月10日発」

パラグアイでラジオを掛けて長距離ドライブをしていると、音楽の選択肢の幅が意外と狭いことにチョッと不満を憶えます。当然のことながら、パラグアイにも地元のポピュラー音楽というのはあって、それなりにノリの良い曲も多くありますが、基本的にはクンビア系のズンチャカ的リズムで、長く聴いてると飽きが来ます。まあ、飽きる前に電波が届かなくなって他の曲に切り替える訳ですが、沿線に街が多い2号線(アスンシオンーエステ市)や1号線(アスンシオンーエンカル市)なら他の局への切り替えで対応できますが、チャコ地方に向かう9号線だとラジオの電波どころか携帯電話も通じない地域が多くあるので、携帯電話に溜めた楽曲を鳴らして運転することになります。しかし、インターネットの御蔭で今やパラグアイのラジオも世界中で聴取可能になっていますので、是非聴いてみてください。https://radiodeparaguay.com/  https://emisoras.com.py/#colmenar

このサイト、パラグアイだけでなく殆どの中南米諸国や世界のラジオを聴けますので気分転換にお勧めです。日本でもラジコというネットでラジオを聴くサービスがあるものの、ラジコは、日本国内限定のサービスとなりますので、今アクセスしている場所からお聴きいただくことはできません。というメッセージが出てきます。NHKテレビは有料放送なので仕方ないにしても、ラジオは無料で流してる訳ですから、海外にも無料配信してくれれば良いのに、と思いますが如何でしょう?今回の参院選でもNHK党がテレビ放送のスクランブル有料化を提唱していましたが、音楽や映像のコンテンツも、先ずは知られてナンボのモノの筈。著作権保護の問題は専門の技術屋さんにお願いして、もっと日本のコンテンツを海外で流すようにしてほしいものです。

ところで、有名なアーティストが頻繁に来て色んなコンサートを愉しめるサンパウロやブエノスアイレス、リマといった大都市とは異なり、アスンシオンは首都ながら大物が来て生演奏を聴かせてくれるってことは滅多にありません。

今年3月には往年の人気グループa-haが来ましたし、Miley CyrusというBlondieをカバーして人気の若手歌手が飛行機落雷のトラブルに遭って来られなくなったことがニュースになったりしました。  https://www.barks.jp/news/?id=1000217118

そんな文化的田舎のパラグアイに今週、大物アーティストがやってきます。しかも日本人。スムースジャズというジャンルの第一人者で、日本でよりも米国はじめ世界での知名度が高いピアニスト、松居慶子さんがアスンシオンでコンサートを開きます。

https://www.reduts.com.py/123-keiko-matsui-con-la-osca/centro-paraguayo-japones/funcion/234/?h=782316c70f1a104ce5dfff5f5f007f628b9f1ddc

カリフォルニア在住なので、日本に居ても滅多に聴けない彼女の生演奏がアスンシオンで愉しめる!凄いことです。(因みに前回の日本公演は2020年)

https://www.youtube.com/watch?v=aAZ09Z41lDI

ということで、非常に期待度の高いイベントですが、なんと今週から日本への出張が入ってしまい、個人的にはコンサートを観に行くことは出来なくなりました。残念!

https://www.brasilnippou.com/2022/220706-42colonia.html

「7月17日発」

日本への出張の途中、8年ぶりにチリのサンチャゴで一泊しました。折しも二年続いた旱魃が終わり、突然の豪雨と降雪に見舞われた直後の訪問になったそうで、迎えてくれた友人からは「雨男と雪男を兼ねた仲間の来訪を歓迎する」と茶化されました。

チリは南北4,630㎞にもなる細長い国で人口はおよそ1900万人。西側は太平洋に面し、東側は標高5千m前後のアンデス山脈ということで国境を接するアルゼンチンとの交通は陸路では接点は少なく、地元の人達は自分達の文化は島国のようだ、とも話しています。サンチャゴはそのほぼ中心に位置し、チリの総人口の三割強にあたる620万人が住む大都市です。サンチャゴの街は東のアンデス山脈だけでなく西側もCordillera de la Costa(海岸山脈)に挟まれたような地形なのですが、アンデス山脈はともかく、海岸山脈に雪が積もるのは5年ぶりの珍事だそうです。

https://www.meteored.cl/noticias/pronostico/frio-intenso-lluvias-y-nieve-santiago-2022-avanzan-hacia-la-zona-central-de-chile.html

コロナ前の2019年10月、地下鉄料金の値上げに端を発した暴動が発生し、今年3月に左派政権が誕生、来る9月4日に社会主義的性格の強い新憲法の導入を諮る国民投票が実施されることになっているものの、これが可決される可能性は今のところ低いとの観測が大勢を占めています。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN050440V00C22A7000000/

https://www.cl.emb-japan.go.jp/files/100369613.pdf

憲法の改定というテーマが論じられているのは日本も同じですが、先ずは国民が現行憲法の内容を把握し、何をどう変えるのか?という点をシッカリと議論した上で投票が行われるようになってほしいものです。

景気の高揚感に欠けるとの評判を聞いていた訳ですが、空港は今年初めに国際線専用の新ターミナルの運用が開始されて、サンパウロを凌ぐ素晴らしい設備になっていましたし、市内に入る高速道路も新しいトンネルを伴う新線が完成しており、南米大陸で最も高い地上300m62階建てのCostanera Centerビル(上の写真の建物)周辺の賑わいだけ見ていると、左傾化が更に進むことにはならないように感じた今回の訪問でした。

ところで、パラグアイでは7月の恒例行事EXPOが三年ぶりに開催され、24日までの会期中大勢の来訪者で賑わいを見せているようです。元々は牛の品評会として始まった行事ですが、牧畜業者=富裕層が一堂に会する機会を狙って色々な業者が参加するようになり、現在では自動車やボート等の乗り物の展示も沢山あり、また有名歌手のコンサートや、移動遊園地も設置されて万博なみの娯楽行事となっています。

https://www.ultimahora.com/arpa-agua-juegos-y-recorrido-virtual-yacyreta-atractivos-la-expo-2022-n3012131.html   https://expo.org.py/

今年は世界20カ国から参加登録があり、ビジネスマッチングなど商談の場も設営されますので、パラグアイでの投資機会を計るには絶好のイベントとも言えますので、近隣諸国の皆様も一度足を運んでみてください。

さて、そろそろ搭乗時間ですので、今週は少し早めにお届けします。アトランタへの夜間飛行になるので、冠雪した山脈の絶景がみられないのは残念ですが、頭の中でジェットストリームのテーマ音楽を鳴らしながら長旅に備えることにします。

https://www.youtube.com/watch?v=S45sZVbKm-g

「7月24日発」

2013年から18年の5年間、パラグアイ大統領であったオラシオ・カルテス氏が今週米国政府から汚職やマネーロンダリングの主導者として指摘され、制裁措置として家族三人も含めて米国への入国を禁止されることになりました。

https://www.ultimahora.com/horacio-cartes-califica-infundadas-las-acusaciones-eeuu-n3013778.html

カルテス氏はパラグアイで長期にわたって政権を担うANR国民共和協会党=通称コロラド党の主要派閥である「名誉あるコロラド派」の領袖として今も政治の頂点に君臨しており、来年行われる次期大統領選挙に右腕とも言えるサンティアゴ・ペニャ氏を擁立している言わばパラグアイの首領とも言われる人物です。

今回の米国政府による指摘では、カルテス氏は国際テロ組織とも関係しているとされています。ただ、カルテス政権の当時、米国に最も近いイスラエルと外交関係を樹立し、台湾との国交を維持する南米唯一の国であるパラグアイの政治トップを米国が糾弾するという構図は、米国の国際戦略が一貫性を欠いている証左とも受け取られ、米国の外交政策の不透明さを示す動きのように見えます。

朝鮮戦争もベトナム戦争も、それ以降の中東・アフガニスタン・イラク等への対応も、振り返ってみればその時々の政権の都合でそれぞれの国や地域が振り回されてきた訳で、現時点でもウクライナだけでなくミヤンマーやその他の地域で進行形の諸問題が多くの人々に不便を強いています。

決してカルテス氏の側のみに与するつもりもありませんが、地域の事情に通じた人たちの、複数の見方を取り入れた政策がとられ、一方的な制裁といった高飛車な手段でなく、話し合いで解決策を見つける社会になって欲しいと期待します。

「7月31日発」

二週間ほど真冬のパラグアイを離れて盛夏の日本に滞在しましたが、いよいよ離日の日を迎えました。帰国後にどんな気候か新聞の電子版を繙いてみると、

丁度ラパチョの花が満開となって街中をピンク色に染めているようです。

https://es.wikipedia.org/wiki/Handroanthus_impetiginosus

この記事によると、通常であればこの花が季節の変わり目を示してきたが、今年は少し様子が異なるとのこと。 https://www.ultimahora.com/llegaron-las-flores-del-tajy-y-el-frio-esta-la-puerta-salida-n3015242.html

そもそも植物には環境の温度変化を感じ取って成長する能力が備わっており、季節ごとの日々の温度を累積して成長の節目にしていることが知られています。これを積算温度(英語でCumulative temperature、スペイン語ではTemperatura acumulada)と言って、農家の皆さんは農作業の目安にしています。 https://harvest-timer.com/temperature/

農業というのは最も身近な科学の礎であり、こうした科学的な経験値の積み重ねから最適の収穫時期や収量の推測が行われている訳です。パラグアイでは7月の終わりにピンクのラパチョが満開を迎えるというカレンダーも、こうした積算温度の観測から予測が可能になっています。ただ残念ながら日本の様な花見のイベントがある訳ではないので、今のところ大きな経済効果は見込めません。この後しばらくすると世界的に人気のジャカランダが咲きますが、アスンシオンでは本数は多くないので観光の目玉にはなりません。街中がピンクに染まるラパチョを観に来るというのも面白いですよ。

ところで積算温度は大豆やトウモロコシ・小麦・コメなどの主要穀物の最適な播種や施肥・収穫の時期を占うのにも活用することが出来、日本のIT企業であるソフトバンクもデジタル百葉箱とも言えるe-Kakashiという装置を農地に設置して日本では既に実用化され、南米でも数カ国で実験を行っています。https://www.e-kakashi.com/

また、気象や航空管制・海上航行のレーダーを製造している日本無線という会社は、ブラジルの農業組合と協力して新たな農業向けの観測システムを構築しています。

https://www.jrc.co.jp/jp/product/index.html

日本で蓄積された技術は、これまであまり南米で見かけることはありませんでしたが、気候温暖化が進み、農業の不確定要素が増える一方、プーチン軍の侵略戦争によるウクライナ産穀物の出荷制限といった不安定条件が溜まってきた結果、その重要性が注目されるようになっています。世界における食糧の需給バランスが均衡を崩しつつある今こそ、日本の技術が南米で活かされるべきタイミングです。