執筆者:Ruben Rodriguez Samudio(北海道大学法学研究科助教・パナマ共和国弁護士)
現在、パナマでは、国民の政府への不満が高まって、デモクラシーの元で最も猛烈な抗議デモが行われている。これらのデモは、中核農業地域であるチリキ県から港湾都市であるコロンまで及んでいる。また、今回のデモ活動が一つのグループに限られているものではなく、教員、作業員、医療従事者、先住民族、およびその他の社会的な団体も参加している。特に、チリキ県のデモ活動によって食料や石油等の流通が妨害され、全国の食材が不足している。 こうした大規模デモの理由は、①経済的な政策への不満、②政府の税金の無駄使い、③政府スキャンダルへの無対応、④政府の国民への態度に大別することができる。これに対して政府の打った政策はほとんど逆効果を招いている。本稿では、デモを起こしたパナマの社会的な背景を紹介した上、以上の理由を検討する。
現在起きている社会的な不満の原因を把握するには、まず近年のパナマの歴史に触れる必要がある。パナマは、1967年に軍事政権となり、1989年、アメリカ軍のパナマ侵攻によって民主主義政権に戻った。22年間パナマ国軍の政治的な活動を担当したPRD党による独裁政権下の国民に対する人権侵害等は未だに人々の記憶に残っている。1989年に開催された総選挙では、野党同盟の元で出馬したGuillermo Endara Galimaniは、PRD党のCarlos Duqueに勝ち、大統領として当選した。しかし、ノリエガ政権は、外国の干渉を根拠として選挙を無効とし、選挙の無効に対するデモを行ったGalimani氏と副大統領候補のGuillermo Ford氏とRicardo Arias-Calderon氏は、軍の強化部隊の尊厳部隊(西:Batallones de la Dignidad)に暴行された。パナマ侵攻直後、Galimani氏は大統領に就任し、パナマ国防軍を解体した。しかし、国民の中では、PRD党の政党員が多かったため、PRD党を禁止せず、デモクラシーの強化に専念した。
1994年に、30年ぶりの民主的総選挙が行われ、PRD党のErnesto Perez Balladares氏が当選した。その後の大統領選挙の結果が以下の通りであった。つまり、1999年の選挙でArnulfista党(現Panameñista党)のMireya Mosco氏、2004年の選挙でPRD党のMartin Torrijosが大統領に就任した。その後、2009年の選挙でCD党のRicardo Martinelli、そして2014年の選挙でPanameñista党のJuan Carlos Varellaが大統領として当選した。2019年に行われた選挙ではPRD党のLaurentino Cortizoが当選し、10年以上ぶりのPRD政権となった。
デモ活動の主な原因は、新型コロナウイルスに対する対策、および政府の国民に対する態度にあると言える。就任式ではCortizo大統領が、憲法改正、効率的で、オープンな政権を約束した。しかし、新型コロナウイルスの発生によって、政府の最優先が変わった。新型コロナウィルスの影響は既に紹介している1) が、ここでまとめていく。パナマ政府の感染防止対策は、外出禁止を中心としたため、GDPと失業率が激しく悪影響を受けた。2009年以降、パナマ運河拡張のような大規模の公共投資によって政府の歳出が増加し、パナマのGDPの成長傾向が継続した。経済的な好機によってパナマは、世界規模の金融危機のリーマン・ショックを耐え、2007年から2018年の間、失業率は7%未満であった。こうした成長の元で、パナマのGDPは世界平均を上回った2) 。
但し、建設業界は、GDPの15%まで上がった結果、学力を求められない建築作業員が増えた。さらに、パナマでは第一次産業の企業がほぼなく、多くの民間企業がサービス業界である。つまり、政府の主な政策であった外出禁止命令によりテレワークでできる職業を除き、労働関係が不安的な状況となった。また、新型コロナウィルスによって失業率は1989年のアメリカによるパナマ侵攻時を上回った。侵攻後の失業率16.3%に対して2020年の失業率は18%まで上がった。パンデミック前の民間企業社員の37%が解雇され、33%の労働契約が停止され、そして、残りの30%のみが労働を継続した。
新型コロナウィルスの状況を踏まえ、労働局は、2021年11月1日に民間企業のすべての労働契約再開を命令した。2022年6月下旬時点では失業率は9.9%となり、労働局によると、民間企業では約8万件の労働契約が結ばれたが、2019年の同期比に結ばれた14万件の労働契約を下回っている。
2010年以降の経済的な成長をにもかかわらず、2011年から2021年の間、経済的アクティブ人口(15歳以上)は、約40万人増加したにもかかわらず、正規雇用が減少し、非公式部門での労働は36.9%から47.6%まで上がった。非公式部門労働増加の直接な結果として、国の歳入、国民年金の悪化に影響を与えている。このような問題が、労働環境だけではなく、教育に及んでいる。2010年以降、政府の教育に対する充当は150億ドルを超えているにもかかわらず、高校を卒業する者は30%に過ぎない。さらに、2004年から2009年の間、30歳未満が新規雇用の1/4だったが、2019年には1/27となり、若者世代の採用が減っていている。また、2019年時点では仕事も勉強もしない若者(ニニ:ni estudia, ni trabaja) は約26万人であったが、2021年8月時点では40万人となった。
教育に関しては、政府が国立教育機関におけるオンライン式のシステムを設けたが、ネット環境、パソコン・タブレット等へのアクセス、教員の準備等が統一できず、原住民族のような貧困家庭への影響が特に大きかった。2021年2月時点において、オンライン式の授業は220日間以上継続したため、世界最長と言われ、国立機関と私立機関の生徒の学力差が広がっている。
パナマの失業率 3)
パンデミックに伴う不況の結果として、国家の歳入が著しく減った。2019年と比べ、2020年前半の歳入は約40%減少した。以上の歳入不足に対応するため、政府が、国際機関からの融資や国債の発行を行った。2020年6月に、6月中旬には米州開発銀行から零細中小企業の支援として3億ドルの融資を受け、その後、更に4億ドルのローンを獲得した。こうして、2020年度では政府は国債の発行や国際機関のローン等によって178億ドルを確保することができた。
法律は、政府歳入の赤字がGDPの4%を超えてはならないため、政府は、赤字を填補するために国債の発行を繰り返している。2020年の赤字はGDPの9.8%(52億2千万ドル)であったのに対して、2021年の赤字はGDP5.5%(35億2200万ドル)まで下がった。さらに、法律は国債がGDPの40%を超えないように促進しているが、2022年2月時点では、パナマ公債は、420億ドルまで上がり、GDPの60%を上回っていることが分かった。
パナマ国債変動 (億ドル単位) 4)
以上の経済状況と国債急増に加えて、公務員の増加、および基本的必需品の値上げも問題となっている。会計検査院によると、国家公務員の給与は、36億2700万ドル(2017年)から47億3900万(2021年)まで上がり、今年1月から4月の間、公務員が約5000人雇われた。パナマでは、公務員試験が行われず、ネポチズムによる採用が少なくない。こうして採用された公務員がかねてからボトル(botella)と呼ばれ、給与の高いボトルは2リットルボトルとして知られている。ボトル問題は、政府のみならず、立法、司法にも及んでいる。
パナマの最低賃金は地域によって異なるが、労働局によると月500ドルから700ドルが一般収入である。こうした状況の中、PRD党の元大統領の90歳以上の母親(教育省のアドバイザーとして月4000ドル)、ノリエガ政権での元パナマ国軍少佐(大統領省(Ministerio de la Presidencia)で月6000ドル)、元パナマ大学総長(パナマ市のアドバイザーとして月4000ドル)が批判されている5)。また、月数千ドルで家族や親戚を採用する国会議員もいる。
しかし、チリキ技術大学総長の給与は最も注目されている。パンデミック前のチリキ技術大学総長としての給与は月7ドルで、教員としての給与も含め、月12000ドルを超えた。また、法律によってチリキ技術大学総長の再選が禁止されたにもかかわらず、4月上旬に可決された改正は総長の再選が可能となった6) 。そして、検察庁が行った調査によって、総長を含め、大学教員として務めながら、他の省においても働いた者がいると分かった1) 。以上にもかかわらず、6月上旬に政府がチリキ技術大学給与の引き上げを決定した。その引き上げによって総長の給与は月約14000ドルとなった。
こうした状況の中、政府が、赤字への対策、および国民に必要なサービスの支援を怠った。例えば、4月下旬に観光促進に関する法を改正する法律を発布した。この法律は、一定の地方で観光を発展させる企業に、建設や土地取得に利用した金額の60%から100%までの税金免除を認める。観光のインセンティブに対しては、国の歳入を利用し、特定の少人数のために特別な免除制度を設けているという批判があった。
また、日常生活に必要な商品の値上げが続いた。特に、医薬品の急騰に対する政府の対策を求めた声が多い。SNSでは、パナマで販売されている医薬品の値段は、コロンビア、スペイン、コスタリカより数倍高いことが発信されていた。さらに、パナマ統計局によると、5月の消費者物価指数は前年同期比4.2%増加した。最も影響を受けた財とサービスは、輸送(16.1%)、レストランやホテル(3.9%)、食材およびノンアルコール飲料(3.5%)、教育(2.5%)、宿、および光熱費(2%)、タバコや酒(1.3%)、家具、その他の日常生活商品(1.2%)、健康およびそれに関するサービスや商品(0.9%)であった。その中で6月には石油の値段が国民の家計に悪影響を与えた。また、保健省が、緊縮財政政策として7月上旬から始まる予定だった医学インターンの採用を見送った。
政府、国会を問わず、以上のような事件の連続が国民の不満を招いた。しかし、デモを起こした具体的な事件がある。7月1日にPRD党の議員が開催したパーティーで提供されたあるウイスキーの動画がSNSにアップロードされた。議員たちが飲酒したのは18年のマッカランで、一本600ドル以上するウイスキーである8) 。国民が苦戦している中、議員が楽しそうな姿が相次いで批判され、その後の対応も炎上した。この件に関してメディアでインタビューされた議員が反省の姿を示さず、公的資金を利用していないと反論した。
7月6日に、国立教育機関(小中学高校)教員の連合会は、教育に充てられている予算の引き上げ、および食品、医薬品、および石油の引き下げを求め、72時間のストライキを開始した。当初では、政府が、教員との対話を目的とした交渉テーブルを設けた。しかし、7月8日時点では作業員唯一労働組合(Sindicato Único de Trabajadores de la Construcción, SUNTRACS)、交通機関業者、および先住民族もデモに参加することになった。特に、先住民族は、チリキ県でパナマと北米を繋げるパンアメリカンハイウェイを閉鎖し、石油や食材運送の妨害となった。民間企業協議会を含め、民間企業を代表する様々な機関が閉鎖を批判し、政府が、反デモ部隊を送った。
パンアメリカンハイウェイの閉鎖を受け、政府が、7月15日に石油と一定の食材価格の凍結を決定した。しかし、石油に関しては、既に決定された値下げとほとんど変わらなかった。さらに、価格凍結された食品は、栄養が低いものが多かったため医者団体に批判された。そこで、先住民族が交渉テーブルに参加した政府の代表者に価格凍結された食品を使った弁当を提供したが、政府の代表者がその弁当を食べず帰った。この事件は、CNNのような国際メディアにも報道された。また、デモ中にPRD党の議員が専用テレビ局を設立するため、チリキ技術大学に100万ドルを与えるという法案を提案したが、炎上した結果取り下げた。
以上をもって、政府が交渉テーブルで石油値段をガロン3.25ドルにし、最低限必要な食材(canasta básica de alimentos)の値段を30%引き下げた。さらに、公務員数を10%削減することも約束している。7月28日に、パンアメリカンハイウェイの閉鎖は解除され、石油や食材の運送が再開した。
現時点では、医薬品に関する交渉が開始する。民間企業協議会のような民間企業を代表する団体が交渉テーブルへの参加を求めているが、SUNTRACTSが反対している。国民側の交渉テーブルに参加しているグループ間の、交渉の目的、およびその内容についての争いが始まっている。そのため、交渉テーブルが政治的な目的で利用されていることを注意する声が上がっている。
—————