『ニホンジン (原タイトル:Nihonjin) -叢書 ブラジル現代文学コレクション』 オスカール・ナカザト - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

『ニホンジン (原タイトル:Nihonjin) -叢書 ブラジル現代文学コレクション』 オスカール・ナカザト 


 20世紀初頭にいつか故郷に錦を飾って帰る日を夢見ながらブラジルに移住したヒデオ・イナバタの一家は、サンパウロ奥地の農場で身を粉にして働くが、半奴隷のような過酷な労働の日々で妻に先立たれ近くの日本人入植者の娘シズエと再婚し子供、やがて孫たちが出来るが、第二次世界大戦の勃発で連合国側になったブラジル社会で日系人は皆苦境に陥る。終戦とともに本国との情報が乏しかった日系人社会では敗戦を認識する負け組とあくまで対米勝利を妄信する「臣道聯盟」等の勝ち組との間で抗争が起きる。勝ち組のヒデオに対し息子のハルオは負け組と分かれるが、ハルオは臣道聯盟の特攻隊に暗殺されてしまう。長女のスミエはガイジン(ブラジル人)と駆け落ちし、その息子の本書の語り手である「私」ノボルは大学を卒業して女性弁護士と結婚するが、ブラジルの不況と日本の三世までの日系人就労受け入れが始まったこともあって日本への出稼ぎに行くことを示唆して物語は終わる。第一世代から第三世代までの約1世紀の日本人移民の家族史を通じて、世代間の考え方の違いや争い、アイデンティティの捉え方などの歴史と現代にも通じる様々な課題が浮かび上がる。これまで日本語では日系移民史・家族史は多く出されているが、ブラジル文学としてポルトガル語で日系移民を取り上げた小説としてはほとんど初めての秀作。
 著者は日系三世、現在はパラナ連邦工科大学教授。2011年に発表した本書はブラジル文学界で権威あるジャブチ賞(小説部門)を受賞している。2022年がブラジル独立200周年に当たることから、駐日ブラジル大使館が水声社の翻訳「ブラジル現代文学コレクション」シリーズに助成金を出している中の1冊。

〔桜井 敏浩〕

(武田千香訳 水声社 2022年6月 227頁 2,000円+税 ISBN978-4-8010-0648-5)
〔『ラテンアメリカ時報』 2022年 秋号(No.1440)より〕