在米ラテンアメリカ外交官のそれぞれの個性的な生活、民主正義を標榜し独裁者をクーデターで倒した者が弾圧と抑圧の独裁者の道を歩むなど、中南米の政治の赤裸々な実態などを軽妙なストーリー展開で一気に読ませるブラジル作家の大部な小説の訳書。
カリブの仮想の島国サクラメント共和国の独裁者カレラ総統に在米大使に任命された、政権打倒蜂起時から一緒に戦ったエリオドロが着任し、アイゼンハワー大統領に信任状を奉呈する前日から話しが始まる。エリオドロ大使閣下は好色で破廉恥だが誰の心も掴んでしまう人間的魅力に溢れ、早々にパンチョ・ビバンコ総領事の妻ロサリーアと情事を重ねるようになり、やがて就任披露パーティで紹介された金髪の米国婦人フランセスに乗り換える。ビバンコの妻を寝取られながら大使や妻と対決できない心の葛藤、ウガルテ駐在武官長やその妻の大使館付運転手との不倫、有能なパブロ・オルテガ一等書記官の俳句を通じた日本大使館員ヒロタ・クミコとの淡い交流など、大使館員それぞれの公私の行動が展開する。しかし本国では独裁者への民衆の鬱積した反発が高まり、米国に逃れたグリス博士の理論的な支援もあり、バリオスとバレンシアをリーダーとする革命勢力が力を増して政府軍を圧倒する。大使館でもウガルテは真っ先に欧州へ逃れ、オルテガは辞して帰国、革命軍の部隊長になるが、エリオドロ大使も帰国し最後まで首都空港を守り盟友カレラが家族・腹心を伴ってドミニカ共和国へ亡命するのを助け、自身は革命の敵として捕らわれ、新政府が民衆の不満のガス抜きに設置した革命裁判で裁判に引き出される。オルテガはエリオドロの弁護人を志願し法廷で検事を務める革命政権を実質取り仕切っているバレンシアと対決するが、その弁舌ももってしても予めと死刑となる筋書きは覆せず、エリオドロは闘牛場で満員の民衆が見つめる中で堂々と銃殺されるところで長編の物語は終わる。
独裁政権に抗してクーデターを起こした者、革命の名で政権に就いた者が、権力を得ると倒した独裁者と同じ道を辿る例はドミニカ共和国、キューバ、ニカラグア、ベネズエラ、ボリビアなどの近年の推移を見ると少しも変わっていないが、大使閣下の人生観、中南米の貧困の実態、さらに登場人物それぞれの悩み、武力革命の是非などを語らせ、多くの問題提起を厚みのあるものにしている。
20世紀のブラジル文学界を代表する著者は1905年ブラジル南部に生まれ、訳者は東京外国語大学ポルトガル語学科卒、東京銀行(現三菱UFJ銀行)でリマ、マドリード支店長等を歴任し、1996~2003年の間駐日スペイン大使館経済商務部の顧問も務めた。
〔桜井 敏浩〕
(澤木忠男訳 文芸社 2022年2月 736頁 2,100円+税 ISBN:978-4-286-23092-4 )
〔『ラテンアメリカ時報』 2022年 秋号(No.1440)より〕