『カリブ海の黒い神々 -キューバ文化論序説』 越川 芳明 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

『カリブ海の黒い神々 -キューバ文化論序説』  越川 芳明 


 1960年来米国と敵対しながら明るいイメージで思い浮かべることが多いキューバには、観光客の知らないアフロキューバの世界がある。スペイン系等欧州系と奴隷として連れて来られたアフリカ系、若干の先住民や中国系による混交文化がキューバのナショナル・アイデンティティであるにもかかわらず、黒人文化は白人支配層からも学界からも長く無視されてきた。著者は詩、絵画、映画から、宗教、逃亡奴隷、移民、そして製糖に至るまで縦横に論じ、アフリカ由来の宗教や文化に着目してその宗教がキューバという新天地で発展した過程、出身地域語族間での違いと与え合った影響、故郷を失ってしまったアフリカ系民たちの「ディアスポラ(離散)」を逃亡奴隷の子孫の哲学を考察することで探求し、あるカテゴリーに属する人は皆同じ本質を持っているという思想に異を唱える。さらに内部からアフロキューバ文化を観察するために、アフリカ由来の宗教サンテリアの司祭ババラウォの資格を取るまでの修行を体験し、そこから長く著者が関わってきたアメリカ文学との比較研究の事例として、『老人と海』を題材に白人作家ヘミングウェイの中にアフリカ文化や先住民文化の痕跡を見つけ、彼を混血化しようと試み、今後ヘミングウェイをマッチョな白人男性作家と単純に論じるとは言えなくなるだろうと断言している。
 包容力に富んだキューバの民衆文化への著者の並々ならぬ情熱を感じさせる、異色のキューバ文化論。

〔桜井 敏浩〕

(作品社 2022年8月 345頁 2,700円+税 ISBN978-4-86182-926-0)
〔『ラテンアメリカ時報』 2022年 秋号(No.1440)より〕