連載エッセイ197:硯田一弘 「南米現地最新レポート」その39 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ197:硯田一弘 「南米現地最新レポート」その39


連載エッセイ194:硯田一弘

「南米現地最新レポート」その39

執筆者:硯田一弘(アディルザス代表取締役)

「11月6日発」

先週末ブラジルで行われた大統領選挙の決選投票結果については、日本でも報じられている通り、得票率1.8%差という僅差で現職のボルソナロ氏が敗れ、2003年から10年まで国を率いた経験者、ルラ氏が勝利しました。選挙直後はボルソナル派の一部が道路封鎖を行うなどの動きがあったものの、米国でトランプ派が起こした様な過激なトラブルはなく、淡々とした月明けを迎えた模様です。ルラ氏は貧しい家庭に育ち、十分な公教育も受けられないまま金属工として労働組合の中で頭角を現し、反社会的という理由で投獄経験もあるが、大統領在任中の人気は絶大なものがあり、当時頻繁に面会していたベネズエラのチャベス大統領は、国民の前では自信満々の尊大な態度だった一方、ルラ氏の前では借りてきた猫の様な態度を取っていたことが印象的でした。

とは言うものの、その政治信念は社会的弱者の救済が一番であり、そのためには資本家から原資を得るというものですので、ブラジルの資本家たちは懸念を募らせており、今日ご紹介する記事”Estiman que podrían reactivarse inversiones de Brasil en el campo paraguayo con nuevo gobierno”(新政権の発足により、ブラジル人によるパラグアイ農村開発の再活性化の可能性高まる)のように農業にとどまらず広い範囲でのブラジルからパラグアイへの資本逃避が発生するとの予測がなされていまhttp://www.valoragro.com.py/ganaderia/es-muy-probable-una-reactivacion-de-las-inversiones-de-brasil-en-el-campo-paraguayo/

日本でも南米大陸がピンクに染まったと報じられるほど、左派ルラ政権のカムバックは大きな話題であると同時に、新聞やテレビニュースを支配している各国資本家の間では懸念材料として捉えられていますが、新聞も左派政権に牛耳られているベネズエラではお祝いムード一杯です。

↑盟友の復活を喜ぶベネズエラの新聞

ただ、政権が左派になってもベネズエラ以外の殆どの国では政治と経済が別々に機能していますので、報道されている様な大きな左傾化=国有化の進展の様な事態が発生するとは限らないとも思われます。特にアルゼンチンの左派政権がもたらした悲惨な現状を南米各国は注視していますので、ベネズエラやアルゼンチンのようになってはならない、という反面教師としての役割が機能しているように感じます。

ところで、そのベネズエラに住む旧友から、「日本人が演奏するプエルトリコの名曲Viejo San Juanの映像」というのを送ってきました。ttps://www.youtube.com/hwatch?v=PgjWvrwTgwM&list=RDPgjWvrwTgwM&start_radio=1視てみると、これは日本人ではなくて韓国人のようですが、良いものは良い、ということでお楽しみください。

「11月13日発」

11月9日は国勢調査(Censo Nacional)の日として休日になり、調査員や一部のエッセンシャルワーカー以外は自宅などの居場所に留まる様に、という政令が発せられました。

結果として街中はCOVID-19が始まった頃の様に人っ子一人居ない様に静まり返りました。たまたまこの日は出張で東の街エステ市のホテルに滞在していたのですが、アスンシオンとエステを結ぶ幹線道路国道2号線も、通過するクルマを殆ど見かけないという超珍しい景色となりました。目の前にある24時間営業のコンビニBiggieも、入り口にCerrado=閉店という札をぶら下げて店番の女性が暇そうに座っていました。

では国勢調査では何を調査したのか?というと、国民の家族構成・年齢・居住場所など、どこの国でも同じような内容ですが、これを紙の調査票に鉛筆で記入するというアナログな手法が批判の対象になっていました。https://www.ultimahora.com/buscan-210000-voluntarios-el-censo-nacional-noviembre-n3024069.html

また、調査には21万人の調査員がボランティアとして採用され、4300万ドルの費用が投入されたものの、実際に調査が実施されなかった家庭も多く、今後の調査結果の発表がいつ頃になるのか?も含め、まだまだ多くの意見が寄せられることになりそうです。700万人とされるパラグアイの全人口、一戸4人家族と仮定しても175万戸を21万人で回ると一人8戸、しかし実際の世帯数はもっと多い筈ですし、日本の1.1倍の国土面積全体に人口が分布しているパラグアイで全戸調査を一日で実施するのは不可能な話。

https://www.abc.com.py/nacionales/2022/11/09/ine-culpa-a-censistas-desertores-por-falta-de-llegada-a-hogares-pero-dice-que-aun-hay-tiempo/

調査員の多くは学生ボランティアだったようですが、地域によっては調査に出向いたところで暴行される等の問題も発生し、調査員の身の安全の確保がなされていなかったことについての批判も上がっています。

とは言え、1962年の第一回から10年に一度行われ、今回で7回目となったパラグアイの国政調査は、冒頭で申し上げたように調査の為に移動を禁じられたことを国民が遵守しており、極めて協力的に実施されたことについて、真面目な国民性の証であると高く評価する声も多く上がっていました。

ベネズエラに駐在していた2011年にも国勢調査を経験し、この時は実際に自宅に調査員が訪ねてきましたが、それまで2600万人と言われていた人口が2700万人に増加し、驚いた記憶があります。当時のチャベス政権では、国勢調査を口実にして選挙人の数を水増しし、自陣営への投票数を増やす明らかな偽装工作を公然と行っていて、それが今日まで続いています。

その意味でも、正しい統計調査は極めて重要であり、その過程と結果を尊重することこそが民主主義の最も重要な点であると思います。紙と鉛筆というアナログな手法で行われたパラグアイの国勢調査、その過程と結果が誠実なものであることに期待します。

「11月20日発」

グラミー賞という音楽賞があるのをご存知の方は多いと思いますが、そのラテン音楽部門というのが2000年から独立したラテングラミー賞となっています。日本ではあまり馴染みがない音楽ジャンルかも知れませんが、そのラテングラミーでパラグアイのクラシックギター奏者Berta Rojasさんがクラシックアルバム部門とクラシック作曲部門の二つで授賞を果たしました。パラグアイで音楽というと、アルパという竪琴が有名なのですが、Agustin Barriosという世界的に有名なギター奏者・作曲家を産み出しており、通称Mangoreとも言われるBarriosの影響もあって、多くの優秀なギター奏者を輩出しています。また、アスンシオン近郊のLuqueという街には多くのギター・アルパの工房があって、パラグアイを代表する二つの弦楽器を世に送り出しています。

今回受賞したBerta Rojasさんは1966年9月生まれの56歳、これまでにも3回ラテングラミー賞の候補になったほか、数々の音楽賞を受賞しているパラグアイを代表する音楽家の一人です。https://www.ultimahora.com/orgullo-nacional-berta-rojas-logra-dos-grammys-el-paraguay-n3034303.html

漸く手にした賞に、芸術家は素直に喜びを表明しています。

https://nanduti.com.py/berta-rojas-ganadora-de-dos-latin-grammy-en-este-momento-siento-una-alegria-dice-la-artista/

今回の受賞作をはじめ、いくつかの演奏を御紹介しますので、ラテンのギター音楽をお楽しみください。

https://www.youtube.com/watch?v=353DbFxtoG0

https://www.youtube.com/watch?v=zAuYLFO15ZM

https://www.youtube.com/watch?v=dhxlQ1Iidzs

因みにグラミー賞は、映画のアカデミー賞等に匹敵する音楽業界の賞を創設しようという趣旨で1958年に始められたもので、その名前は円盤型蓄音機Grammophoneにちなんでグラモフォン賞→グラミー賞となったものだそうで、日本のレコード大賞はその翌年1959年に始まったそうです。

「11月27日発」

今週は次男の卒業式に出席する為にカナダのバンクーバーにやってきました。

北米の都市に滞在するのは久しぶりですが、円安が進行した最近の報道で目にする「安い日本」を実感する旅になりました。先ず驚いたのはサンパウロ便乗り換えの為に降り立ったトロントの空港で、朝食を食べようとカフェに入り卵料理セットを頼んだのですが、これがなんと一人前3千円!家内と二人で6千円の朝食。帝国ホテルじゃあるまいし。

次に、バンクーバーに到着して、次男と合流して、お昼ご飯を食べに宿(Air B&Bの貸アパート)の近所のメキシコ料理屋(というより屋台風キッチン)でブリトー・タコス等のメニューにビールを飲んだら三人で18,000円!

朝のカフェも昼のキッチンも完全な庶民のお店。庶民がこんな物価に耐えられの???と思いつつ、それからは食堂は使わずスーパーで買って部屋で食べる作戦に変更しました。とは言え、折角遠路はるばるやってきたので、普段パラグアイでは食べられない海鮮の寿司を息子が御馳走してくれたりして大いに楽しむことが出来ています。

バンクーバーを初めて訪問したのは37年前の1985年、当時は白人中心の街という印象でしたが、次男が入学した2015年に再訪した印象は中国人が猛烈に増えたな、ということで、更に7年経った今回は道行く人たちの三人に一人は中国人となった感じです。なんでバンクーバーで中国人が増えてるか?っていうと、1999年の香港返還の時に大量の香港人がやって来て、その後2019年に中国政府の香港支配が強化された結果、それ以外の地域も含めてまた中国人が大量にやってきたために、昔の面影は消えてバンクーバーは今や東洋の街と化しています。

さて、もう11月最終の週末となって来週はいよいよ師走、パラグアイでは年末恒例のCaacupe巡礼の季節になってきました。過去2年間はコロナで人の集まりが制約されてきましたが、本来であれば何十万人の善男善女が徒歩でCaacupe大聖堂を目指して歩くことになる訳です。https://www.abc.com.py/nacionales/2022/11/26/peregrinos-vuelven-a-caacupe-para-pagar-promesa/

今日ご紹介する記事は、Peregrinos vuelven a Caacupe para pagar promesa(巡礼者たちが約束を果たす為にカアクペに帰ってきた)というもの。

https://sacredsites.com/americas/paraguay/caacupe.html

今回台湾の統一地方選挙で与党民進党が敗れて蔡英文総統が辞任というニュースが流れています。台湾と国交を結ぶことで独自のアイデンティティを維持してきたパラグアイですが、選挙という台湾国民の判断で、中国への同化が起こると、またまた多くの中国人が国外に脱出することになるかもしれません。香港の場合は脱出先はカナダやオーストラリアでしたが、台湾の場合はパラグアイも行き先に含まれることになる可能性も否定できないでしょう。

聖書ではエジプトで迫害を受けたイスラエルの民が、神から与えた約束の地であるナイル川とユーフラテス川の間の土地を目指してエジプトを脱出します。有名なモーゼの十戒のお話しですが、現代社会においても同じような流浪の民の発生と、巡礼ではなく新天地を求めての人口移動が発生する可能性は否定できない状況です。

次男が学んだ大学の構内には、国外では屈指の素晴らしさと言われる日本庭園があります。


これは「武士道」を著した新渡戸稲造を記念して1960年に造営されたNitobe Memorial Gardenで
、クラーク博士の弟子として日本農業の発展に寄与し、日米関係の強化に努めた新渡戸の功績を称えた素晴らしい施設です。

https://flyinbc.com/nitobeinazo

「願わくば われ太平洋の橋とならん」約束を果たした新渡戸の精神に触れた充実のカナダ滞在でした。 

以   上