『南米日系移民の軌跡』 吉田忠雄 | 一般社団法人 ラテンアメリカ協会
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『南米日系移民の軌跡』 吉田忠雄

外務省で中南米と関係する仕事を始めてから、移民のことはずっと気になっていた。

日系人がスパイ活動を行っていたわけではなかろうに、どうして強制収容所に入れられてしまったのか?多くの日系人がどうしてあれほどの辛酸をなめなければいけなかったのか?

極貧ともいえる生活をしていた日系人が突如豊かになったのはどうしてか?なぜサンパウロにあんなに日系人があつまっているのか?

本書『南米日系人の奇跡』を読み進めるうちに、そうした疑問のいくつかに答を見つけることができた。

たとえばブラジル。ブラジルへの移民というと、昨年のNHK番組「ハルとナツ」を思い出す。しかし実際は、「北海道から貧農がブラジルに新天地を求めて」というのとは、どうも違うようである。この番組の設定(昭和9年)から25年ほど前の笠戸丸に乗った第一次移民について、「ブラジル側は日本に農民出身者を望んでいたにもかかわらず、実際に海を渡ってブラジルに到着した日本人移民の大部分は、農民ではなかった」「第一次日本人移民の7分の1が純農であって、その他のものは、巡査、看守、村長、商売に失敗した小商人、漁夫、炭鉱夫、鉄道工夫、小学教員、下級官吏、株式の失敗者、俳優くずれ、博徒、船員、酌婦、田舎芸者、宿場女郎などであった」といったことを紹介し、日本国内の都会生活者にはブラジル内陸部の生活は無理だったのではないかとしている。

また、日本人の体力は日系人が移民する直前までブラジルで奴隷として使われていた黒人や中国人に比べて劣っており、受入先が期待していた厳しい農作業には向かなかったのではとも指摘している。他方、そうしたブラジル内部からその後南部のサンパウロに出てきた日系人は、手先が器用である清潔好きなことから、散発屋、家事労働者、大工など農業以外の分野で活躍するようになり現在があるというのは肯ける。

移民は過去の問題ではない。これから日本が多くの外国人労働者を受け入れていくにあたり、示唆に富むことが多い。
〔水上 正史〕

(人間の科学新社397頁2006年9月1800円+税)

『ラテンアメリカ時報』2007年夏号 No.1379 掲載