1万3000年前にベーリング海峡が繋がっていた時代にユーラシア大陸から渡ってきた先住民は、ほとんどが狩猟民であり、スペイン人はじめ旧大陸人の侵攻以前は人口も少なく小集団間に分かれて住み互いの交流はなく、そのためずっと手つかずの自然の中で太古の昔から進歩のない生活を続け、高度な文明を持たなかったというのが、新大陸の先史の定説である。コロンブスの新大陸到達は1942年、その前年を表題とする本書は、こういった見方に疑問をもった科学ジャーナリストによって執筆された。著者は人類学者、考古学者ではないが、膨大な文献(巻末に列記されている)を読破し、現地を取材し、多くの分野の研究者にインタビューを行うことによって、コロンブス到来以前の新大陸の先住民の人口、文明の起源、生態系との関わりを中心に、実例を挙げて反証している。
アメリカ大陸先住民は、独自に食料作物の品種改良を行うことで当時の世界では最も栄養価の高い食生活を送っていた。そもそもスペイン、ポルトガルによる植民地化の始まった時より数倍、数十倍の人口がいた。現在も南米ボリビアやペルーなどに痕跡が遺っているように、自然を制御し共存する優れた農法を実践していた。インカ帝国消滅の理由はスペイン兵の鉄の武器や馬ではなく、帝国の内紛と伝染病であり、ミシシッピー流域の先住民の場合は、征服者が食料として連れてきた豚からの急性感染症が原因だった。チリのモンデ・ベルデ遺跡は少なくとも1万2800年以上前の居住地であり、これまでの人類移動の定説では説明がつかない速度で南下したことになり説明がつかない。コロンブス到達以前にすでに現在の米国の2/3は農耕が行われ、中南米の自然は広範に人の手が入っていたななど、多岐の事例を取り上げて従来の定説を信ずる者には目から鱗が落ちる読後感を与える。
この本は歴史書ではないが、それぞれの事項はそれなりの論拠を示しており、新旧大陸の文明史に関心をもつ者にとっては大部な頁数だが面白く読める。
(布施由起子訳 日本放送出版協会 621+94頁 2007年7月 3,200円+税)
『ラテンアメリカ時報』2007年秋号(No.1380)より