『ガルシア=マルケスに葬られた女』  藤原 章生 | 一般社団法人 ラテンアメリカ協会
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『ガルシア=マルケスに葬られた女』  藤原 章生

コロンビアの生んだ著名な作家ガルシア=マルケスが、1981年に発表した作品に『予告された殺人の記録』がある(邦訳-野谷文昭1983年新潮社映画化もされた)。コロンビアの架空の町にやってきた裕福な家の御曹司といわれる流れ者が美しい娘を見初め結婚する。しかし、初夜に娘が生娘でないことが判り、翌朝実家に返される。娘の兄たちはその彼女の最初の男Autor と見なされた若者を殺す。彼女はその後17年間、離別した男に2000通もの手紙を出し続けたが、男は一通も封を切ることはなく、その束を突き返したという物語は、実際にあった事件に基づいており、細部に至るまで事件を彷彿とさせた。それぞれの登場人物にはモデルになった人たちがいて、作家の親戚やその友人が事件当事者に関わっていたのである。1982年にノーベル文学賞を受賞した世界的な作家の代表作のひとつとなり、世間は小説と実際の事件を重ね合わせた。返された花嫁とその家族は好奇の目に晒され、憶測され、裏話をあさるマスコミの餌食になって、事件そのものと、小説の発表により二度にわたる苦しみを味わった。

著者は、毎日新聞にいてメキシコに留学し、後にラテンアメリカ特派員を務めている。本書はモデルとなった女性にインタビューを申し込み、小説と事実についての質問をするという形式で、作家の弟や生涯ただ一度彼女がインタビューに応じた記者にも取材し、この小説発表がいかに彼女の人生を台無しにし、傷つけ、しかも作家が彼女の抗議を無視し続けるという“モデルを貶める行為”をしたかを実証する。著者が南アフリカ出身のノーベル賞作家J.M.クッツェーの言を借りて、「作家たちはごく頻繁に、周りにいつ身近な者たちを裏切るのです。かれらを利用し、フィクションの材料にし、不当に扱い、彼らの人間性や実像よりも、彼らが自分の作品の中でどのような働きをするかを重んじる。それが作家というものなのです」というがまさにそのとおりであり、このガルシア=マルケスが自己の小説では最高傑作という作品を理解する上で、大いに興味深い背景事情を知ることが出来る。

(集英社247頁2007年1月1600円+税)