千代 勇一(帝京大学 准教授)
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特集 新しい左派政権は変化をもたらすか? コロンビア初の左派政権誕生の背景と今後の展望 千代 勇一(帝京大学准教授)
コロンビア初の左派政権誕生の背景と今後の展望
千代 勇一(帝京大学 准教授)
はじめに
「シモン・ボリバルの剣」はコロンビア史上初となる左派大統領の誕生のインパクトを象徴するものかもしれない。ラテンアメリカをスペインの植民地支配から解放した英雄シモン・ボリバルの剣のことである。グスタボ・ペトロ大統領はかつて非合法武装組織の「4 月19 日運動(M-19)」に所属していた。1973 年に結成されたM-19 は、反政府武力闘争のシンボルとして1974 年にこの剣を博物館から盗み出したが、1990 年に和平プロセスを経て武装解除した際
に国に返還した。2022 年8 月7 日の大統領就任式典において、ペトロ大統領はドゥケ前大統領の反対を押し切ってこの剣を持って来させ、その傍らで第42 代大統領に就任した。こうしてボリバルの剣はゲリラの武力闘争のシンボルから大統領の改革のシンボルとなったのである。
そこで本稿では、大きく変化し始めたコロンビアの政治状況を理解するために、左派の大統領が誕生した要因とその意味を分析するとともに、ペトロ政権が抱える課題から今後の展望を考察する。
2022 年大統領選挙戦
二大政党制崩壊後の大統領選挙では、選挙同盟(coalición)が重要な役割を果たしてきた。比較的小規模の政党の数が多いため、選挙のたびに様々な思惑により同盟が形成され、その中の熾烈な争いを経て選定された候補者が選挙戦を闘うのである。2022年大統領選挙の主要な候補者は表1 が示す4 人であり、このうちエルナンデスを除く3 人が選挙同盟の候補者であった。
ペトロとファハルドは前回の大統領選挙では左派票を食い合ったが、今回は図1 が示すようにペトロが安定した高い支持率を維持する一方で、中道左派を標榜するファハルドは曖昧な政治姿勢を露呈し支持を失った。左派以外の候補者は数多くの名前が挙がったが、討論会やメディアを通じた批判合戦による消耗を含む様々な理由によって消えていった1。有力候補と目されていたグティエレスであったが、国民の支持を失っていたドゥケ大統領の後継者との印象が強まり支持率は伸び悩んだ。他方、討論会を拒否し、SNSで一方的に主張を述べていた「無傷」のエルナンデスが徐々に支持を広げ、第1 回投票でグティエレスを破って決選投票に進んだ。決選投票ではペトロが50.42%、エルナンデスが47.35%の得票率により僅差でペトロが当選した。
左派政権の誕生の意味
コロンビアの政治は自由党と保守党による長期の安定した二大政党制を特徴としてきたが、2002 年の大統領選挙において自由党を離党して対コロンビア革命軍(FARC)強攻策を中心とする強力な治安対策を掲げたアルバロ・ウリベ元アンティオキア県知事が伝統的二大政党の候補者を破って当選した。