著者のポニアトウスカは18世紀ポーランド王の家系に連なる父と、母方はメキシコ革命で土地を失い欧州に逃れた名家の出の母との間に1932年にパリで生まれ、第二次世界大戦でフランスを離れメキシコに移住、1945年に米国のカトリック系修道会が運営する学校で学んだ。本書は、自伝と読まれることは望まない小説と断っているが、作者のエレナと主人公のレオノーラの物語りは現実とフィクションの間を行き来しつつ、英国、イタリア、フランス、スペイン、そし て米国、メキシコを転々とするレオノーラの足跡を追う。
各地でのレオノーラと家族、友人、知人との付き合い、交流、会話によっておそらく創作も交えたやり取りが続くが、終わり近くにこの作品の最も大きな柱であるメキシコ・オリンピック直前の1968年に政府が学生運動を数百人殺害した弾圧した「トラテロルコの夜」と1985年9月19日に発生し5千人とも4万人とも言われる死者を出したメキシコ大地震でのレオノーラが語られる。著者の『トラテロルコの夜 -メキシコの1968年』(訳書-藤原書店 2005年)で厳しく残虐な弾圧の実態を糾弾しているが、ここでは中立性を重んじてか淡々ともみられる語り口で述べられている。
〔桜井 敏浩〕
(富田広樹訳 水声社 2020年12月 555頁 3,500円+税 ISBN978-4-8010-0538-9)