『遠くにありてつくるもの—日系ブラジル人の思い・ことば・芸能』細川 周平 | 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

『遠くにありてつくるもの—日系ブラジル人の思い・ことば・芸能』細川 周平


2008 年は日本人ブラジル移住100 周年。離郷した日本からの移民の郷里に向けた「思い」「情け」「郷愁」の探求という、従来の学術的な移民研究ではあまり掘り下げられなかった観点から調査を行った労作。

祖国敗戦を認識しても、日系ブラジル人としてすぐに新たな帰属意識を心の底から受け入れた訳ではない、むしろブラジルにいるからこそ「日本人」という出自を気にする離郷経験の心向きと行動との結びつき(迂回)を、移民の作った短歌、俳句、川柳から探っている( 第?部)。この迂回が顕著に出てくるのがことばであり、外国語となった日本語にポルトガル語からの借用が頻繁に用いられる、いわゆるコロニア語が出来た。一方、著者は1920 年代に青年移民が持ち込んだ弁論大会から、日本語が少数民族語になったブラジルでの民族思想の表現を、また日本語が先住民ツピ族のことばと同じ源から発しているという新聞人香山六郎の説を検証することによって、戦後暫くまでブラジルでは正式の国民のメンバーとみなされていなかった日本人が、ヨーロッパ人の到来・移民より先にいた部族の兄弟であるという政治的含みをもった主張を生み出したことを例証している( 第?部)。

第?部は、『サンバの国に演歌は流れる —音楽にみる日系ブラジル移民史』(中公新書、1995 年)などの著書のある著者の得意分野である芸能分野からの検証である。「マダム・バタフライ」を演じた3人の日本人歌手に対する邦字紙とポルトガル語紙の記事比較、近年多くなってきたカルナバルへの日系人の参加、日系ブラジル人の間で移民史の有名無名人の物語を語る創作浪曲は、本書のテーマである情けに浸った典型的芸能として最後に論じられている。

これまでの移民史研究にない、移民たちの心に生じた矛盾を包含する心意・心象を見据えた興味深い史料である。

(みすず書房 2008年7月 474頁 5200円+税)

『ラテンアメリカ時報』2008/9年冬号(No.1385)より