ここで“The System”とは「国立財団ベネズエラ児童青少年オーケストラ・システム」(FESNOJIV−La Fundación del Estado para el Sistema Nacional de las Orquestas Juveniles e Infantiles de Venezuela)を指す。1975年のユース・オーケストラの設立に端を発して1979年に創設され、ベネズエラ全土で子供たちに音楽教育と音楽活動を行っているが、その主眼は子供たちをオーケストラ活動に参加させることにより、非行や犯罪に走ることを防ぐために技術を身に付けさせ、将来の仕事の道を開くこと、合奏という協同作業に参加させることで協調性や団体行動に慣れさせ社会規範を学ばせることにある。
シモン・ボリバル・ユース・オーケストラの首席指揮者グスターボ・ドゥダメルがシカゴ交響楽団、ベルリン・フィルハーモニーなどを指揮しているように、国内はもとより世界で活躍するこのシステムから巣立ったクラシック音楽の演奏家は多い。
貧しい人々が圧倒的に多く、貧富の格差の大きいこの開発途上国で、なぜオーケストラ教室なのか?どのようにして街の合奏教室が社会運動まで成長したのか?どのようにしてクラシック音楽を広く子供たちに教え効果をあげることが出来たのか? 貧困からの脱却が急務のベネズエラ社会においてこの活動と社会政策はどのように融合したのか?そもそも“芸術後進国”でクラシック音楽が育つのか? という疑問を、書名を見た読者はまず持つに違いないが、本書は綿密な現地調査によりそれに一つ一つ答えている。このシステマの創設期には、日本人ヴァイオリニスト小林 武史と彼がもたらした彼の師である鈴木鎮一の才能教育法のスズキ・メソードも大きく関わっており、その後もFESNOJIVが独自にそれを発展させた教育方法を取っていることも明らかにされている。
最近のチャベス政権による反ネオリベラリズム、反グローバリゼーション政策の下でのその社会政策とエル・システマとの合体、さらにベネズエラ理解を助けるための歴史にも触れ、ベネズエラの音楽教育に留まらない社会事業としてのこの運動を詳しく紹介している。
(教育評論社2008年12月350頁2200円+税)