1972年10月13日、ウルグアイの首都モンテビデオからアルゼンチンのメンドサ経由チリのサンチャゴに向けて飛び立った双発ターボプロップ機が、アンデス山中深くに墜落し乗員乗客45人のうち27人が奇跡的に助かった。この機はウルグアイ空軍からのチャーター機で、チリに親善試合にいく大学ラグビーチームの選手と友人、家族、サポーターなどが乗っていたが、捜索活動では発見できず、結局自力で麓の人に助けをもとめた2人の学生の言からチリ空軍のヘリコプターが現場に到達し生存者16名を救出したのは72日後だった。彼らが高山の厳しい寒さと食料のほとんど無い環境でどうやって生き抜いたのか? それは死んだ仲間の肉を口にしていたことだと判明するにしたがい、世界の注目が生き残った者たちに集まった。
本書は、決死の下山をして救援を呼ぶことが出来た選手の1人であるナンドへの長いインタビューを中心に綴っている。過酷な環境の中で迫り来る死を目前に、人肉を食することへのためらい、苦痛、それを乗り越える生への願望、生存者の間での議論や仲間や家族への思い、たまたま受信したラジオで捜索打ち切りを知った時の絶望感は、体験した者だけが語れる凄まじいドキュメンタリーである。
そして、まだ破損した機体の側に残る者への救出チームが出発する前夜に早くも殺到して質問を浴びせたメディアを皮切りに、その後の世界中の興味の対象になり、生存秘話に翻弄された生き残った者たちの生き様をも描いている。37年経った今も生還者はいずれも健在で、有名な医師、建築家になった者、会社経営者や牧場主になった者もいて、ナンダ自身もその“名声”により自動車レーサーになり、美人コンテストの審査員を務めるなどし、現在は金物チェーン店の経営者の傍ら妻とともにTV番組の制作、出演で活躍している。誰もがこの事故によって人生が大きく変わった姿にも言及していて単なる奇跡の生還記に留まっておらず、登山家である訳者の的確な高山描写の訳とともに、一気に読ませるノンフィクションになっている。
この事実は、すでに『生存者』(P.P.リード 1974年 平凡社、2000年 新潮文庫)、『アンデスの聖餐』(クレイ・ブレア Jr. 1978年 早川文庫)が日本でも出版されており、過去に2回映画が制作され、さらに2007年にウルグアイ人のゴンサロ・アリホン監督による実映像と再現フィルム、当事者へのインタビューによる『アライブ —生還者』が作られ、2009年に日本でも公開されている。
(ナンド・パラード+ヴィンス・ラウス 梅津正彦訳山と渓谷社2009年3月405頁2400円+税)