1960年代末のサンパウロは、軍事政権の権威主義体制下の政治弾圧と厳しい言論統制下にあり、依然として家父長的社会、男性優位思想が支配していた。その中でサンパウロにある同じ大学の学生で境遇の異なる三人の女性たち、修道院の寄宿舎に住む富裕層のロレーナ、中産階級のリア、貧困層のアナ・クララを主人公に、同じ世界に生きながら異なる経験を重ねる青春を多面的に描いている。
三人の中では中産階級へ没落しつつあるロレーナは、父が不在で処女であることが宝という母親の観念に縛られ「貝殻」と名付けた自室に閉じこもる。北東部出身のリアは、貧困問題や女性解放への関心から反政府活動に参加し、恋人が投獄されアルジェリアへの渡航に希望を見出す。アナ・クララは美貌を活かして社会上昇を願っているが、幼少期の被虐待の記憶と飲酒、薬物依存から抜け出せず死んでしまう。ロレーナとリアは真夜中にその遺体を車で、夜の人気のない広場へ運ぶのだが、ここで初めて三人の女は男性権力の及ばない同じ空間で居合わすのだった。物語の語りの構造は複雑で、それぞれが「私」で語るために、主体と客体が入れ替わるやや難解な文学作品。
〔桜井 敏浩〕
(江口佳子訳 水声社 2022年9月 269頁 3,000円+税 ISBN978-4-8010-0666-9)