1946年に15年ぶりに政権を奪い返した保守党は、自由党支配時代に失った土地や利権の奪回を目指して私兵団が暴力を振るい、これに対して自由党の農民等もまた武装し対抗し、以来57年まで“ビオレンシア”と呼ばれる両党支持者による暴力の時代が続いた。10年余の暴力の時代から教訓を得た両党は、58年に両党が4年ごとに政権を交代する連立政策を合意して、その後16年間はたらい回しを行い、僅かな人数の上層階級が政治と経済、大土地の占有する寡占体制を維持してきたが、国土の60%が国家権力の及ばない無法地帯であり、さらに農民の間から農地改革への要求が出て社会運動化、FARC等がゲリラ活動を活発化し、また麻薬製造とその販売の利権が拡大するにしたがいマフィアが勢力を拡大してきた。この中でFARCが資金稼ぎのためマフィアや地主、金持ち階級の誘拐を拡大、これに対抗するマフィアは凶悪な暴力団を組織した。これが後に軍部との共謀を深めていく“準軍事組織(パラ・ミリタール)”の発端であり、全国規模で政府軍、準軍事組織、FARCなどの左派ゲリラ、麻薬マフィアが互いに暴力の応酬を繰り返すビオレンシアが全国で横行しているのがコロンビアの実態である。
イングリッド・ベタンクールは、両親が政治家であったコロンビアの上層階級出身で、フランス人外交官と結婚したが(そのためフランスの国籍も保有)、コロンビアの改革を目指して政界に入り下院議員に当選、影で麻薬マフィアと結託し、権力に近づくためなら裏切りを辞さない腐敗した有力政治家に対抗して、2002年の大統領選挙に立候補することを決意した。政治の腐敗、和平を求める彼女は既存政治家たちもFARCからも狙われ、02年2月に自党の町長がいる地方の町でのFARCと政府軍の一触即発事態の調整のため訪れようとした際に、FARCに拉致された(これも当時のパストラナ大統領が軍のヘリコプター提供を拒ませ護衛無しの自動車での移動をさせ意図的に誘拐の機会を与えた疑いがあるという)。
以後6年4ヶ月の間ジャングルで囚われ、生死も定かでない状態が続いていたが、2007年10月に突然FARCゲリラの指示で母宛ての手紙を書くことを命じられ、これが他の人質達の手紙やビデオとともにFARCが運ぶ途中で警察に押収されて家族の手元に届いた。08年7月にコロンビア軍が国際赤十字やNGO団体を装った作戦により、彼女と3人の米国人を含む15人の人質が劇的に救出された。
本書はこの手紙全文を中心に、それだけでは意味することが分からない読者のために、訳者がコロンビアの歴史、現代のビオレンシアの過程、彼女と両親の政治家への道、拉致直後から始まった世界的な救出運動、数多くの拉致被害者への呼びかけラジオ放送、解放後の講演等の活動を付け加えたものであり、彼女が立候補した時に出した『それでも私は腐敗と闘う』(永田千奈訳草思社 2002年)にも書かれた誘拐の経緯、それに『コロンビア内戦:ゲリラと麻薬と殺戮と』(伊高浩昭論創社 2003年)と合わせ読むと一層コロンビア最大の問題の根の深さがより理解できるだろう。
(メラニー・デロア−ベタンクール/ロレンソ・デロア−ベタンクール 三好信子訳・解説 新曜社 2009年7月 187頁 2,400円+税)