キューバ治安当局によれば、フィデル・カストロは少なくとも638回の暗殺の試みをくぐり抜けてきたことになる。その大半は米国のアイゼンハワー以降4代の大統領時代にCIA(中央情報局)が直接あるいは間接に行ったものだという。本書は、ケネディ大統領時代の1961年4月に開始されたキューバ侵攻作戦に至るまでの1ヶ月半、演説中の狙撃とカストロがよく行くレストランの料理にボツリヌス菌を混ぜるという2つの方法での暗殺計画に、CIAとKGB、米国とキューバのマフィア、キューバの秘密警察がそれぞれの思惑と狙いから遂行と阻止を図り、それに主人公の暗殺史が専門の米国人教授、米国からソヴィエト連邦に亡命した青年とそのロシア人の実はKGB工作員の恋人、カストロの社会主義化を阻むためにあえてCIAの暗殺計画に荷担する秘密警察警部、共産主義者との闘いにはどんな手段、利用も辞さないCIA工作員などが絡むサスペンス小説である。しかし、複数の暗殺計画のどれが本命でどれがダミーか、関わる者たちの誰が本当にカストロ殺しを望んでいるのか、誰が所属組織への裏切り者なのかが最後まで判らず、両計画がいよいよ実行される終章近くではカストロ自身も登場して、主人公と取り引きを行い、最後の大どんでん返しが読者に驚きをもたらす。
CIAと組んでカストロ暗殺計画を進めていたマフィア組織の一部が、ケネディ大統領の承認の下で行われ失敗したピッグス湾上陸作戦を、自分たちへの裏切りと思いダラスでの狙撃に繋がったという説への伏線も、土壇場で狙撃実行を諦めた亡命青年の本名でさりげなく示唆されている。詳細なハバナ市街の描写と革命後間もないキューバ人の思いとともに、その内容の大半は少々脚色されているが事実であると著者の前書きが述べているように、リアルな工作の準備の実態はノンフィクションを思わせるタッチで読者をぐいぐい引き込む。
(村上和久訳新潮社(文庫)2010年5月280・305頁各590円+税)