いまや日本のスーパーマーケットでごく普通に売られ、回転寿司やコンビニおにぎりで広く使われている鮭の多くはノルウェーかチリからの輸入品だが、南米にはそもそも鮭はいなかったものが、今やチリは養殖の成功によって一大輸出産業にまで成長させたのである。そこに至るまでには、現地の人々の努力とともにODA技術協力、民間投資によって鮭の養殖に挑戦し、育てた日本人がいた。
著者はチリのサンチャゴに本部があるECLACに10 年間勤務し、筑波大学、神戸大学等で教鞭を取って、現在はJICA研究所の上席研究員を務めるラテンアメリカ経済の第一人者であり、長い間チリの鮭養殖へのわが国の協力について関心を持ち続けていたが、2008年に現地調査を行い、両国の当時の関係者にも会って、膨大なJICA等の資料を駆使して纏めたのが本書である。
南半球で鮭を育てようという、まったくゼロの出発から、数々の失敗と試練、日本人技術協力専門家の奮闘、稚魚放流から海面養殖への転換による事業化への発展、企業化へ向けてのチリや日本企業の挑戦、そして念願の日本市場への輸出に伴う困難の克服、ノルウェーと並ぶ世界の二大輸出国への成長、チリ帆立貝の養殖成功など他の海産物輸出の進展、それらに貢献したパイオニアの存在と長期的・組織的な人材養成、チリの輸出拡大はもとより貧しい南部の漁民の生活向上にも大きく貢献したプロジェクトの実態を紹介している。
本書の魅力は、単に日本の協力により成功したプロジェクト・ヒストリーに終わることなく、開発援助は現地の人々と力を合わせた長期の地道な努力の積み重ねによってはじめて効果を挙げるものであることを具体的に示し、これに関わり貢献した多くのチリ人、日本人の人間ドラマとして描いていることである。
(ダイヤモンド・ビッグ社発行・ダイヤモンド社発売 2010年8月 189頁 1500円+税)
『ラテンアメリカ時報』2010年秋号(No.1392)より