カリブ海のフランス海外県マルチニック島出身で、第二次世界大戦後にアルジェリア、コンゴ、ベトナムなどの植民地独立戦争に参加したバルターズ氏が、死の床で過去の闘いと出会った女たちについて、身ぶりで顛末を語る物語を、語り手である「私」が言葉に翻訳し、書き留めるという趣向で構成された長編小説。書名は、原題の「聖書的なもの」から、“聖書”が生きるための新たな場所の創設を意味していると訳者が意訳したもの。歴史的に西、英、仏、蘭諸国の植民地化が入り乱れ、それらの諸国語と主にフランス語と奴隷として連れてこられたアフリカ諸語が混合したクレオール語が使われているが、著者はマルチニック島で生まれ、このカリブ海のクレオール性を中核とした仏語表現作家として注目を集めている。
反植民地主義者として一生闘い続けたバルターズ氏は、挫折感をもって死の床に着いているが、その失敗の原因が何か?ということを問うているのではなく、著者に1950年代から70年代にかけての植民地独立戦争が、単に白人を追放してその代わりに他の人が結局は同じシステムを再現したため、西欧の秩序が独立によって強化されたという認識をもっているからだと、訳者は指摘している。ストーリーを追うのにかなり困難をともなう、かつ大部な小説で読了するのに忍耐を要するが、ラテンアメリカ文学の中でもまだ馴染みの薄いクレオール文学に触れるきっかけになる出版である。
(塚本昌則訳紀伊國屋書店2010年12月967頁6600円+税)