『ハイチ 復興への祈り −80歳の国際支援』 須藤 昭子 | 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

『ハイチ 復興への祈り −80歳の国際支援』 須藤 昭子


カナダに本部があるクリスト・ロア宣教修道女会のシスターとして、志願して1976年にハイチに渡り、医療支援に従事してきた医師の自伝。国立結核療養所に勤務することになったが、わずか2%の上流階級が国の富をほぼ独占し、膨大な貧困層がいる国での医療活動は困難の連続だった。国立とは名ばかりの無い無い尽くし、劣悪な環境下で患者もシスター達も辛苦の日々だったが、それを「神様との共同作戦」と考えることによって一つ一つ克服していく。その支えになったのは、内外の人からの善意の支援と、次第に「隣人」として受け入れてくれるようになった患者やその家族、周囲のハイチ人たちだった。

戦後間もなく医師になり、カナダ人シスターたちの献身的な活動に感銘を受け、神戸の西宮で経営する病院に結核の専門医として働くようになった経緯、医療支援だけでは国民の大半を占める貧しい農民の生活苦は救えないと、農業と植林の関係に着目し、炭焼きと農薬、肥料の代わりになる木酢液を作る運動を始め、やがてそれは農業学校の設立に結びつく。

2007年に80歳になったのを契機に病院とは離れたが、一時帰国中の2010年1月12日に起きたマグニチュード7.0の大地震勃発を知って戻ったハイチで見たのは、被害を受けたため薬が効かない多剤耐性結核患者が離散してしまった病院、せっかく目処がついた農業学校の建設予定地を難民のテント村が埋め尽くしている光景だった。簡便な仮設住宅建設を教えるNGOと組んでの活動など、根底にある絶対的な貧困との闘いの連続だが、ハイチ人の中にも立ち上がる人たちが出てきて、著者の「神様との共同作戦」はまだ続いている。

(岩波書店−岩波ブックレット7942010年10月63頁500円+税)