ボリビアの通史としては、日本でおそらく初めての出版であるが、原書もまた歴史を通観したものとしては類書がなく、英語の原本のほかスペイン語訳は欧米のみならずボリビア国内でも定本として高く評価されているとのことである。著者は、コロンビア大学歴史学名誉教授、スタンフォード大学フーバー研究所主任研究員。1982年に出た初版を2001 年に改訂し、さらに2010 年にその後の情勢を付け加えて、エボ・モラエス政権によるボリビア多民族国憲法の施行まで記述している。
内容は、自然と地理、アンデス文明を第1章「国土概観と先スペイン期の文明」で、2章でスペイン人の侵略と征服による「植民地社会の成立」を、3章では17世紀のオルロとポトシの銀山生産の衰退に始まり、トゥパク・アマルの反乱等の「後期植民地社会の危機と成長」を、4章では独立戦争前夜から1825 年のスクレによる独立宣言、ボリーバルの大統領就任を達成したが、その後の建国時の指導者達が分裂していく「独立戦争と国家の成立1809 〜 41年」を扱い、5章は国政の混乱、チリとの硝石産出地をめぐってのペルーと組んだ太平洋戦争の敗北、領土の割譲など「国家の危機1841 〜 80年」となる。6 章の戦後軍の権威が失墜して鉱山主など富裕層が政治に参入し、錫という輸出産業が興される一方で世界恐慌に翻弄された「銀と錫の時代1880 〜 1932年」から、7章「既成秩序の崩壊1932 〜 52年」ではチャコ戦争の敗北後政治へ軍が前面に出て独裁とクーデタを繰り返し、一方急進的になった鉱山労働者との対決を深め、8章の「ボリビア革命から冷戦まで1952 〜 82年」でついに農村部の極端に不平等な土地分配に喘ぐ農民の不満は、鉱山・工業労働者のMNR(国民革命運動党)の武装蜂起となり、MNRによる革命政権の発足になる。鉱山国有化や農地改革である程度の前進はあったものの、農地問題が解決され保守化や東西冷戦下で米国が鉱業利権保持のための経済援助を手段に介入したこともあって、MNRは弱体化して1964年から一時期の文民政権を挟んで右派、ある時は左派の軍事体制時代に入る。1982年から10年余続くことになる経済不況による民衆の不満の高まりから軍事独裁政権は倒れるが、経済危機は伝統的政治家・政党を見放し、インディヘナ勢力の台頭を招き、9章「多民族民主主義国家への道1982 〜 2002 年」に移行する。この時期あらためてコカの栽培が経済的、政治的そして外交上、あらためて問題になる。多党時代を経て天然ガス開発への外資参入が大きな政治問題となって、10章「メスティーソとインディヘナ・エリートの台頭2002 〜 10年」で、2005年の選挙での、史上初めてインディヘナ出身のエボ・モラレス大統領の登場に至る。その理由と背景、人口構成の分析、アイマラ、ケチュア語使用者の減少、都市社会の変容、そしてモラレス政権の採った政策と「多民族国」への改称と新憲法制定など、第一次モラレス政権までを網羅している。
本書が、数少ないボリビア通史であるが、特に近・現代史は現在のボリビアを知る上で不可欠な基礎知識を授けてくれる、ラテンアメリカ・ウォッチャー必読書。
(創土社 2011年7月 449頁 3200円+税)
『ラテンアメリカ時報』2011/12年冬号(No.1397)より