執筆者:福地 健太郎 (JICAパラグアイ事務所職員)
2030年に向けて「誰一人取り残さない」を目指す持続可能な開発目標(SDGs)は認知されているものの、障害者を取り残さない取り組みはあまり注目されてこなかった。
本稿では日本の障害分野の国際協力の現状と今後の可能性について、パラグアイ共和国の国際協力機構(JICA)の取り組みを視覚障害のあるJICA職員である筆者の生活の視点から紹介する。
筆者は2歳のころから全盲であるが、周囲の理解のおかげで幼稚園から高校まで地域の学校で障害のない仲間たちと学んできた。
国際協力を志したのは、タイのスラム街に生まれ、日本のNGOの支援で教育の機会を得て、世界中の子どもたちの教育の機会を実現するために外交官を目指している方に高校時代に出会ってからである。自分自身が日本で教育を受けられた一方、他の国に生まれていればそのような機会もないということに疑問を感じ、世界中どこに生まれても障害の有無にかかわらず教育や就労、余暇の機会を実現できるようにしたいというのが当時から変わらない思いである。
この関心から教育、障害、国際協力をキーワードに筑波大学に進学した。在学中、1年間ダスキン障害者リーダー育成海外研修派遣事業1で米国ジョージタウン大学、米国の障害者団体、タイの障害者団体、そして障害者権利条約策定委員会への日本の市民傍聴団の一員として、国際協力と障害をテーマに学んだ経験はのちの人生に大きな影響を与えた。
特に米国やタイの障害者団体において、障害者が地域で声を上げることによって制度が改善されること、人権条約の一言一句が各国の意見に加え世界中の障害者の声によって形成される過程を目の当たりにしたことにより、障害者の国際協力への参加とそれを位置づける国際人権システムの重要性を学ぶことができた。つまり、世界のどこに生まれても障害の有無にかかわらず教育や就労、余暇への参加を具現化するものが障害者権利条約であり、それを実現する障害者の参加と国際協力に関わりたいという思いを強くしたのである。
帰国後はスーダンの視覚障害者の教育を支援するNPOを立ち上げ、プロジェクトマネージャーとしてスーダンにも滞在した。その後教育のみならず保健やインフラ等多様な視点で国際協力に携わるJICAでの勤務を志し、2013年からJICA北海道での研修事業、本部での障害関連事業のとりまとめを経験し、2022年2月からJICAパラグアイ事務所に赴任している。
日本の国際協力において、障害分野は開発協力大綱(2023)の実施原則であるジェンダー主流化を含むインクルーシブな社会の促進・公正性の確保、SDGsで目指す「誰一人取り残さない」の実現、障害者権利条約32条の加盟各国の国際協力の義務により位置づけられる。
政府開発援助の実施機関であるJICAは、障害分野を所掌する省庁や障害者団体の強化を通じて就労、社会参加等に取り組む障害に特化した取り組みと、防災、教育、インフラ建設等の事業から障害者が取り残されないようにする障害の主流化を並行して行っている。
またJICAでは障害者の国際協力への参加を重視しており、障害のある専門家やボランティアの派遣、研修員の受け入れにも長年取り組んでいる。この根底には、障害者権利条約に基づき、障害が個々人の心身の機能の問題ではなく、多様な心身機能の人々を想定していない社会や環境が心身機能に障害のある人々の社会参加を妨げるという「障害の社会モデル」の理解がある。
2012年の国勢調査によれば670万のパラグアイの人口の約10%に何らかの障害があると推計されている。6歳から18歳の学齢期で通学している障害のない人口は8割程度に対して、障害児の場合は4割程度と推計されるなど社会参加に大きな格差がある。
日本の対パラグアイ共和国国別開発協力方針(2021)では、障害と開発を重点プログラムの1つとし、専門家の派遣を通じた国家障害者人権庁の強化や障害者リーダーの育成、ボランティアの派遣、日本での研修による人材育成などを実施してきた。
現在実施中の「障害者の社会参加促進アドバイザー(フェーズ2)」では地域での行政、障害者、支援団体の連携促進と施設や家族から離れて地域での生活を介助者と実現する自立生活を進める障害者団体を支援している2。
まず伝えたいのは視覚障害ということは、視覚情報に頼れないということである。これはたとえば道を渡る際は車にひかれないように「よく見て渡る」代わりに「よく聞いて」音声により情報を得る必要があるということである。
ここで思い出していただきたいのが、環境による障害に注目する「障害の社会モデル」である。日本では音声信号がなくとも小さな道では、ほとんどの車が信号を守るため、車の流れに耳を澄ませば渡れるが、パラグアイでは信号を守らない車やバイクが多いため、安心して一人で渡れない。また日本の都市部では公共交通機関が発達しており、道路も大半は穴に落ちたり危険な段差はないので、視覚障害者単独でもかなり移動することが可能である。
他方パラグアイでは道を渡れなかったり、単独で出歩くには穴や段差が多いこともあり、筆者は普段ウーバー(Uber)のような配車アプリに頼って移動している。しかしこれは物価の差や日本の組織で働く金銭的な後ろ盾により可能なわけで、現地の障害者の移動を考えると公共交通機関や町のアクセシビリティの改善が不可欠である。そのためJICAの協力では障害のあるアクセス監査員の育成やアクセシブルな地域を作るための取り組みを行っている。
2点目は障害者の地域生活を支える制度である。日本では郵便物や公的機関から送られてくる書類の代読や買い物の支援、家事支援など、ヘルパーが筆者の日常生活を支えていた。パラグアイにはこのような制度が存在しないため、障害者の多くは家族に頼り切りの生活を送らざるを得ない。これに対してJICAは自立生活促進を支援する協力を行っている。現在JICAの研修に参加した障害者や政府職員が共に、自立生活を促進する団体(TekoSaso)を設立しており、介助者の派遣を可能にする法律制定などを目指している。
アクセスチェックの様子(筆者提供)
自立生活の促進に当たっては、日本の障害者リーダーの方々が大きな貢献をしている。
日本では1970年代から施設や家族から離れて、介助者を利用して自身の生活を地域で実現する自立生活運動が発展し、行政と共に現在の介助者派遣の制度を構築してきた。
草分けである自立生活センターの1つであるメインストリーム協会3はコスタリカで2012年から自立生活センターの設立と介助者派遣システムの構築を支援してきた。TekoSasoのメンバーもコスタリカ
の障害のある仲間から自立生活の考え方を学ぶと共に4、2022年12月にはメインストリーム協会の代表がパラグアイを訪れ、障害者リーダー、自治体や政府、一般の市民向けに自立生活を紹介した。この障害のある仲間同士の協力は、単に制度を伝えるという以上に、一人ひとりの障害者をリーダーに変えていくような、力と熱意を与えるものである。
メインストリ-ム協会の代表とパラグアイの障害者の対話(筆者提供)
まずは日本の音声案内システム等のインフラへの貢献である。
もっとも顕著な例としてはATM(現金自動預け払い機)である。日本ではほぼすべてのATMが音声で操作できるようになっており、単独で現金を引き出せるのであるが、パラグアイにおいては音声で操作できるATMがないため、誰かしら信頼のできる同僚や友人に頼ることとなる。これは生活上非常に重要な部分で誰かの手を借りることとなり、安全性やいつお願いできるか等の不安を感じる。その他券売機やエレベーター、音声信号など、いかに日本の町中で音声による情報が提供されているか、パラグアイに来て実感している。
もう1つは様々な体の状態に合わせて車を改造する用具である。車いすを利用する筆者の友人たちにもハンドルやペダルを改造し、足や手6の状況に合わせて車を運転している人たちがいる。特に道路の状況が悪く公共交通機関も整っていないパラグアイにおいては、車いすで出かけようと思うと車で外出するのがもっとも現実的である。これを可能にするのが上記のような改造用具であり、これを一般のディーラーが扱えるような研修と製品の導入とドライバーへの講習ができるようになると車いす利用者の外出の可能性を広げるのみならず、ウーバー等送迎の仕事を始められるようになるのではと考える。
実際に筆者が毎日利用するウーバーの運転手の中には義足の方がいたり、あるウーバーの運転手からはドイツ系の会社の改造部品で車を改造してくれるディーラーがいるとの話も聞いた。日本車はパラグアイでも人気があり、その車種に合わせて改造できる部品はパラグアイの障害者の社会参加を拡大する可能性があると考える。
3点目は様々なアプリである。日常生活で筆者は紙幣の識別、読書、あるいは登録されたボランティアの目を借りる遠隔サービス等、多様なアプリに頼っている。日本の福祉用具の多くは行政の補助で購入されることを前提にある程度の金額が設定され形のある製品として設計されているが、パラグアイを含めた途上国の障害者には高額すぎて市場を拡大しづらいと思われる。一方で、たとえば10ドル程度のアプリでもアップデート等含め、およそ22億人と推計される世界の視覚障害者5向けに販売できると日本に約30万人程度とされる視覚障害者のみに販売するよりも市場が拡大できるのではないだろうか。
4点目は日本の民間企業の障害者雇用の経験である。パラグアイで現在民間企業に障害者の雇用率は設定されていないものの、2019年のダボス会議で発足した障害者のビジネスや経済への包摂を目指す経営者のネットワークValuable5006等のESG(環境・社会・ガバナンス)の観点からも民間企業の障害者雇用は世界的な注目を集めている。今後パラグアイで障害者雇用、ESG投資等が発展していく過程で、これまで障害者雇用に取り組んできた日本の民間企業の経験が役立つと考えられる。
自身の生活経験を通じて、日本からパラグアイに貢献できる様々な点を生活感覚として発見することができた一方で、パラグアイから日本が学べる点にも気づく機会をいただいた。
1つは対応の柔軟性とスピードの速さである。パラグアイの銀行で口座を作ったのであるが、オンラインバンキングにログインする際に画像による認証画面があり、音声ソフトでパソコンを利用する筆者には利用できないものであった。このことを銀行側に伝えると、次回更新の際に改善するという話があり、いつのまにか解消されていた。当然日本でもこういった柔軟な対応をいただける場面も多いのであるが、周りの障害者含め、まったく対応されないケースも珍しい話ではない。
もう1つはパラグアイが2001年から導入し始めた電子投票でのアクセシビリティである。2023年の選挙では大多数の投票所で電子投票が実施された。視覚障害者向けには音声で電子投票できるようになっており、選挙の実施機関が視覚障害者団体などと協力して投票日までに体験会を実施するなどの取り組みを行っていた。日本で国政レベルの電子投票は検討段階であるが、候補者名を字書のできない障害者も含めて投票できるといったメリットもあり、今後日本で導入することになれば大いに参考になる事例である。
投票用紙と投票機(筆者提供)
障害者含む多様な人材が国際協力やビジネスに参加することで相手の国のみならず日本においても社会課題を解決するヒントを得られるのではないだろうか。
日本、ラテンアメリカ間で今後一層多様な人材が交流し、お互いの知見を活かして「誰一人取り残さない」世界に近づけることを願って結びとしたい。
(本稿で示される見解は筆者個人のものであり、所属組織の見解ではない。)
(ふくちけんたろう
国際協力機構[JICA]パラグアイ事務所職員)