連載レポート118:欧米から増えるブラジル人労働者勧誘= 日本は移民受入れの根本的議論を 深沢正雪 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載レポート118:欧米から増えるブラジル人労働者勧誘= 日本は移民受入れの根本的議論を 深沢正雪


連載レポート118

欧米から増えるブラジル人労働者勧誘=
日本は移民受入れの根本的議論を

執筆者:深沢正雪(ブラジル日報編集長)

この原稿は、2023年6月27日付けの「ブラジル日報」WEB版の記者コラムに掲載されたものを同紙の許可を得て転載させていただいたものです。


5月29日付エスタード紙「ブラジルはラテンアメリカのスイスになる」記事の一部

「ブラジルはラテンアメリカのスイスになる」

 「ブラジルはラテンアメリカのスイスになる」――5月29日付エスタード紙によれば、国際金融協会(IIF)のロビン・ブルックス会長がそう発言して話題になった(1)。その記事を読んで、机の上で考えたような数字遊びに幻滅した。当地は第2次大戦前から「未来の大国」と言われてきた。真に受ける国民がどれだけいるだろう・・・。

コラム子は30年余り前に住み始めたが、パンデミック以降の治安が一番悪いと肌で実感する。経済が良いならこんなことはあり得ない。それは数字にも現れている。
5月29日付コレイオ・ブラジリエンセ紙《在外ブラジル人が450万人で新記録》(2)の中で、《ブラジル外務省のデータによれば、他国での生活を試すためにブラジル人の出国が加速している》と報じている。20年には420万人だったが、ブラジル地理統計院(IBGE)統計の最新数値によれば450万人に達した。うち35万人から40万人が合法的にポルトガルに住むとある。
2021年3月9日付CNNブラジル《在外ブラジル人増加、420万人に到達》(3)によれば、この10年間で在外ブラジル人の数は36%も増加した。
コラム子は、PIBなどのどんな経済数値より、この出国者数がその国の現実、国民の実感を示す数字だと思っている。


在外ブラジル人の人口推移グラフによれば、2012年以降どんどん増えている(ブラジル外務省「在外ブラジル人コミュニティ」より) 

家政婦が一念発起して渡仏、ソルボンヌ大卒に

 20年ほど前、サンバチーム「バイバイ」で一緒に打楽器隊で活動していた友人、黒人系ブラジル人女性(現在40代後半)は15年ほど前にパリに不法就労に行き、今もそこで仏人高齡身体障害者の介護師として一人娘を育てながら合法的に生活している。彼女はブラジルにいた頃、どんなに探しても家政婦しか仕事がない現実に幻滅し、フランス行を決意して観光ビザで向かった。その後、必死に仏語を学んでビザなしで名門ソルボンヌ大学入学を果たし、あれよあれよという間に滞在の合法化を果たし、パリ郊外の公営住宅で生活している。フランスという国の懐の深さを感じる。

地方の貧困家庭で生まれ育った彼女は、祖国では家政婦だったが、フランスではソルボンヌ大卒だ。ブラジル人の適応力の高さと言うか、ラテン系の底力を感じさせる。同じように欧米で本来の力を発揮しているブラジル人は星の数ほどいる。この在外ブラジル人には、貧困層の出身だが機転の利く人、教育を受けた中産階級もけっこう多い。でないと、外国生活がこなせないからだ。この流れは、億万長者クラスにも同様に起きている。


在外ブラジル人の人口推移グラフによれば、2012年以降どんどん増えている(ブラジル外務省「在外ブラジル人コミュニティ」より)

億万長者も出ブラジルへ

この出ブラジル傾向は貧困・中産階級に限らない。6月16日付オエステ紙《23年に1200人の億万長者がブラジルを逃げ出す》(4)という報道もあるからだ。100万ドル(約1億4360万円、約478万レアル)の資産を持つ富裕層がブラジルを今年逃げ出すと予想されている。

この数は世界で5位、1位は堂々の中国で1万3500人、2位はインドの6500人、3位は英国の3200人、4位はロシアの3千人、5位がブラジルだ。ちなみに香港は6位で1千人。それより多い。注目すべきは「BRICS」の大半がそこに入っており、一部でその台頭を騒ぐメディアもあるが、当の国民は経済的発展を実感していないことが分かる。残念なことに日本も10位に入っており、300人が逃げ出すと予想されている。ブラジルより良くないはずのお隣アルゼンチンは、なぜか14位で200人。アルゼンチン人は我慢強いということだろうか。

上から下までこれだけ出国者が多いということは、ブラジル経済に関する現状も先行きも楽観できないものがあると国民が感じているということだ。

ではブラジル人はどんな国に向かっているのか。ブラジル外務省《在外ブラジル人コミュニティ》(https://www.gov.br/mre/pt-br/assuntos/portal-consular/arquivos/14-09_brasileiros-no-exterior.pdf)によれば21年現在、在外者最多1位は米国の190万5千人。ポルトガルが27万5千人。パラグアイが24万6千人。イギリス22万人。そして日本が20万6千人だ。

ブラジル人が一番行きたいのはポルトガル

いまブラジル側から見ていて、特に積極的にブラジル人を受入れようとしている国が三つある。ポルトガル、カナダ、ドイツだ。ポルトガルはブラジル人にとって文化が近く、言語も同じ、しかもEU圏だから別の国にも行ける玄関口として、最も魅力的な移住先だ。22年11月27日付BBCブラジル記事《ポルトガルへの移民:ブラジル人はより低い生活費を求めてリスボンを離れ内陸部へ向かう》(5)には、《(ポルトガル)外国人・国境局(SEF)のデータによると、ポルトガルの主要な外国人コミュニティはブラジル人で、同国に住む移民の3分の1がブラジル人である。ポルトガルには25万人以上のブラジル人が登録されている》とある。

22年9月2日付エスタード紙《ポルトガルはブラジル人の入国規制を緩和》(6)という流れも起きている。いわく《ポルトガル政府広報によると、「承認された変更は、ポルトガル語圏共同体内の移動の自由を促進する」としている。メンバーは、アンゴラ、ブラジル、カーボ・ベルデ、ギニアビサウ、赤道ギニア、モザンビーク、サントメ・プリンシペ、東ティモールだ。この変更により、ポルトガル語圏の国民に対する短期、一時滞在、居住ビザの発給について、外国人・国境局(SEF)による事前の分析は必要なくなる》

このような変更をした理由は、外国人労働者を確保するためだ。《「新制度は、ポルトガルで仕事、勉強、住居の機会を求める人々の生活を容易にすることを目指している。現在の経済的および社会的状況を考慮すると、これはブラジル人にとって特に重要だ。特にポルトガルでより必要とされている職種で働く労働者にとって、より良い機会が提供される」と弁護士は評価する。

新ビザは、ポルトガルで仕事を探している人のために特別に作成された。有効期限は120日間だが、さらに60日間延長できる。労働契約を結んだ人には、その国での居住許可を申請する権利が与えられる。仕事が見つからなかった場合は母国に帰国しなければならないが、1年後に同じ種類のビザを取得することで再挑戦できる》このビザを取得したら、家族も同伴できる。《すでに一時滞在ビザまたは居住ビザを取得している家族に同伴する人もポルトガルへの入国が許可される。グループ化および家族統合のための居住ビザが発行されると、税金、社会保障、国民健康サービスの識別番号が自動的に割り当てられる》とある。

ブラジル人向け特別採用枠まで作ったカナダ

カナダも積極的だ。2年ほど前、故駒形秀雄さんと昼食した際、カナダで歯医者をしている娘とも同席した。その際、彼女は「子どもの教育も、労働環境もカナダの生活に満足している。ブラジルに戻るつもりはない。なにか用事があれば、飛行機に乗って一晩で帰ってこられる。それに日本語は難しすぎる」と言われた。この種の技能労働者でも日本なら工場でしか働けないのであれば、当然、訪日就労は選ばないなと痛感した。

22年11月4日付BBCブラジル(7)記事の冒頭には、《カナダのショーン・フレーザー移民大臣は、今後3年間で約140万人の移民を受け入れる計画を発表した。彼によると、カナダは2023年に46万5千人、2024年に48万5千人、2025年には最大50万人の新たな永住者を受け入れると予想している》と報じている。

3月10日付エスタード紙《カナダには移民向けの求人が150万件近くあり、中にはブラジル人専用の求人も》(8)によれば、《カナダ政府の目標は、高い労働者需要を満たすために、2025年までにブラジル人を含む140万人の移民を雇用することだ。移民専門家のエド・サントス氏によると、増加している職業には、土木建設、IT、マーケティング、物流、医療、デザインなどがあるという。これらの専門職の平均給与は、年間7万~15万カナダドルの範囲》とある。

中でもケベック州政府は「ジュルネ・ケベック・ブラジル・プログラム」というブラジル人限定の求人枠まで作っている。いわく《この地域で働きたいブラジル人有資格者向けの特別採用プロジェクトだ。今年、この取り組みではケベック州の15社で427人の労働者を採用する予定。求人は食品(42人)、エンジニアリング(8人)、工業(52人)、製造(30人)、鉱業(14人)、医療および社会サービス(200人)、情報技術(61人)、ホテルおよびレストランの各部門(20人)となっている》と報じる。


6月23日付DW《ドイツが労働移民を促進する法律を可決》記事の一部

ブラジル人看護師を求めるドイツ

ドイツも同様だ。6月23日付DW《ドイツが労働移民を促進する法律を可決》(9)の中で、《ドイツ議会下院は今週金曜日(23日)、欧州連合(EU)外の人々のドイツ労働市場へのアクセスを促進することを目的とした移民法の改正を承認した》と報じた。改正の大きなポイントは新「オポチュニティ・カード」というポイント・システムを作ったことだ。《これにより、まだ就職の内定を持っていない外国人がドイツに1年間住むことができ、仕事の紹介を見つけることができるようになる。カードを受け取るための前提条件は、専門資格または大学の学位を取得していることだ。一定の条件を満たした人にカードが発行され、ポイントが付与される。これらの条件には、ドイツ語/または英語の能力、ドイツとの既存の関係、およびドイツの労働市場でのパートナーまたは配偶者に同行する可能性が含まれる》

6月7日付DW《ドイツがブラジルから看護専門家を惹きつける理由》(10)では、看護分野で特にブラジル人が求められている現状を報じた。看護師をドイツに連れてくるプロセスとしては、《ドイツの一部の病院では、外国から専門家を採用するために、採用からドイツ入国までの採用プロセス全体を担当する企業に頼っている。これには、ブラジル滞在中のドイツ語の授業とビザの申請が含まれる。サービス提供者には病院自体が報酬を支払っているため、労働者には語学コースなどは無料》とあり、この記事ではこのプロセスに2年かかった実例が紹介されている。ドイツ側はそのような負担をしてまで連れてこようとしている。

日本は移民を受入れるかどうかの根本的議論を

欧米では「移民労働者」として受入れる枠を整備する一方、日本では状況はまったく異なる。日本は一時的な「外国人労働者」に拘っており、外国人側からすればすでに選択肢の中で条件が悪い。
そもそも特別な就労ビザがある日系ブラジル人ですら居場所を失いつつある。アジアからの若い技能実習生が中心となり、今後は特定技能制度による外国人労働者へと乗り換えようとしている。だが今も「移民」「定住者」として考えられていない。特定技能2号に合格すれば永住ビザにつながる可能性を残しているが、とんでもなく狭き門だ。4世ビザと同様な「アリバイ的制度」に見えなくもない。

4世ビザは年間4千人が訪日できる制度という建前だったので、4世にも窓口を開いたかのような幻想を抱かせた。だが現実は、5年間で2万人以上が入ってもおかしくないのに、現実は150人・・・。入れるように見せかけて、実際には「ノー」と言っている。

今月初め、アリバイを重ねるように、日本の出入国在留管理庁は6日次のような発表(11)をした。4世は現行の「特定活動」在留資格で5年間日本に滞在した後、日本語能力試験2級(N2)相当の日本語能力要件などを満たせば、「定住者」在留資格へ変更が出来るようになるという。「定住者」在留資格は更新が可能で、実質的に無期限の日本滞在が可能になる。

だがそもそも4世ビザの取得自体が難しすぎて5年間滞在する人は、わずかだ。特定技能2号も同様に「日本は外国人移民を拒否している訳ではない。外国人が永住できる制度はあります」というアリバイにしている可能性がある。

世界からブラジル人は必要な労働者として積極的に求められるご時世になった。ブラジル側から見て、今の日本就労は90年代ほどのメリットはない。ある程度の技能を持った人なら日本より条件が良い国に行く方が魅力的だ。何より、外国で新生活を試したいブラジル人はどんどん増えている。

正直言って、コラム子は日本の移民労働者導入論に賛成ではない。日本は独立国なんだから「移民受入れ」というグローバル基準に従う必要はない。一番良い解決策は、日本人人口増加であり、そのための方策にはパンデミック対策以上の資金をまとめてつぎ込むべきだと考える。

だが、万が一、外国人労働者を入れる方向に話が行くのなら、今さら「技能実習から特定技能へ」と議論すること自体あまり意味がないと思う。そのような小手先の議論ではなく、移民受入れをするのかしないのか、根本的かつ国民的議論をすべきだ。だがもし「受入れる」と決めたなら、そのように法律も整備すべきだ。「受入れるふりをする」ような中途半端な状態はお互いにとって良くない。長い目で見て、間違いなく外国から見た日本の評価を下げる。(深)

(1)https://www.estadao.com.br/economia/brasil-virar-suica-america-latina-presidente-instituto-financas-internacionais-nprei/

(2)https://www.correiobraziliense.com.br/brasil/2023/05/5097912-45-milhoes-de-brasileiros-vivem-no-exterior-um-recorde.html

(3)https://www.cnnbrasil.com.br/economia/numero-de-brasileiros-no-exterior-cresce-e-chega-a-42-milhoes/

(4)https://revistaoeste.com/mundo/milionarios-vao-deixar-brasil-2023/

(5)https://www.bbc.com/portuguese/internacional-63649595

(6)https://www.estadao.com.br/brasil/portugal-facilita-regras-para-entrada-de-brasileiros-entenda/

(7)https://www.bbc.com/portuguese/internacional-63515652

(8)https://www.estadao.com.br/economia/sua-carreira/canada-emprego-vagas-imigrantes/

(9)https://www.dw.com/pt-br/parlamento-alem%C3%A3o-aprova-lei-para-facilitar-imigra%C3%A7%C3%A3o-de-m%C3%A3o-de-obra/a-66015039

(10)https://www.dw.com/pt-br/por-que-alemanha-atrai-profissionais-de-enfermagem-do-brasil/a-65825396

(11)https://www.brasilnippou.com/2023/230607-61colonia.html