日本が高度成長期にあった1970年代、高校の教職に就いていた著者は国費留学生のエルサルバドル人ダヴィと出会い、家族の猛反対を振り切って彼の故国に赴き結婚する。何の予備知識もないまま住み始めたエルサルバドルでは、習慣、文化の差違、駐在員等の日本人在留者との付き合い方などに戸惑うことが多かったが、貧富の格差が大きい社会は内戦前夜にあり、治安は悪化の一途を辿っていた。1978年に日本の合弁繊維会社INSINCAの社長がゲリラ組織に誘拐、殺害される事件が起き日本人駐在員は皆引き上げ社会情勢が確実に悪化する状況で、娘を出産した。しかし反政府的と目された者は脅迫、誘拐されてカトリック聖職者や国立大学学長まで次々に暗殺される中で、国立大学教員のダヴィにも危険が迫り、海外での就職もままならずメキシコ市のオーストラリア大使館に難民申請するが、妻が日本旅券保持者と知った係官は「経済大国の自国日本を頼らないのはなぜか」と、難民を受け容れようとしない日本政府への怒りを露わにする。実は夫が日本人なら外国籍妻は容易に日本国籍を取れるが、逆の外国人夫への国籍付与は至難と在エルサルバドル日本領事から聞かされていたのだが、メキシコの日本領事はダヴィの日本ビザ申請書を出すよう勧めた。そこには身元引受人の記入が必要だったが、家族とも日本での交友のほとんどを絶って出てきた著者は、咄嗟に思い浮かんだ院生時代の師の一人村井教授の名を書きこんだところ、先生の大車輪の働きかけもあってか予想外に許可が下り、家族は8年ぶりに日本に戻ることができた。ダヴィの就職も実現し、家族や多くの人たちも支援してくれるようになり、その後法律も変わって全員日本国籍を取り安全で平穏な生活を過ごせるようになった。
今から40年前の話だが、世界最貧国の一つであっても最下層で苦しむ庶民同士は助け合い、内戦下でも命がけで匿う優しさがあり、一方国際結婚をした夫婦でも日本国ビザには男女の差別があったことなどが克明に語られており、中米研究書では判らない内戦下での庶民の生活を知ることができる本書は一読に値する。
〔桜井 敏浩〕
(花伝社発行・共栄書房発売 2023年7月 319頁 1,800円+税 ISBN978-4-7634-2071-8)
〔『ラテンアメリカ時報』2023年秋号(No.1444)より〕