連載エッセイ291:相川知子「=日本人として選挙立会人に=―サッカーと政治の話はもめごとの原因―」 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ291:相川知子「=日本人として選挙立会人に=―サッカーと政治の話はもめごとの原因―」


連載エッセイ291

=日本人として選挙立会人に=―サッカーと政治の話はもめごとの原因―

執筆者:相川知子(在ブエノスアイレス、異文化コミュニケーター)

この記事は、ブラジル日報紙の10月27日付けの「在住者レポート」を筆者とブラジル日報紙の許可を得て転載させていただきました。


ベネズエラ人、アルゼンチン人、日本人と多様性のある投票所になりました(撮影 相川知子)


午前8時に一番乗りで投票しました(撮影 相川知子)

外国人投票選挙立会人

 10月22日にアルゼンチンの大統領選挙、議員選挙、自治体選挙が行われました。アルゼンチンでは、16歳以上のアルゼンチン国籍の人に出生、帰化にかかわらず、選挙権が与えられます。そして18歳から70歳まで投票が義務となります。
 2021年の議員選挙から、デジタル改革が進み、同時に在住外国人も身分証明書DNIの番号で在住自治体のウェブサイトから自分の投票場所の割り振りを見つけて投票できるようになりました。それ以前も、投票は可能でしたが事前に手続きをしなければならず、筆者は数年前に2回試みましたが、役所の誰も手続きを知らない状態でした。それが簡易になり、自動的に投票人リストが作成されるようになったのです。
 そのため、私にとっては今年8月の中間選挙が、3回目の投票となりました。通常、居住地の近所の学校が会場となります。自宅から徒歩10分の公立小学校が選挙会場に当たりました。午前8時から午後6時までが投票時間です。時計は午前6時50分でした。普段の日曜日のこの時間のブエノスアイレスでは夜遅くまでというより朝早くまで遊んでいた若者が家に向かうのを見かける時間です。
 選挙活動を選挙開始48時間前から禁止するVEDAと呼ばれる沈黙期間があります。その中には、12時間前、即ち、前日の午後8時から開票後まで酒類の販売、集会、イベントなどを禁止する事項があります。
 そのため、通りは集合住宅の管理人が歩道を掃除したばかりで、夜遅くまで開いている飲食店のゴミもなく、きれいなところを新聞配達人に挨拶をしただけで他に誰にも会わずに会場まで歩いて行きました。午前7時に集合だったからです。私は投票テーブルの担当者補助に任命されていました。
 投票会場の中に投票所が数カ所設置されます。一つの投票所で最大350人ずつが分かれて投票します。それぞれ受付を行い、また投票箱を管理し、監視します。投票箱を受け取る列に並び、しばらくしたら、担当の投票所の書類や備品はすでに持って行ったところとのこと。
 それでは私はどうしたらいいのでしょうか、と尋ねると誰もわからないので、選挙実行委員長を待つことになり、ようやく、7時30分頃に現れた実行委員長に尋ねても「え、あなたの担当投票所はどこ?」と逆に聞かれてしまったので、私はすでに中間選挙で上の階が外国人投票所であるのを知っていたので、それを知らせると、それでは上に行ってと言われました。

担当投票所管理者はベネズエラ人

 投票所では、投票管理者に任命されたベネズエラ出身の人がすでに準備を整えていました。アルゼンチンに来て5年というサンチアゴさんはすでに2回目で慣れたもので、人当たりもよく、おそらく前回の中間選挙で投票した際の担当の方だったと思われます。それで私がこの人の補助をすることになりました。
 身分証明書を確認する選挙受付、投票用紙を入れる担当者全員が署名して確かに管理された封筒を渡し、この投票所の左奥、スペイン語では「cuarto oscuro(暗い部屋)」で政党や候補者の写真がある紙を封筒に入れてもらい、出てきたところで、その封筒を投票箱に入れてもらう係です。
 ちなみに自分の舌でそのままなめてつけるそうですが、コロナ禍で封筒の口を内側に入れて出ないようにすることも流行しました。

外国人投票者の大部分はベネズエラ人

 午前8時になり、一番乗りで投票しました。そして、投票所のテーブルにつきました。その間にブエノスアイレス市与党から派遣された立会人が到着しました。唯一のアルゼンチン人で、市役所で働いているとのことでした。築45年でアルゼンチンでは比較的新しい学校です。立会人の交替があったり野党の立会人が来たりしましたが、午前8時から6時まで務めました。
 登録投票者は350人中、55人が投票しました。投票所同士で競いましたが、12カ所の中で平均的な人数でした。大部分がベネズエラ人で他にウルグアイ人、ボリビア人、スイス人が参加しました。初投票の人が多かったのですが、投票所責任者がベネズエラ人と気づくとその度にスペイン語でベネズエラ的に話しかけるので、向こうも緊張した面持ちがすぐほっとした顔になりました。それにベネズエラでは20年前からデジタル化されているので紙の投票用紙は初めての人が多かったのです。
 アルゼンチンには2022年8月現在で303万3786人の外国人が住んでいます。87・1%が南米出身でパラグアイ人とボリビア人で50%を占めますが、ペルー9・54%に次いで多いのが7・27%のベネズエラ人です(1)。
 それに政治の問題で移住しているので元々選挙に関心があり、さらにブエノスアイレス市政府も在住研修を実施しているので情報が行きわたりやすいということでした。なお、配達中にバイクでかけつけるベネズエラの人もいました。大学卒でも知らない地で職を得るのは困難ですから最初はネットサービスの配達に従事する人が多いことを反映していました。

封筒に政党や候補者の写真がある投票用紙を入れて投票する(撮影 相川知子)

投票箱には私も管理したという署名をしましたが、通常署名の下に名前を書きます。これをaclaración と言い、要は誰のサインかわかるように普通はアルファベットの活字体で名前を書きますが誰のサインかわかるようになので、ついでに日本語でも書いてみました(撮影 相川知子)


パレルモ地区の公立学校。学校が会場になるため、数年前までは翌日に清掃で次の日が学校活動に支障が出たが、最近では夜中に清掃をするようになったり、もしくは午前中だけになり、午後から開校となるようになった(撮影 相川知子)

アルゼンチン人が知らないこの国の良さ

 アルゼンチン人の立会人ソフィアさんは建築家ということで、「日本建築は素晴らしいと聞きましたがどうですか」とたずねてきました。それで私は「日本は新旧素晴らしいものがあるかもしれませんが、東京国際フォーラムを設計したのはウルグアイ人建築家ラファエル・ヴィニオリです。彼は実は国立ブエノスアイレス大学卒業でアメリカに拠点をうつして国際的に活躍中。それに私は120年の歴史のあるアールヌーボー建築の大学で教えているし、コロン劇場の折衷主義建築も素晴らしい」とアルゼンチンを賞賛しました。
 サンチアゴさんが「こんな自由な国はない、政治経済の問題で家族とベネズエラから逃れるしかなかったが、アルゼンチンに来てよかった」と続けるので、ソフィアさんはそんなこと知らなかったと目を白黒させていました。さらに、日本では外国人が投票に参加するのは難しいという話をしたらびっくりしていました。
 実は、アルゼンチンの人は結構自分の国だけが特別なことを知らないことが多く、例えば先週は母の日を祝いましたが、「日本は5月だ」というと「南米だからでしょ」というのでいえいえ、「ベネズエラも隣国ウルグアイも5月です」と話がはずみました。
 また、後から参加した野党立会人のフアンさんは疲れたときにはこれが一番とチョコレートを用意してすすめてくれた上に、学校給食的なサンドイッチを分けてくれたり、立会人長のマリアさんは常に「お湯はいかが、マテ茶が大丈夫なら飲みに来てね」と誘ってくれました。


初投票した東京出身の伊藤まどかさん

小さなハナちゃん(伊藤まどかさんの娘)も候補者の顔を確認。CMでそれぞれの公約も覚えています

初めて投票した在ブエノスアイレス日本人の感想

 投票会場の玄関を閉めるのが午後6時、それまでに中に入っていた人が投票をすませば終了です。東京出身の伊藤まどかさんは在住8年にして初投票です。これまで投票に行ったらいいとすすめていたのですが忙しくて無理だったのですが、やっと行ってくれました。 (2)伊藤さんによると「ギリギリに到着した私を温かく迎えてくれ、投票を済ませると同時に担当のテーブルだけではなく会場中で拍手をしてくれました。それにビデオまで撮ってくれました。7歳の娘も選挙は楽しいものと認識しました。嬉しくて続ける気になりました」
 参考までに、伊藤まどかさんのXで、その時の動画が見られます( https://twitter.com/madokaitoh_arg/status/1716441160456048758/video/2

開票作業の実際

 開票は投票箱の封を切り、封筒を数え、投票者数と一致させます。その後、全ての封筒を開けながら、政党ごとに整理します。
 ちなみに私達は在ブエノスアイレス外国人だったのでブエノスアイレス市長、市議会議員の選挙のみとなりましたので一枚選んで入れます。大統領選挙も参加の場合は2枚入れます。
 無効票は特になく、同じ封筒に2枚同じ政党の用紙が入っていたものは1票と数えます。与党30票の圧勝でしたが、現在躍進中のミレイ候補の自由前進党も16票でした。野党の現大統領与党「祖国団結」党も7票で健闘しました。左派は2票でした。数えなおしたり、また最後にアルゼンチン郵便の電報に記載して皆で署名し、封筒と投票用紙は投票箱に戻します。その箱を再び封をして郵便担当に渡し、全て6時55分に終了しました。階下のテーブルのアルゼンチン人票は多いので時間がかかっているようでした。

11月19日は決選投票


ミレイ候補の抱き枕などいろいろなグッズがあります。


ミレイ候補のフラッグのマークがライオンなのはマッサ候補の本拠地がティグレ市だからです(スペイン語でトラの意味、https://www.tigre.gob.ar/)。またミレイ氏の恋人のファティマは有名人の物真似役者です。マッサ候補が首相を務めたクリスティナ・キルチネル元大統領の物真似もしました。


マッサ候補のグッズ


マッサ候補本拠地のティグレ(スペイン語でトラの意味、 https://www.tigre.gob.ar/)市

 選挙会場でも私のテーブルでも、首都ブエノスアイレス市は与党のホルヘ・マクリ候補がダントツでしたが野党のサントロ候補が次点ですが決定に至らず、ブエノスアイレス州は与党として立候補したキシロフ氏が州知事になります。
 アルゼンチン大統領選は来月の11月19日決選投票で、与党候補のマッサ候補と自由前進党のミレイ候補が戦うことになります。投票は義務にも関わらず投票率は77・6%と低調でした。ちなみに、2019年には80%以上ありました。なお、前回の8月の中間選挙で党内でやぶれた現ブエノスアイレス市長のラレタ氏の票がブーリッチ候補に行かず分散してしまったようですね。しかしながら、過去にない、外国在住アルゼンチン人の投票率があがり、バルセロナ、スペイン、ニューヨーク、モンテビデオ、チリでは長蛇の列だったそうです。

 なお、アルゼンチンではサッカーと政治の話は友人同士でも家族でももめごとの発端になります。今回はある候補者のグッズを持っている写真をWhatsAppの友人グループに投稿したら、そのメンバーが別のグループに許可なく転送投稿してしまいました。それがまた反対側の政党が多いグループだったので顔も出ているし、それをまた別の方に転送したら拡散されて問題になり喧嘩に至ってしまいました。もちろん口論で済みましたがご注意が必要です。(10月24日、相川知子)

(1)参考資料 在アルゼンチン外国人統計2022年(https://www.argentina.gob.ar/sites/default/files/2022/12/caracterizacion_de_la_migracion_internacional_en_argentina_a_partir_de_los_registros_administrativos_del_renaper_dnp.pdf
(2)参考=ブエノスアイレス市在住ならブエノスアイレス市長選の選挙でした。ここでチェック
http://buenosaires.gob.ar/justicia-y-seguridad/donde-voto 投票方法はこちら.
http://buenosaires.gob.ar/justicia-y-seguridad/instituto-de-gestion-electoral
※追伸=10月24日午後ブエノスアイレス市候補のサントロ氏が辞退、結果与党が継続ホルヘマクリ氏がブエノスアイレス市長に12月就任します。