連載エッセイ293:田所清克「ブラジル雑感」その33「アマゾンの風物詩」その6 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ293:田所清克「ブラジル雑感」その33「アマゾンの風物詩」その6


連載エッセイ293

ブラジル雑感 その33
アマゾンの風物詩 その6

執執筆者:田所清克(京都外国語大学名誉教授)

アマゾンの風物詩32 –この地方のよく知られた伝説–
  オオニバスの伝説(A lenda da Vitória-Régia) ①

 人口に膾炙したアマゾンの伝説がいくつかある。その最たるものの一つがオオニバスの伝説だ。カボクロはオオニバスのことを、「およそ真夜中に開く」という意味でmururuと呼んでいる。世界でも大きな花の部類の一つに入るそれは、アマゾンやパンタナルの沼地や湖沼で散見される。可憐に咲くそれを私は何度見たことだろう。蓮よりも桁違いに大きい円形状に花をつけた様は優美で、まさしくその妖艶な美しさに惹かれて水の中に飛び込みたい心境にかられる。

 私同様に、フランスの博物学者のBonpland とO’rbignyはいたく気に入り、英国の女王に敬意を表して、水面に浮く植物をVitória-Régia[王の勝利]と称した。これが,ポルトガル語で言う名称の由来である。アマゾンの長老の祈祷師たちは、月はいつも山並に隠れ、一人のインディオの娘を選んでは天空に輝く星に変える、と語る。

<伝説>
 勇猛な族長の娘であるナイアーー(Naiá)は、乳のように白い肌で生まれ、トウモロコシの穂さながらに赤毛の美しい髪をしていた。ナイアーは煌めく星に生まれ変わるために、ジヤスイ(Jaci)に選らばれることを切に望んでいた。しかしながら、月は彼女の願いを聞き入れてくれず、たいそう悲しんだ娘はやつれ始めました。祈祷師たちはナイアーをまじない治療をしましたが、その甲斐はありませんでした。

 毎晩、若きインディオの娘は自分の小屋(oca)を出ては、Jaciに見られ選ばれる期待を抱きながら、夜が明けるまで歩き回るのでした。とある夜、歩き疲れて穏やかな湖の縁に座っている時、水鏡に映ったJaciの像が目に入りました。すると、月の光に引き寄せられてインディオの娘は湖に飛び込み、消え失せました。Naiáは現れることはありませんでした。湖の魚たちや植物たちの頼みを聞き入れたJaciは、彼女を一個の星、それも夜空に耀く星ではなく、月光で長い花弁が開く美しい花、すなわち水面の星に変身させたのです。

アマゾンの風物詩32 –よく知られたこの地方の伝説 ②ピンクイルカ(boto-de-cor-de-rosa)

 すでに紹介したboto vermelhoの名でも知られているboto-cor-de-rosaの伝説は、インディオ出自であるものの、ブラジルの民間伝承としてはきわめて有名である。私はこれまで、アマゾン河をマナウスを基点に幾度となく上ったり下ったりしたが、伝説にあるようなものではなくて、愛くるしいイルカに遭遇して感動したものだ。

<伝説>
 イルカではあるが、星の煌めく満月の夜、わけても6月祭(Festa Junina)には、スマートでハンサムな若者に変身して出没する。しかも、それがばれないように、自分の頭上にある呼吸する小さな穴と長い鼻を隠すために、大きな白い帽子をかぶる。これまた白いスーツに身をつつみ、まさしく色男で女をものにする出立ちである。そして、口上手のイルカは祭の場で、もっとも美しい独身の娘にちょっかいをかけ、川底に連れて行く。そこで孕ませた挙げ句、見捨てる始末。次の朝彼はふたたび元のイルカに身を変えるである。

 冗談だろうが、ブラジルではしばしば、夫以外の父親の判らない間にできた子供は、” イルカの子 “と正当化される。アマゾンの迷信では、イルカの肉を食べた者は発狂し、魔法にかかるとも言われている。さらに、夜カヌーで航行すると、イルカに転覆さられるとの言い伝えもある。

 矛盾するが、全く反対の意味で好意的にイルカをとらえている迷信があることにも驚かされる。漁師にとってイルカは友達で、嵐の時などは安全な場所に導き案内するというものが、そうである。*写真はWebから。

アマゾンの風物詩32–よく知られているこの地方の伝説–イアラ(Iara) ③

 
これまたインディオ起源の伝説である。Iaraとはトウピの言葉(Iuara)で 、” 水もしくは川の夫人(senhora das águas “、”水の中に住むところの “[aquela que mora nas águas]を意味する。水もしくは川の精(Mãe d’Água)としても知られている。元をただせばこの伝説はヨーロッパ生まれのようで、それが植民地化の過程でブラジルにもたらせられ、インディオ文化に脚色•翻案されたようだ。

 ともあれ、アマゾン河に住む美しい人魚(sereia)で、長い緑の髪と茶色の目をしている。アフロ宗教に登場する海の女王イエマンジヤー[Iemanjá]と混同視されることもある。ブラジル国民の間でも知らない人がいないくらいよく知られた民間伝承である。従って、地方によつてIaraの形質学的特徴は異なる。例えば、髪は緑色ではなくて漆黒の黒色、といつた具合に。

 ところで、もともとIaraは祈祷師の娘で、美貌にして卓越した戦士でもあった。であるから、兄弟たちの妬みを買い、殺されようとする。が、逆に彼らを殺めてしまうのである。父親の激怒と重罰を恐れて逃亡を計る。しかしながら見つかり、結果として、川のなかに投げ込まれる。河に棲息する魚たちはIaraを不憫に思い、彼女を人魚に変えたのである。その時以来、イアラはアマゾン河に住み続け、男にとっては恐ろしい存在となつた。

<伝説>
 長き黒髪の茶色い目をしたIaraは、甘い歌声とメロディーで男を虜にする。そして、心をうたれた男は誰でも、さも催眠術にかかったかのように抵抗できないままに川底に引き込まれる。
* よしんばIaraの甘い誘惑からのがれたとしても、気が狂った状態にある犠牲者を治すのは、祈祷師だと信じられている。アマゾン河流域の、特に河川に住む人たちは、この言い伝えを頑なに信じて、恐れるあまりに夜ともなれば川に近づこうとしない。また一方において、破壊から川や海、動物たちを護る存在でもあるらしい。botoの伝説が女性に被害を及ぼすのとは逆に、男が災難に遭う筋書きである。

アマゾンの風物詩 32 よく知られているこの地方の伝説 コブラ•ノラト(Cobra Norato) ④

 私が住む南阿蘇は、実に自然が豊かである。周りに猿、鹿、猪はむろん、鳥類、爬虫類、昆虫類などの小動物も多くて、阿蘇山の麓を貫き流れ有明海に注ぐ白川、自宅のすぐ裏を音を立てて流れる澄みきった小川にも、魚やトンボの幼虫などがいる。アマゾンやパンタナルの大自然のみならず、そこの動植相に私が強く惹かれたのも、阿蘇と共通点が見出だせるからであろう。

 一昨日、6つ違いの兄と話していたら、私が高校生までいた時文と較べて、動物相にも変化があるとのこと。例えば、これから紹介する蛇に関しても、昔はそこらにいたシマヘビ、アオダイシヨウが少なくなり、逆に蝮が増えているらしい。まさしく蛇蝎のごとく忌み嫌う存在でありながら、怖いもの見たさに蛇となれば関心を示す私。であるから、ブラジルのサンパウロを訪ねたら、必ずI stituto de Butantã に出向く。ところで今回は、その蛇にまつわるアマゾンの大蛇伝説(Lenda da Cobra Grande da Amazônia)である。単にコブラ•ノラト(Cobra Norato[=Honorato]とも言う。

<伝説>
アマゾン地方の部族の女はBoiúnaに孕まされて双子を産んだ。一人は男の子、もう一人は女の子で、それぞれHonorato, Mariaというキリスト教名をつけもした。しかしながら、女は” 蛇の子”の格好をした自分の子供におののき、その子供から解放されるために川に投げ込んだ。二人の子供は死にもせず、成長していった。Honorato は善良で何一つ悪事を働らくこともなかつた。しかも、親思いでいつも母を訪ねていた。対する同じ血を分けたMariaは母親をねたみ、邪悪きわまりない性格の持ち主で、人間はもとより生き物に対しても危害を加えていた。のみならず、船を難破させたりもした。

 そうした悪事に耐えかねて、彼女がしでかす悪事を絶ち、住民の不安を取り除くべくHonorato は、最後には肉親を殺すことを決意する。Honorato は月明かりの夜ともなれば魔法がとけて人間の姿となり、器量のよい優雅な立ち振舞いの青年となった。そして、陸での生活を送るために川から這い上がった。Honorato にかけられた魔法をとくには、大蛇である彼の口に乳を降り注ぎ、血が出るまで頭を傷つける必要があった。

 パラー州Cametá出身の一人の勇敢な兵士がある日、恐ろしい魔法からHonorato を解き放つたことで、彼は水の蛇(Cobra d’água)ではなくなり、一人の人間として家族と共に陸地で住めるようになった。

 大蛇にもともと関心があったことから、随分以前に、ヤマタノオロチについて調べたことがある。従ってむろんアマゾンやパンタナルでは、蛇の生態にも知見を広めもした。
 またその関連で、Raul Boppの手になる詩集Cobra Noratoについて研究し、公にしたこともある。アマゾンにはアナコンダ(anaconda=sucuri=boiúna=boiaçu)が棲息することで、大蛇伝説が生まれる土壌があったことが頷ける。

 伝説では、河川や湖沼の奥深いところに棲息し、輝く目をしていて、見た者を恐怖に陥れる存在として扱われている。その一方で、世界創造と分かちがたく結びついていて、川や多くの動物の起源になっている。この伝説は、Amazônia, Pará, Tocantins, Roraima 州など場所によって多少筋書きが異なる。 とは言え、多くの音楽、詩、映画などに霊感を与えた点は黙過できない。

アマゾン風物詩32 ―よく知られているこの地方の伝説–アマゾン河の伝説 (Lenda do Rio Amazonas) ⑤

 これまで紹介した伝説は、これから扱うクルピーラ伝説(Curupira)やウイラプーラ伝説(Uirapura)、マンデイオカ伝説と同様に、アマゾン住民ばかりかブラジル国民の間では広く知られている。が、存外知れ亘っていないものにアマゾン河伝説がある。これから、月と太陽が主人公で、アマゾン河の起源となっているその伝説を紹介したい。

<伝説>
 ずいぶん昔、夫婦になることを夢見た恋人がいました。銀をまとい月と呼ばれていた彼女に対して、金をまとった彼の名は太陽でした。月は夜の女主人で、もう一方の彼は日中の主人でした。しかしながら、二人の恋人の間には、障害がありました。つまり、もし彼らが結婚すれば、世界は消え失せてなくなるというのです。太陽の燃え上がるような愛も全部の土地を焼きつくし、月の方もまた、泣き悲しんだ泪が土地の全てを溺死させるとのこと。

 たとえ太陽が月に惚れ込んでいるにしても、彼女とは結婚できないのです。愛しているにもかかわらず、どうして結婚できないのでしよう?月は彼の情念の火を消せるのでしようか? 銀の月も金の太陽も希望を失ってしまいました。

絶望のあまり月は昼も夜もずっと泣きどうしでした。そして、彼女の泪は丘という丘はむろん、海に届くほどに止めどなく滴り流れていました。しかしながら、海はそれほど多くの泪に荒れ狂い、大量の水[泪]を受け入れたがりませんでした。そうしたわけで、苦悩で悶々とした月は自分の泪を怒っている海の水と混じらせることはかないませんでした。がしかし、予期せぬことがおきました。水[泪]は広大な川原をえぐりいくつかの丘も隆起して、巨大な川が現れたのです。

アマゾンの風物詩32 よく知られているこの地方の伝説 クルピーラ(curupira)の伝説 ⑥

 インディオたちの間でもっとも恐れられている伝説の一つが、化け物的存在として語られるクルピーラである。子供然たる身体で、長い赤毛の頭髪、尖った歯を有しているが、その最たる身体的特徴と言えば、後ろ向きのかかとをしていることだろう。タバコとカシヤサ(cachaça)が好物ときている。深い森に住み、自然破壊者に対して道を迷わせ森林を護る存在である。

 そのためクルピーラは侵入者を恐怖におとしいれる目的で、断続することなく耳をつんざくほどに口笛を吹いて当惑させたりもする。そして、辿って来た道をも森の破壊者に忘れさせ、森のなかで迷わせるのである。その意味で、クルピーラと同じ身体的特徴を持つカイポーラ(caipora)[インディオの神話に由来した想像上の化け物もしくは存在]が動物の番人(guardiã dos animais)に対して、クルピーラは、森の番人(guardiã da floresta)である。

 アマゾンの貴重な熱帯雨林は日を追うごとに蚕食されている。クルピーラのごとき森林破壊から護る、森の番人が今こそ必要である。奇しくも今夜(2023年9月7日)、BS1で「止めろ アマゾンの森林破壊」について放映される。是非ともご覧頂きたい。

 一部私が監修している明日(2023年9月8日)の日本テレビ「高校生クイズ」の方も。9時からです。

アマゾンの風物詩32 –マンデイオカ伝説(lenda da mandioca) –⑦ その1

 ブラジルに出向いた折りに私は、幾度マンデイオカを食したことだろう。初めて口にしてから、すっかり虜になってしまった。別段、取り立てて美味というほどではないが、あっさりした食感がこたえられなくなって、時にはその繊維質のある煮炊きしたものが食べたくなる。

 が、反対側に位置する僻遠のブラジルに行くことも今ではままならず、リオのホテルで食べたマンデイオカの想い出を思い起こすしかない。ところで、米、トウモロコシについで、三大炭水化物(carboidratos)といわれるマンデイオカは南米原産のようであるが、今ではブラジル以外にナイジェリア、タイ、インドネシア、アンゴラ、ガーナ、コンゴ民主共和国などで特に生産されている。

 アマゾン地方では4千年前に栽培されていたと言われているが、これへの言及はドン•,マニユエル国王宛に送ったPero Vaz de Caminha,の手になる「発見の書簡」(carta de achamento)なってからのことらしい。調べてみると、4千種のマンデイオカがあることに先ずは驚く。有毒無毒のものを含めて、その呼び名は地方によって異なる。確か、リオやエスピーリツト•サント州ではaipim、サンパウロおよびミーナス州では本来のmandiocaと呼んでいたように思う。

 macaceira、maniva、castrlinhaとも、またシアン系の毒のあるものmandioca-bravaと、毒を有していないのmandioca-mansaを区別しての呼称もある。
 インディオにとっては主食であると同時に、神聖な食べ物として、宗教儀式には欠かせないものになっている。周知の通り、mandiocaからはブラジルの食卓を飾るマンデいオカ粉はむろん、インディオたちが愛飲する口咀酒(cauim)が造られる。インディアオばかりか貧しい人たちの基本食であったことから、マンデイオカは「貧民のパン」(pão-de-pobre)とも言われる。

アマゾンの風物詩32 –よく知られているこの地方の伝説 –⑦―マンデイイオカ(mandioca)伝説 その2

 ある集落の先住民部族の祈祷師(pajé)が、今まで見たことのない植物の夢を見て、それが予言であることも分かりました。これを前提にして伝説は始まります。族長の娘が懐妊します。このことは喜びどころか、父親にとっては深い悲しみの種となりました。と言うのも、自分が望んでいた勇猛な戦士とは娘が結婚しなかったからです。しかも、疑い深くお腹の子供の父親が誰であるのか、執拗に問い質すのです。対する娘は、どうして身ごもったのか分からないと応えるしか返事の仕様がありませんでした。
 
 娘の微塵もない誠実のなさに、ただただ父親は不愉快を覚え憤りすら感じました。ある日のこと、娘を信じるように助言する夢を族長は見ました。娘が貞潔であり、真実を語っていることが分かって以後、彼女の妊娠を認め、孫の誕生を待ち望みました。ところが、そうした父親の期待と喜びとは裏腹に、白い肌の女の子Maniはある朝、死んだ状態で母親に見つかりました。

 我が子を喪った母親は悲しみにうち沈んで自分の住む家(oca)の中に埋葬しました。彼女の万斛の泪は、まるで水を打つたように地面を湿らせました。しかし、数日後、自分の娘を埋めたところに、これまでに見たことのない一本の植物が生えていました。彼女らはせっせとその植物を世話するようになります。

 地面が地割れしているのを見て、ひよつとすると生命ある娘がいるのでは、との希望を抱いて母親は掘り起こします。しかし、彼女が見出だしたのは、マンデイオカの根茎だつたのです。mandiocaの語源はトウピ•グワラニ語の、つまり、死んだManiという言葉と、oca(インディオの住居)という言葉とを合わせたmaniocaから来ているのです。