執筆者:桜井悌司(ラテンアメリカ協会常務理事)
「はじめに」
フランスのビジネススクールのINSEADは、2023年11月7日に「世界人材競争力指数」(GTCI、 The Global Talent Competitiveness Index) の2023年版を公表した。この調査は、INSEADが2013年から始めた調査で、今年が10周年に当たる。世界の134ヶ国を対象とした調査で、調査は下記の6つの主要指標に基づく。
*政府による規制や市場・労働環境と言った「環境要因」=ENABLE
*マイノリティやジェンダーなどを含む人材に対する魅力度=ATTRACT
*教育体制や成長分野への機会を測る「人材開発」=GROW
*「人材の維持」=RETAIN 以上インプット要因
*「基礎・職業専門スキル」=VT SKILLS
*「グローバルな知識スキル」=GR SKILLS 以上アウトプット要因
「世界人材競争力指数2023の概要」
2023年の調査結果は下記の通りである。ベスト15位の顔ぶれを見ると、例によって欧米諸国が13ヶ国を占めるが、唯一2位のシンガポールと8位のオーストラリアがランクインしている。日本の新聞、例えば日本経済新聞の11月8日付けの見出しをみると、「日本、トップ25脱落」、「韓国が逆転、24位に」となっている。
INSEADによる総評の主要ポイントは下記の通り。
*GTCIスコアのランキング上位は引き続き先進高所得国が占めており、一人当たりGDPとGTCIスコアには高い相関関係がある。
*トップ25に入った他の非ヨーロッパ諸国は、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、アラブ首長国連邦、韓国、イスラエルである。
*今年の上位25カ国で最も注目すべき変化は、初めて日本が含まれなくなったことである。
表1 世界人材競争力指数2023年版のベスト15とその他主要国のランキングと得点
ランク | 国名 | 得点 |
1位(1) | スイス | 78.96(78.20) |
2位(2) | シンガポール | 77.11(75.80) |
3位(4) | 米国 | 76.60(73.93) |
4位(3) | デンマーク | 76.54(75.44) |
5位(6) | オランダ | 74.76(73.90) |
6位(8) | フィンランド | 74.35(73.28) |
7位(7) | ノルウエー | 73.96(73.88) |
8位(9) | オーストラリア | 73.93(71.93) |
9位(5) | スウェーデン | 73.86(73.93) |
10位(10) | 英国 | 73.75(71.59) |
11位(11) | ルクセンブルグ | 72.88(71.58) |
12位(13) | アイルランド | 70.45(68.36) |
13位(15) | カナダ | 70.13(68.11) |
14位(14) | ドイツ | 69.88(68.15) |
15位(12) | アイスランド | 69.38(68.96) |
24位(27) | 韓国 | 62.21(59.10) |
26位(24) | 日本 | 61.65(59.77) |
29位(29) | スペイン | 60.36(58.03)) |
40位(36) | 中国 | 52.57(51.04) |
注:( )内は2022年の数字である。
「世界人材競争力指数2023に見るラテンアメリカ」
ラテンアメリカ諸国の人材競争力指数のランキングは下記表2の通りである。上位3分の1に入る国は、チリとウルグアイの2ヶ国のみである。46位から90位の中位国は、コスタリカ、トリニダードT、アルゼンチン等11ヶ国、91位以降の下位国は、パラグアイ、ボリビア等6カ国である。(表4参照のこと)
表5を見ると2022年比でランクの、上昇国、下落国、無変化国がわかる。ランクを上昇させた国は、7ヶ国でジャマイカ、ホンジュラス、ブラジル、グアテマラは著しく上昇させた。チリとドミニカ共和国は変化がなく、ランクを下落させた国は、10か国で、とりわけ、パナマ、コロンビア、トリニダードT,パラグアイ、コスタリカ、メキシコ、ペルーの下落幅は大きい。
上記に評価基準の6項目を紹介したが、表3を見ると、ラテンアメリカ諸国の項目別の強み、弱みが把握できる。
この報告書をみると、評価基準6項目をベースとした対象国134か国の評価が詳細に解説されている。ラテンアメリカの主要国の大まかな評価を見てみよう。
「チリ」
世界34位のチリは、3年連続でGTCIランキングの上位4分の1を占めている。特に「INPUT」に関連する柱に強みがあり、「ATTRACT」と「RETAIN」の両項目で上位4分の1(34位)にランクインしている。[Attract]の柱では、チリは高いInternal Openness(25位)を示しており、これは良好な社会的包摂とジェンダー平等に関する問題の進展に由来している。一方、「RETAIN」の柱は、主にチリの年金加入率の高さが後押ししており、これは「持続可能性」のランキング(30位)にも好影響を与えている。チリの順位が最も低いのは、OUTPUT関連の2つの柱である「職業・技術スキル」(VT SKILLS、44位)と「グローバル知識スキル」(GLOBAL SKILLS,42位)である。技術者と準専門職の割合が増えれば、「中レベルのスキル」の順位は47位から上昇し、研究者、上級職員、管理職の割合が増えれば、「高レベルのスキル」の順位は52位から上昇する。
「ウルグアイ」
ウルグアイは今年のGTCIで過去最高順位(43位)を達成した。チリと同様、インプットに関連する4つの柱で好成績を収めており、なかでも「Enable」と「Grow」の柱ではトップクラスのパフォーマンス(GLOBALいずれも34位)を示している。ウルグアイの「ATTRACT」の柱は36位とやや低いが、マイノリティや移民に対する寛容さが「内的開放性」の高さを示しており、世界ランキングでは18位となった。ウルグアイの主な課題は、OUTPUT関連の柱にある: 職業・技術スキル(69位)とグローバル知識スキル(76位)である。人口に占める中等・高等教育の割合を高める努力が必要であり、そうすれば、中レベル・スキルのランキング(81位から)と高レベル・スキルのランキング(85位から)をそれぞれ押し上げることができるだろう。
「メキシコ」
メキシコは、この地域の2つの経済大国のうちの1つであり、世界ランキングは74位である。過去3年間はやや後退したものの、過去10年間で人材競争力は強化されてきた。同国は「成長(Grow)」の柱で比較的良好な成績を収めており、41位という順位は、3つのサブ柱すべてでかなり堅調な成績の上に成り立っている。特に、生涯学習に関しては、ビジネス修士プログラムの質の高さと従業員育成の機会のおかげで、上位4分の1(29位)に位置している。人材を惹きつける力は、メキシコで最も低いランク(98位)にとどまっており、外国人材に対する対外開放性を現在の104位からさらに向上させることが最大の課題となっている。
「ブラジル」
ブラジルは69位にランクされ、GTCIランキングの中央値に向けて近年進歩し続けていることを表している。ブラジルは2つの柱でランキングの上半分に入った: Grow(60位)とEnable(61位)である。成長(Grow)の柱におけるブラジルの順位は、特にバーチャル・ネットワークを通じたコラボレーションによって促進される「成長機会へのアクセス(Access to Growth Opportunities)」のサブピラーが比較的好調(47位)であったことが主な理由である。「ENABLE」の柱では、ブラジルの地位は、主にICTインフラによって促進される市場環境(Market Landscape)としてのパフォーマンス(31位)に支えられている。一方、ブラジルが最も弱い柱は「ATTRACT」で、88位である。ブラジルの「内部開放度」は、男女平等の進展もあり、最も良好な水準(49位)であるが、「外部開放度」は最も悪い水準(106位)にある。
表2 世界人材競争力指数2023年版におけるラテンアメリカ諸国のランキング
LAランク | 世界ランク | 国名 | 得点 | 1人当たりGDP |
1位(1) | 34位(34) | チリ | 55.48(52.56) | 62位 15,166 |
2位(3) | 43位(44) | ウルグアイ | 51.29(48.97) | 49位 20,022 |
3位(2) | 47位(42) | コスタリカ | 50.20(48.97) | 66位 13,075 |
4位 | 60位(53) | トリニダードT | 45.68(44.27) | 47位 21,253 |
5位 | 61位(59) | アルゼンチン | 45.60(43.45) | 65位 13,620 |
6位 | 66位(76) | ジャマイカ | 43.59(38.87) | 99位 6,198 |
7位 | 69位(73) | ブラジル | 42.67(39.43) | 81位 9,455 |
8位 | 72位(63) | コロンビア | 42.44(41.56) | 94位 6,658 |
9位 | 74位(69) | メキシコ | 42.17(39.93) | 73位 11,266 |
10位 | 82位(78) | ペルー | 39.96(38.29) | 88位 7,159 |
11位 | 85位(87) | エクアドル | 38.77(35.79) | 98位 6,369 |
12位 | 87位(64) | パナマ | 38.56(41.30) | 57位 17,410 |
13位 | 89位(89) | ドミニカ共和国 | 37.51(35.68) | 74位 10,711 |
14位 | 91位(85) | パラグアイ | 37.36(36.59) | 104位 5,598 |
15位 | 94位(93) | ボリビア | 34.11(33.40) | 126位 3,705 |
16位 | 96位(98) | エルサルバドル | 32,74(29.58) | 109位 5,127 |
17位 | 104位(108) | グアテマラ | 30.16(26.97) | 110位 5,098 |
18位 | 105位(110) | ホンジュラス | 29.71(26.59) | 137位 3,062 |
19位 | 115位(114) | ニカラグア | 28.05(26.28) | 144位 2,372 |
注:*( )は2022年の数字 *一人当たりのGDPはIMF World Economic Outolook Database から数字は2022年。ランクは世界の一人当たりのGDPランキング
表3 ラテンアメリカ諸国の項目別順位
国名 | ランク | ENABLE | ARRTACT | GROW | RETAIN | VT SKILLS | GR SKILLS |
チリ | 34 | 37 | 34 | 35 | 34 | 44 | 42 |
ウルグアイ | 43 | 34 | 36 | 34 | 36 | 69 | 76 |
コスタリカ | 47 | 40 | 28 | 38 | 52 | 68 | 74 |
アルゼンチン | 61 | 91 | 53 | 42 | 48 | 67 | 75 |
ブラジル | 69 | 61 | 88 | 60 | 68 | 74 | 69 |
コロンビア | 72 | 71 | 70 | 45 | 86 | 73 | 66 |
メキシコ | 74 | 81 | 98 | 41 | 65 | 79 | 72 |
ペルー | 82 | 83 | 68 | 48 | 88 | 85 | 86 |
エクアドル | 85 | 96 | 95 | 57 | 78 | 83 | 98 |
パナマ | 87 | 87 | 76 | 76 | 63 | 101 | 93 |
ドミニカ共 | 89 | 64 | 67 | 97 | 91 | 92 | 88 |
パラグアイ | 91 | 104 | 58 | 101 | 67 | 98 | 99 |
エルサルバドル | 96 | 109 | 118 | 82 | 97 | 82 | 104 |
スペイン | 29 | 26 | 26 | 18 | 23 | 39 | 33 |
日本 | 26 | 9 | 42 | 21 | 23 | 39 | 33 |
韓国 | 24 | 21 | 59 | 28 | 29 | 27 | 8 |
表4 上位国、中位国、下位国
上位国(45位以内) | 中位国(46位~90位) | 下位国(91~134位 |
チリ、ウルグアイ | コスタリカ、トリニダードT、アルゼンチン、ジャマイカ、ブラジル、コロンビア、メキシコ、ペルー、エクアドル、パナマ、ドミニカ共和国 | パラグアイ、ボリビア、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア |
2ヶ国 | 11ヶ国 | 6か国 |
表5 2022年比で、ランクが上昇した国、下落した国、変化なしの国のリスト
ランクが上昇した国 | 変化なし | ランクが下落した国 |
ジャマイカ(+10)、ホンジュラス(+5)、ブラジル(+4)、グアテマラ(+4)、エクアドル(+2)、エルサルバドル(+2)、ウルグアイ(+1) | チリ、ドミニカ共和国 | パナマ(-23)、コロンビア(-9)、トリニダードT(-7)、パラグアイ(-6)、コスタリカ(-5)、メキシコ(-5)、ペルー(-4)、アルゼンチン(-2)、ボリビア(-1)、ニカラグア(-1) |
7ヶ国 | 2ヶ国 | 10ヶ国 |