連載エッセイ307:渡邉尚人「マイアミ最新葉巻事情」 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ307:渡邉尚人「マイアミ最新葉巻事情」


連載エッセイ307

マイアミ最新葉巻事情

執筆者:渡邉尚人(元在バルセロナ総領事、マイアミ在住)

1.マイアミの葉巻

(1) 私がマイアミに移り住んだ理由の一つが、中南米生まれの世界的高級嗜好品である葉巻を心ゆくまで楽しみたいということでした。常夏の明るい太陽とあくまで青い海と空、白い砂浜、適度な湿度、緑の椰子の葉を揺らす酸素100%の心地よい海風、行き交う豪華客船やクルーザー、スーパーカー、世界的リゾート地としての洗練された街並み、人口の7割を占めるイスパニック系の明るく開放的な雰囲気、シガー関連企業や専門店の存在等葉巻を堪能するためのすべての条件が整っている地なのです。

(2) 禁煙大国の米国ですが、マイアミでは、昔からシガー喫煙が盛んでシガーショップ
やシガーバーが繁昌してきました。1990年代のシガーブーム以降、2008年のリーマン・ショックを迎えても、キューバ人亡命者が多く居住するリトル・ハバナ地区には多くのシガーショップやシガーバーがあり、有名なベルサイユ・ レストランの屋外のバースタンドでは、朝から晩まで亡命キューバ人達が葉巻片手に、キューバの行方について議論していました。2020年パンデミックでシガー産業が落ち込み、工場閉鎖で生産減等に見舞われましたが個人の自由時間が増えて逆にシガーは需要増となっています。米のプレミアム・シガー輸入は、269百万本(2006)、361百万本(2020)、464百万本(2022)と増加しています。

(3) 現在は、公園やビーチでの喫煙が法律で禁止されたこともあり、さすがに屋外での喫煙は減ったように思いますが、屋内で喫煙できるお洒落なシガーバーが数多く新装開店しており、トロピカルで明るい雰囲気の中、老若男女を問わず愛好家で賑わっています。

2.葉巻の傾向

(1) マイアミの葉巻は、以前と比べて種類が格段に増えていて、ロッキー・パテルやア
シュトン、ベガ・フィナ、E.Pカリリョ、ナブ・シガー、エル・マゴ等今では銘柄も覚えきれない程の多種多様な葉巻が市場に溢れています。

(2) これは、一つには世界的にキューバ産葉巻が品薄、高価格となっているため、よりリーズナブルな価格で高品質のキューバ以外のニカラグアやドミニカ共和国、ホンデユラス等のニューワールド・シガーが認知されるようになり、特に若者層の間で人気が出ていて、世界的に販路が急拡大していることがあります。なお、パドロンやダビドフ、アルトゥーロ・フエンテス、マカヌード、H アップマン、グロリア・クバーナ等の大御所は依然健在で、グルカやJCニューマン、プラセンシア等も引き続き人気です。

(3) 葉巻の平均価格は、2.93ドル(1992)、6.43ドル(2006)、10.77ドル(2020)、9.76ドル(2021)、12.04ドル(2022)と上昇し続けています。そして、フエンテス・フエンテス・オーパスX、パドロン・アニバーサリー・シリーズ、ダビドフ・オロ・ブランコ等高価なプレミアム・シガーが花盛りです。中にはダイヤモンド・リングと金箔の張られた一本2億円!(136万ドル)もするグルカ・ローヤル・コルテザン・シガーというウルトラ・プレミアム・シガーもあります。

(4)そして、葉巻のラッパー(外巻葉)は昔は明るい色が主流でしたが、今は暗色系が人気で、葉巻の太さもロブスト・タイプのそれもナブ・シガーの様な64分の60インチという極太葉巻が人気となっています。

3.葉巻の略史

(1) さて、この葉巻は長い歴史と伝統を有しています。紀元前5千年頃に、煙草の品種ニコチン・ルスティカがアンデス山脈の高地で発祥したといわれています。そして煙草の葉は中南米の先住民により太古の昔から栽培されてきました。

(2)中南米の先住民の間では、煙草の葉は一つには神官による宗教祭祀に使われ、煙草の煙でトランス状態となり非日常の世界、神々との交信をするのです。また、煙草を丸めて火に投げ入れ立ち上る煙で部族間の戦いの勝利を占うことにも使われました。
もう一つは、薬としての使用です。切り傷、腫物、頭痛、腹痛、虫刺され、座薬、ぜんそく、リューマチ治療にも使われました。更に嗜好品として葉を石灰と一緒にして噛んだり、椰子やトウモロコシ、葦の葉でくるんで葉巻の様にくゆらせていました。今でも葉巻の灰で歯磨きをする葉巻愛好家もいます。

(3)そして1492年のコロンブスの新大陸発見により葉巻は西欧社会に伝搬します。コロンブスの部下ルイス・デ・トーレスとロドリゴ・デ・へレスが最初に上陸したサン・サルバドル島で先住民の吸う葉巻を持ち帰るのです。

(4) ともすれば野蛮と考えられていた新大陸の産品が旧大陸に急速に根付いたのは、煙草が当初から医薬品として西洋の医学体系に位置付けられたからです。16世紀のセビリャの医師モナルデスは煙草を万能薬としてその効用を推奨する本を書き当時のベストセラーとなっています。

(5) そして葉巻は国王や貴族、兵士等社会の上層から普及しステイタス・シンボルとなり、格好の国庫収入となるため高関税や奢侈税がかけられ高級嗜好品となりました。日本でも関税16%、たばこ税1グラム12.244円、消費税、地方消費税がかかります。

(6)スペインでは、カルメンで有名な1717年創立のセビリャの王立葉巻工場で葉巻が製造されていましたが、1821年キューバでの葉巻生産販売が許可されてからはキューバ産葉巻がスペイン王室御用達の葉巻となり以来キューバが最高品質の葉巻の生産地となっています。

(写真:先住民葉巻)

4.米国の葉巻

(1) 太古の昔からフロリダ州には先住民が住んでいて、彼らは葉巻よりも主にパイプを祭祀や戦争、平和のパイプ、癒し等のために使用していました。スペイン人征服者ポンセ・デ・レオンがフロリダを発見し、1565年には北米最古の街セント・オーガステインが建設、1763年英国領となり、1783年には再びスペイン領、1821年米西戦争により米国に割譲、1845年に米国27番目の州となります。

(2) 1885年にはスペイン生まれでキューバに渡ったビセンテ・マルティネス・イボールがキーウェストにあった葉巻工場をイーボル・シティ(現在のタンパ)に移し葉巻生産を開始し、1900年には“世界の葉巻の首都”とよばれ隆盛を極めます。しかし大恐慌や機械式たばこに押されて葉巻産業は没落し、現在タンパにはJCニューマン等いくつかの葉巻会社が残るのみで、ニカラグア産の葉等で葉巻製造を続けています。

(3) 米国では、1962年のキューバ禁輸以来キューバ産の葉巻を吸うことができません。葉巻党であったケネディ大統領は、対キューバ禁輸直前にサリンジャー・ホワイトハウス報道官に1200本のキューバ産葉巻プティ・アップマンを取り寄せるよう命令し無事取り寄せられた後に対キューバ禁輸令に署名したのです。このためキューバ産葉巻を持ち込もうとすると税関で没収廃棄されてしまいます。

 歴代の米国大統領で葉巻好きは19人もいます。第2代ジョン・アダムズ、第4代マディソン、第6代アダムズ、第7代ジャクソン、第10代ジョン・タイラー、第12代テイラー、第17代ジョンソン、毎日葉巻を15本吸ったという第18代グラント、第21代アーサー、第23代ハリソン、第25代マッキンリー、第27代タフト、第29代ハーディング、第30代クーリッジ、第31代フーバー、第35代ケネディ、第36代ジョンソン、第42代クリントン、第43代ブッシュ大統領です。

世界で最も忙しい米国の大統領に要求される沈着冷静な判断、大胆さと落ち着き、寛容さ等は葉巻を喫煙する余裕のある者こそが持てるものとも言えます。
となっています。

(写真:ケネディー米国大統領)

5・葉巻の魅力

(1) 葉巻は実に不思議な魅力を持っています。母なる大地の恵みと集約された人間の労力、長年の経験と匠が結晶した葉巻を豊潤な個体として、また唾液と溶けあう液体として、そして芳醇なる気体として三相で唇と舌、口蓋と鼻孔に感じる時の物質的な満足感と精神的な喜び、くつろぎと解放感、深まる哲学的思索と広がる想像力、官能的とも言える魂と肉体の恍惚感・・・嗚呼、至福の時。

(2) 葉巻の形状、色、香り、弾力、重さ、滑らかな肌触りを愛でながら葉巻を選び、シガーカッターで吸い口を切り、長いマッチで先端をゆっくり回しながら火をつけ、空気の通りを確認しつつ、青みを帯びた白煙の芳醇な味と香りを堪能し、長めの白い灰をおもむろに灰皿に落し、吸い終わり葉巻を灰皿に寝かせるという一連の行為。そして吸う場所や時間、状況、吸う人のその時々の社会的ステイタス、地球、更には宇宙に置かれた個人のあらゆる状況がポジテイヴかつ喜びにあふれた特別な意味を持って関わりあってくるのが葉巻なのです。

(3) 葉巻を吸えば誰でも自由になり、詩人にでも蝶にでも花にでも王様にでも大富豪にでもなれるのです。葉巻の一服に興味深い物語を紡いだ多くの世界的詩人や作家がいるのです。葉巻とは、人生の特別な機会に栓を抜くとっておきのシャンパンや特級酒の如く、人生に楽しみと喜びを与えてくれる価値ある嗜好品なのです。

(4) そして葉巻は、世界の政治、経済、文化、芸術、音楽と密接に結びつきながら高級嗜好品として、また貴重な経済産品として世界中に流通し、各国経済を潤し、人生を満喫したいと望む人々に愛され続けてきました。ステイタス・シンボルとして、粋な紳士淑女のライフスタイルの一部として世界の各界一流人達に愛され幾多のエピソードを生んできました。

英国首相チャーチルの葉巻を吸う姿は大戦下の英国民と世界に危機の時にうろたえないタフで不屈のリーダーとしてのイメージと安心感を与えました。また吉田茂はGHQ司令官として来日したマッカーサーと初めて対面した際に、横柄な態度でマニラ産葉巻を勧めるマッカーサーに対し「自分はハバナ産しか吸わない」と毅然として断り、気骨あるところを示しマッカーサーの信頼と尊敬を得たと言われています。一国の宰相としての威風堂々ぶりを葉巻が演出したエピソードとして有名です。

(5)世界の一流人が楽しむので「自分はとてもとても・・・」と気後れや先入観を持つ必要は全くありません。葉巻は、社会的経済的地位や職業、年齢、性別とは関係なく誰もが自由にコミュニケーションできる社交の場を提供してくれるのです。外交の現場の経験からも葉巻のお陰で打ち解けて要人と長時間情報交換できる等大変有用な外交ツールでありました。

6.葉巻とSDGs

(1) 日本は、SDGsアクション・プランに基づき、豊かで活力のある「誰一人取り残さない」社会を実現するため、人間の安全保障の理念に基づく世界の国造り人づくりに貢献しつつ世界のSDGs目標達成に努力しています。

(2)葉巻については、確かにSDGsゴール3、ターゲット3.Aで「すべての国々において、たばこの規制に関する世界保健機関枠組み条約の実施を適宜強化する」とありますが、葉巻は、人間の幸福と活力、豊かな社会の実現にも大いに資するものです。また、葉巻は、万一誤って路上に捨てられてもやがて雨に溶かされ風に吹かれて土に還る自然に優しいものです。

(3)更に葉巻は労働集約産業であり労働者の雇用創出、現金収入増につながり、安定した税収源として大いに国庫を潤し、SDGsゴール8(経済成長と雇用)にもかない、豊かな国と社会をつくるものです。

7.パドロン本店訪問

(1) 米国ナンバーワン葉巻パドロンの本店を訪ねました。リトル・ハバナ一番街にある堂々とした店構えで、パドロン創業者のホセ・パドロン氏と息子のホルヘ・パドロン氏や一族の創業からこれまでの歩みの写真、ニカラグアのエステリ市にある工場の写真等が飾られ、パドロンの全製品と喫煙コーナーがあります。またキューバから米国に亡命したホセ・パドロン氏が、友人からもらったハンマーで大工仕事をしながら資金を蓄え、1964年に葉巻ビジネスを立ち上げ成功するというアメリカン・ドリームの象徴であるハンマーが大事に飾られています。

(2)現社長のホルヘ氏はニカラグア出張中ということで、シーザー・ガディア国際営業部長に話を伺いました。
(ア)当方より米国のナンバー・ワン葉巻パドロンは今や大変高額となっている旨述べたところ、徹底した品質管理で最高品質の葉巻を製造しており、ロールスロイスが高いのと同じとのことでした。
(イ)そしてパドロンの葉巻生産は引き続き拡大しており、米国、欧州、中国等世界75ケ国に流通し、日本にも流通していること。何度か訪れた日本は、その文化、特に日本庭園に憧憬を抱いていること、そして京都では世界一と思われる和風のシガーバーが印象的であったとのことです。
(ウ)また、世界中の観光客が集まるコスモポリタンな都市マイアミは、シガーの嗜好や年齢層も多種多様であること、パドロン・シガーではアニバーサリー・シリーズが人気で、特に創業者生誕75周年の“パドロン1926”のNo.1、No.9、No.2、No.6タイプが10年寝かせた熟成葉を使用しておりお勧めであること、更に四角い箱型の“パドロン1964”アニバーサリー・シリーズ・プレシデンテは初の四角いシガー・チューブ入りでユニークである等述べておられました。
(エ)更にキューバ禁輸は将来解除されるのか、するとどうなるのか質したところ、百万ドルの質問で誰も分からない。しかし全ては変わってゆくものであり、市場開放は良いことなので適宜対応してゆくこととなろうとのことでした。
(オ)最後に、トルペド(魚雷)型の葉巻の吸い方のとっておきのコツを教えてもらいました。トルペド型葉巻は吸い口がすぼまっており、葉巻の煙が集中し、初めての人には吸うのが難しい葉巻ですが、シガーカッターで吸い口を斜めにカットすると美味しく吸えるとのことでした。

8.末語

(1) 葉巻があれば人生はより楽しいものとなります。葉巻が初めての方は、かっこよさそうだから、面白そうだからという好奇心から、或いは個性や自己主張のシンボルとして、更には美味しいからという単純な理由から、そしてリラックスして人生の幸福を得たいという時に気後れすることなく気楽に吸ってみてください。一度良き葉巻を味わえば葉巻について作られたうわべだけのネガティヴなイメージや偏見・誤解は瞬く間に凌駕され、深い満足と悦び、くつろぎが得られることが分かります。そして吸っているうちに人生のあらゆる偉大さが身について来るのです。葉巻には人生の秘密がいっぱい詰まっているのですから。

(2)ただし決して偉くなってから吸おうなどとは考えない方が良いでしょう。けだし人間は、偉くなったと思いたい頃には楽しんで吸うための人生の十分な時間はもはや残っていないからです。

このエッセイを通じて葉巻をこよなく愛する仲間がまた一人でも増えてくれることを切に願っています。(了)