3000kmもの長い国境線を挟んで隣り合い、世界最大の消費国ゆえに「かくも神から遠く、米国に近い」メキシコからの各種物品の密輸は昔から盛んだったが、中でもヘロイン、マリワナ、コカイン等麻薬、2020年代からは中国製原料を合成した強力なフェンタニルが様々な手段で米国に送られ、それらを組織的に密輸するマフィアが資金力、武力、構成員数にものを言わせ、取り締まり当局と互いの勢力圏との攻防が激化し、その巻き添え、組織の強制リクルートの拉致、犯罪に目をつぶることの強要、逆らう者の残忍な殺害が一般市民を恐怖に陥れている。さらに2006年にカルデロン大統領は「対麻薬密輸戦争」を宣言し、軍・連邦警察を大量に投入し多くの犯罪組織のリーダーを逮捕、殺害したが、それはボスを失った組織が細分化し組織間抗争を激化させただけに終わり、犯罪を生み出す根源の貧困や不平等を解消しようというロペス・オブラドール現政権の政策転換も、理念が間違っていないものの効果はほとんど出ていない。
本書はメキシコに留学し、先住民のジェンダーと社会変化等を考察してきた著者が、麻薬(narco)密輸戦争の最前線のシナロア、ベラクルス、シウダー・フアレス、ミチュアカン、コアウィラ、ゲレロ、チワワ州と首都メキシコシティを訪れて、麻薬密輸組織と政府・軍・警察との絡み合い、子女が拉致されて当てにできない警察とは別に脅迫に耐えながら個人・グループで捜索する母親たちや、遺体すら跡形もなく消してしまう残虐な仕打ちの痕跡を探す遺体発掘作業にも同行するなど、多くの当事者・関係者と交流したルポルタージュ。メキシコでのビジネスのため自社員を派遣する企業の安全担当者や駐在員・出張者は、かかるリスクの存在を認識する必要があることを思い知らされる一冊である。
〔桜井 敏浩〕
(風詠社発行・星雲社発売 2023年10月 264頁 1,800円+税 ISBN978-4-434-32765-0 )
〔『ラテンアメリカ時報』2023/24年冬号(No.1445)より〕