『移民船から世界をみる -航路体験をめぐる日本近代史』 根川 幸男 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

『移民船から世界をみる -航路体験をめぐる日本近代史』 根川 幸男


 日本人の南米移民史については多くの著作が刊行されているが、その移民船そのものについての研究書はなかった。明治元年にハワイへ行った「元年者」と呼ばれる近代日本最初期の移民の航海、台湾への人流があり、明治末期1910年代前半にブラジルへの移民を乗せた厳島丸の航海実態、ブラジルのサントス港への日本郵船の南米東岸航路、新鋭船を投入して輸送人員数を飛躍的に拡大していった大阪商船、戦前最後の移民船ぶゑのすあいれす丸が米国の突然の外国籍船パナマ運河通過禁止で南米西岸を南下し、真冬の7月に最南端のマゼラン海峡を回って引き揚げることを余儀なくされた航海、戦後1951年頃から呼び寄せ移民が始まるとオランダ船が日本と南米航路に参入、1952年に国策として南米移民が再開されると大阪商船(現在の商船三井)は貨客船さんとす丸はじめ次々に新造船を投入し、同社が南米移民輸送を担っていくことになった歴史とそれぞれの航海の実態を紹介している。1973年に285人の移民を乗せてサントスに入港したにっぽん丸を最後に約1世紀続いた日本人の海上移動の長い歴史は終わった。
 従来の歴史研究ではほとんど取り上げられてこなかった移民の送り出し・受け入れ側関係機関の公式記録に加えて、船会社の資料、移民・渡航者が残した記録、報道や写真、絵画、絵葉書等一次資料を広く参照して纏めた学術論文であるが、その時代背景や移民事情から解析しており、近代の日本人のグローバル移動の一断面としての移民船から見た、読者にとっても分かりやすい移民を軸とした海事史である。

 〔桜井 敏浩〕

(法政大学出版局 2023年8月 298頁 3,800円+税 ISBN978-4-588-60369-3 )
〔『ラテンアメリカ時報』2023/24年冬号(No.1445)より〕