【季刊誌サンプル】ハイチ危機を真の名で呼ぶならば - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

【季刊誌サンプル】ハイチ危機を真の名で呼ぶならば


【季刊誌サンプル】ハイチ危機を真の名で呼ぶならば

狐崎 知己(専修大学 教授)

本記事は、『ラテンアメリカ時報』2024年春号(No.1446)に掲載されている、特集記事のサンプルとなります。全容は当協会の会員となって頂くか、ご興味のある季刊誌を別途ご購入(1,250円+送料)頂くことで、ご高覧頂けます。

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ハイチ危機を真の名で呼ぶならば 狐崎 知己(専修大学教授)

1987年に民主化がスタートしたと思われたが、実態は「民主主義の死に方」だった。実際に大統領まで殺されてしまった (Amy Wilentz)

ハイチ危機
ブリンケン米国務長官は2024年2月22日、ブラジルで開催されたG20外相・財務相会議に参加後、記者会見において「ハイチは失敗国家(Failed State)の瀬戸際にある」と警鐘を鳴らし、ケニア警察1000人を主力とする多国籍治安支援ミッション(MSS)への協力を求めた。米国にとってハイチはウクライナ及びガザ紛争と並ぶ最重要イシューであることを強調し、多くのハイチ移民を抱えるブラジルほかラテンアメリカ(中南米)諸国に対して関与を特別に訴えた。ブラジルは中南米11か国の軍人を中心に編成された国連ハイチ安定化ミッション(MINUSTAH: 2004–2017年)を率いた経緯がある。

ブリンケン長官のいう「失敗国家」とはハイチ国家の基本的機能のほぼ停止状態と劣悪な治安状況を示していると思われる。2021年7月、モイーズ大統領が大統領官邸の寝室でコロンビア人傭兵部隊によって惨殺された。元コロンビア軍人たちを勧誘・訓練したのは麻薬取締局(DEA)や連邦捜査局(FBI)のインフォーマントである在米ハイチ人ディアスポラらでマイアミ連邦裁判所において終身刑を宣告されたが、首謀者や動機など真相は不明のままである。

以後、モイーズ大統領の後任や首相、議員ら国家機能の中枢を担う人物が誰ひとり選挙で選ばれておらず、上下院ともに空席、司法も機能不全である。現行のアンリ首相については、就任当初から正統性を欠いているとして即時辞任を求める声が強く、政治的混乱が常態化している。

治安状況はハイチ国内外の専門家が一様に指摘するように、前例のないほど悪化している。首都ポルトープランスの6割ないし8割の地区がギャング集団に統制され、地方にもその影響力が浸透しつつあるという。首都では殺人や誘拐、性暴力が横行し、移民は2010年から10年間で倍増、国内避難民は30万人に達する。公共施設や空港・港湾への襲撃、病院や学校の閉鎖によって市民の日常生活や経済活動が著しく制約されている。

問題の所在
今年3月に入り、二つの新たな動きが出ている。

一つは、昨年10月の国連安保理の決議以降停滞していたMSSについて、ケニアとハイチの間で治安協力協定が締結され、ケニア部隊派遣の目処が立ったことである。複数のアフリカやカリブ諸国も人的協力の意向を示している。もう一つは、アンリ首相が2025年8月末までの総選挙実施を公約したことである。これはカリブ共同体(カリコム)首脳会議で4日間にわたってアンリ首相への説得が続けられた成果の由である。

グティエレス国連事務総長はこの動きを歓迎する一方、MSS予算の不足に加えて、「根本的原因」の解決には毎年1000億円規模のハイチ国連活動への支援が必要だが、実際の拠出額は3割程度であるとして、国際社会に対して増額を繰り返し訴えている。

これらの新たな展開で果たしてハイチ危機は解決へ向かうのだろうか。これまでにもハイチへの大規模な治安支援ミッションや選挙実施への支援が行われ、2010年の震災後に累計で1000億ドルもの援助が投入されているにもかかわらず、その結果がブリンケン長官のいう「失敗国家の瀬戸際」なのである。ハイチ危機とは支援の不足ではなく、支援の目的と手法の誤りの結果、もしくは欧米諸国や国際機関からなる「国際社会」によるイシュー設定と選択がもたらした合理的な帰結としての、国家の基本的機能の崩壊を意味するのではないだろうか。ハイチ危機の根源について基本的な問いを立て直すことが必要だろう。

(1)選挙と民主主義
1804年の独立後、1990年になって初めて自由かつ公正な選挙が実施された。投票率50%のもとで67%