『インカ百科事典』 ゲイリー・アートン、アドリアナ・フォン・ハーゲン編 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

『インカ百科事典』  ゲイリー・アートン、アドリアナ・フォン・ハーゲン編 


 1450年頃からスペインの征服者ピサロにより滅亡させられた1532年までの間、南米西岸に多様な民族を征服し広大な版図を拡げたインカ帝国は、その創造神話、インカの祖先たちが各地の旅の末に現在のクスコに首都となる街を築き、概ね11人(9代パチャクティから歴史が認識されている)の王が連綿と統治する王朝が創られたのだが、広大な領土を武力(それは後に侵略したスペイン人の物に比べると不十分だったが)と文字を持たないながら効率のよい行政システムにより統治し、被支配者との相互補完の制度と共通の神々、祖先崇拝等の慣行によって成立した集団的アイデンティティの形成を権力基盤としたのである。
 本書は大帝国インカの社会、文化、歴史の輪郭を制度、人名も含め、テーマ別(歴史上の人物、編年、土地・人々・言語、経済と生計、首都クスコとその組織・構成、役人と国家・帝国の制度、宗教・儀礼・儀式、社会領域・親族・ジェンダー・階層、芸術・工芸・技術・科学、戦争・拡大・地方との関係、スペインの侵略と征服)に11項、128の項目を35人の研究者が執筆しており、目次とは別に巻末に総合索引、欧和文見出し索引が付いていて、インカ帝国の全貌と興味ある事項の知識を得易い工夫がなされている。
原著の編者は米国ハーバード大学教授・人類学部長とペルー考古学ライター、監訳者はアンデス考古学を専門とする東海大学教授、2名の訳者はいずれもインカ考古学調査経験もある文化人類学研究者。本書で描かれているインカ社会は主にスペイン征服者側の遺したクロニカ・歴史文書が基盤になっており、今後の研究によってクロニカの問題点が解き明かされた場合には、本書のインカ像は変わる可能性があると監訳者は喚起している。

〔桜井 敏浩〕

(大平秀一監訳、岡本年正・森下壽典訳 柊風舎 2024年2月 437頁 15,000円+税 ISBN978-4-8649-8106-4 )
〔『ラテンアメリカ時報』2024年春号(No.1446)より〕