連載エッセイ354:深沢正雪「マンガは『悪魔の書』か?=J-popアニメ禁止の教会も」 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ354:深沢正雪「マンガは『悪魔の書』か?=J-popアニメ禁止の教会も」


連載エッセイ354

マンガは「悪魔の書」か?!=Jpopアニメ禁止の教会も

執筆者:深沢正雪(ブラジル日報編集長)

この原稿はブラジル日報の4月16日の「記者コラム」を同紙の許可を得て転載させていただいたものです。

マンガやアニメを禁止する教会も


サンパウロ・カトリック大学(PUC―SP)のイヴェリゼ・フォルチン教授

「マンガやアニメには悪魔や妖怪、鬼がたくさん出てきて、多くが『demônio』(悪魔)と訳されており、翻訳に問題がある。仏教や神道においては問題ないかもしれないが、キリスト教ではdemônioは全て悪だ。そのため厳しい戒律を持つキリスト教会では『マンガを読んだり、ビデオゲームをすることは罪(pecado)』『アニメ禁止』『マンガは悪魔の書』として禁止され始めている」とサンパウロ・カトリック大学(PUC―SP)のイヴェリゼ・フォルチン教授(48歳)から聞き、実に根が深い問題だと感じ、聞きながら冷や汗が出た。彼女は3月24日のブラジル漫画家協会講演会の参加者の一人だった。
おもえば「鬼」「悪魔」「妖怪」「幽霊」「もののけ」など日本文化においては、人間に病気や災害など何か悪いことをもたらす魂的な存在を様々な言葉で表現する。マンガやアニメの主人公は特殊な能力を持っていることが多く、超常的存在からその力を与えられることがよくある。
日本文化において悪魔的なキャラは相対的で、ストーリー展開と共に善玉に変わることがよくある。だがキリスト教の悪魔は善に変わらないという根本的な違いがあるようだ。にも関わらず、マンガやアニメの翻訳において、ポ語で表現しずらい悪魔的なキャラが単純に「demônio」に置き換えられる傾向がある。マンガやアニメから日本語を勉強し始める生徒が多い現状において、しっかりと教えておいたほうが良い比較文化論だろう。


日本でもかつて悪書追放運動が起こされた。JR福岡県二日市駅前の悪書追放箱(2013年、そらみみ, via Wikimedia Commons)

さらにフォルチン教授は、「マンガやアニメの中には不必要にセクシーなファッションをするキャラがいて、暴力的なシーンがある。あれも、宗教的には悪書と解釈される傾向を助長する」と指摘する。この傾向はJpopだけでなく、Kpopなどにも共通しており、アジア全体の精神文化と西洋文化との差がベースにあるようだ。
彼女は「このようなマンガを危険視する解釈はブラジルの教団だけでなく、米国、欧州にもある」と述べ、現在このテーマに関する論文をまとめた著書を出版する準備しているという。
かつて日本国内ですら、マンガに悪書追放運動が起きた。ブラジルでもそのような運動に発展すれば日本文化への評価を大きく下げる可能性がある。東西の文化の違いについて、今後さらに丁寧に説明していく必要がありそうだ。

豊富すぎる日本語の悪魔や妖怪関係の語彙

マンガの登場人物に近い存在として日本語版ウィキペディア(以下Wiki)「伝説の生物一覧」項(1)にはドラゴン、幻獣、「ギリシャ神話に登場する動物、複数の動物が合成(投影)されているもの」、魔物や魔獣、半人半蛇、馬の魔物、獣人や亜人、巨人(ジャイアント)、アンデッド(吸血鬼など)、神族、妖精や精霊、怪物、聖獣、ティアマト(メソポタミア神話)が生み出した怪物、「魔神、悪霊や精霊」、獣頭人身の神、天使(エンジェル)、女神、「悪魔(デビル、デーモン)」、人型妖怪・精霊、鬼、巨人型妖怪や神、動物型妖怪・精霊、植物型妖怪・精霊など詳しく分類され多彩な内容が説明されている。
これが英語版Wikiになると、わずか2行の本文とABC順のリストのリンク、地域別のリンクのみ。残念ながらポ語頁は存在すらしない。ぜひポ語の堪能な人にはこの項目に関して解説を含めて詳しく書いてもらいたい。日本語はこの手の語彙が豊富すぎ、キリスト教世界には翻訳する際に適当な言葉がないという問題があるようだ。
たとえばマンガによく出てくる「妖怪」は、日本語版Wikiで《日本で伝承される民間信仰において、人間の理解を超える奇怪で異常な現象、あるいは、それらの現象を起こす不可思議な力を持ち科学で説明できない存在》と書かれている。
だがそれを翻訳する場合、ぴったりしたポ語はなく、ポ語版Wikiではいきなり《Yōkai (妖怪 lit. demônio, espírito, ou monstro?)》と「demônio」が出てくる。
英語のspirit や elementalは、日本語でよく「精霊」と訳される。これはアニミズム(英語: animism、生物・無機物を問わないすべてのものの中に霊魂、もしくは霊が宿っているという考え方)に基づいた言葉であり、日本の「八百万の神」に近い部分があると思うので、翻訳の際にも応用してほしい言葉だ。

『鬼滅の刃』『呪術廻戦』『幽☆遊☆>白書』

例えば、次の作品はいずれもアニメ化されてネットフリックスでも見られるなど、ブラジルでも大人気の作品ばかりだ。
『鬼滅の刃』は英語で『Demon Slayer』ポ語でも『Matador de Demônios』(悪魔殺しの意)はポ語Wikiで《主人公が町に石炭を売りに行った間に家族を鬼に皆殺しにされ、妹の禰豆子だけが生き残ったが鬼に変貌してしまう。主人公は妹を人間に戻す方法を探し、鬼殺隊として戦う》と説明されている。「鬼」は「demônio」と訳されている。
鬼に変えられた妹を人間に戻すために、主人公は戦う。それをキリスト教的に読めば「demônioに変えられた妹」はあくまでdemônioであり、そんな妹に心を寄せる主人公に共感することは、読者がdemônio化することに他ならないとも読める。
『呪術廻戦』はポ語ウィキペディアの訳が『Batalha de Feitiçaria』(魔術師の戦いの意)で、主人公は、《学校のオカルトクラブに入部した15歳のアスリートである主人公は、腐った指に似た呪われた呪文が入った箱を見つけて開けた後、その学校は幽霊のような生き物に襲われる。仲間を守るために腐った指を食べた彼は両面宿儺という呪いに取り憑かれてしまう。彼は呪術教師の五条悟の指導の下、東京高等呪術専門学校に入学する》と説明されている。
中世にはカトリック教会による「魔女狩り」があった通り、宗教的にはオカルトや悪魔祓いは今もタブーな分野だろう。事実2014年5月、聖州グアルジャー市で主婦ファビアン・マリア・デ・ヘススさん(33歳)が、フェイスブックアカウント「Guarujá Alerta」で警鐘が鳴らされていた「子供を誘拐している魔女がいる」との噂の人物と勘違いされ、近隣住民にリンチ殺人された事件が起きた。ほんの10年前だ(3)


集英社から出版された『幽☆遊☆白書』第1巻の表紙

『幽☆遊☆白書』は『Yu Yu Hakusho』ポ語ウィキペディア(4)では、《車にはねられ死亡した主人公は、冥界の支配者の息子から与えられた試練を経て人間界で起こるさまざまな悪魔や幽霊の事件を捜査する「異能探偵」の称号を与えられる。作者の富樫は、オカルトシリーズやホラー映画への興味と仏教神話の影響を受けて開始した》と説明されている。
そもそも主人公が交通事故で死ぬところから物語は始まり、「魔界」とか「霊界」がひんぱんに舞台になり、敵味方に妖怪がたくさん登場する。その上、主要脇役の閻魔大王の息子コエンマはポ語で「o filho do governante do submundo(死者の世界の執政者の息子)」とされる。キリスト教的に解釈するとかなり邪悪な存在かもしれない。

丁寧に説明する必要がある鬼や悪魔

2020年10月6日付毎日小学生新聞にある「妖怪と神と鬼の違いはなんですか」(5)という質問に対して、妖怪研究を長年してきた小松和彦さん(国際日本文化研究センター元所長)は、昔の人たちが「あらゆるものに魂が宿っている」と考えており、魂は生まれたり死んだりするもので、魂が物質から抜けると人間が死んだり植物が枯れたりすると説明する。
いわく「この魂が神になったり、妖怪や鬼になったりするのです》《どんな魂も、鬼にも神にもなる可能性を持っています。神が大事にされなくなり、怒って人間に災いを及ぼすと、妖怪になります。妖怪がまつられると、神になります。昔の人は魂の状態は人間との関係によって変化すると考えたのです》と解説している。
あらゆるものは神が宿るアニミズムが日本文化の基本にあり、それがマンガやアニメにも反映されている。キリスト教は一神教で、この部分が根本的に異なる。
とくに「鬼」という言葉の翻訳は難しい。日本文化において鬼は必ずしも悪役ではない。昔話に出てくる赤鬼、青鬼のように愛される存在も多いが、ポ語Wikiでは《Oni (鬼?) são criaturas da mitologia japonesa. O termo Oni é equivalente ao termo “demônio” ou “ogro”, porque tais podem descrever uma variedade grande das entidades(鬼は日本神話に登場する生き物である。鬼は「demônio」や「ogro」(ヨーロッパの民話に登場する神話上の生き物)と同じ意味で、様々な存在を表すことができるからだ)》と書かれている。

つまり、単純に「demônio」(悪魔)にされている。ポ語Wiki「diabo(悪魔)」項(6)にはこう説明されている。
中世のヨーロッパにおいて《崩壊したローマ帝国の境界内に住んでいた様々な民族に対する新たな権力と支配の手段としてキリスト教が機能できるようにするには、極めて多様で紛争の多い世界に対して共通の文化基盤を提供する必要があり、異教の信仰を悪魔化する必要があった》とある。
日本語「悪霊」項(7)で見てみると、キリスト教福音派においては《ノンクリスチャンがすべて悪魔の支配下にあり、宣教の働きは彼らを悪魔の支配下から神の支配下に移すことであると定義する。特に保守的福音派では悪霊の働きへの警戒と個々人の罪の自覚化が重視され、悪霊払い(exorcism)と罪の告白(confession)が霊体験の癒しの上で重視される》と書かれている。
つまり「悪魔」は神に敵対する絶対悪的な存在として認識されている。

『鬼滅の刃』公式サイト

福音派信徒から見たマンガやアニメ

ブラジル人の宗教関係者のサイトを検索して回ると、興味深い意見を見つけた。CULTURA & TEOLOGIA(文化と神学)サイトの「討論: 漫画で聖書を語る」(8)には、こんな意見が書き込まれていた。
《日本の漫画やアニメは面白いが、恐ろしいメッセージを伝えている。それは主に、日本の作家が自国の文化の要素を西洋風にアレンジして使う「混血」、あるいは「シンクレティズム」の結果である。暴力や殴打そのものに加え、霊や悪魔なども強調されている。日本はキリスト教の国ではないので、天使や悪魔の象徴を私たちよりも「リベラル」に使っている。そこに危険性がある》との指摘は実に考えさせられる。
《改心していなかった頃は、漫画がすごく好きでした。当時は『聖闘士星矢』を全話見た。もちろん、(イエスの)みことばを知っている今日では、まったく啓発されないし、神話、神話主義、ニューエイジのサラダが埋め込まれているから、危険を冒してまで見ることはない》との元オタクの声も。
科学雑誌シエンシア・オージ《ポップカルチャーにおける悪魔とは何か?》(9)でジュイス・デ・フォラ連邦大学宗教科学部の教授で神学者のヴォルニー・ベルケンブロック氏は《今日、悪魔はポップであり、映画、シリーズ、本、漫画など、さまざまな場所に登場している》と締めくくりに書いている。

福音派出版社が出したマンガ版聖書

マンガ版聖書で若者普及も始める

かと思えば、福音派出版社Vida Novaからは若者向けの漫画版聖書『Mangá As Aventuras Da Bíblia Contadas De Uma Forma Inovadora』も発売されている。全1600頁で聖書に忠実に物語化されている。6冊が一箱に入れられ、定価345・90レアルのところ、196・64レアルで特価販売中だ(10)
この書評として《10歳の息子のために、Vida Novaから出版されているマンガを購入しました。彼がこのようなことに興味を持ったのは初めてでした。そして幸いなのは、彼がそれを読んでいるという事実です。彼はそれを学校に持って行き、先生やクラスメートにも見せましたが、彼らも興味を持っていました。言語は明瞭です。『ポケモン』『ドラゴンボール』『聖闘士星矢』を視聴するのに多くの時間を費やした人たちにとって、私はこの取り組みを祝福しなければなりません。非建設的な番組や本、雑誌にさらされている子供たちや若者たちは、イエスの生涯を彼らが共感できる言語で伝えるこのマンガのようなものを必要としていました》
つまり、一般的なマンガに書かれている内容は《非建設的》だが、子供に聖書を読ませる表現手段としてのマンガは優秀であると認めている。
この「福音派」はキリスト教プロテスタントの一派で、頑なさが強く、政治的に米国ならトランプ元大統領、ブラジルならボルソナロ元大統領を支持する岩盤票として知られている層だ。その人たちがアニメやマンガを敵視し始めたら、いずれ政治的な問題化する可能性があり、別次元の争いになるかもしれない。(深)

(1)https://ja.wikipedia.org/wiki/伝説の生物一覧

(2)https://www.dicio.com.br/feiticaria/

(3)https://gauchazh.clicrbs.com.br/geral/noticia/2014/05/Mulher-linchada-no-litoral-de-SP-foi-confundida-com-bruxa-4494236.html

(4)https://pt.wikipedia.org/wiki/Yu_Yu_Hakusho

(5)https://mainichi.jp/maisho/articles/20201006/kei/00s/00s/012000c

(6)https://pt.wikipedia.org/wiki/Diabo

(7)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%82%AA%E9%9C%8A

(8)https://comoviveremos.com/2008/09/30/debate-biblia-em-manga/