連載エッセイ355:広瀬明久「メキシコビジネスにおける曖昧性 排除すべきか」 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ355:広瀬明久「メキシコビジネスにおける曖昧性 排除すべきか」


連載エッセイ355

メキシコビジネスにおける曖昧性 排除すべきか

執筆者:広瀬明久((Sociedad Intercultural S.C.創立者、社長)

メキシコでお仕事をされている皆さん、はっきりと事実を知りたいのに、真相がわからないまま、曖昧になってしまったなんていう経験はありませんか。

この国では白とも黒ともつかないグレーでなんともしっくりこないという状況は、珍しくありません。

今回はなぜそのようなことが起こるのかを、歴史的、文化的背景から探り、その対策を考えてみたいと思います。

ビジネスの世界では、責任の所在が問われる場合、事実関係を明らかにし、事象の原因を突き止めようとするのは、至極当然なことです。

日常生活においては曖昧性を残すことは、人間関係に柔軟性をもたらし、円滑にするという場合もあります。しかし、ビジネス環境では誤解や予期せぬ問題を引き起こす原因になりかねません。

メキシコでのビジネスにおいては、どうでしょうか。結論から言うと、物事の白黒をはっきりつけるやり方が常に最良とは限りません。当地では日常生活のみならずビジネスにも、曖昧性を受け入れる傾向があります。

ここにはメキシコの歴史的、文化的背景があります。

メキシコ人は物事をはっきり言うようで、意外に直接的な言い方を避ける傾向があります。正面切った対立を避けます。これは、メキシコが、コミュニケーションが暗黙の了解や非言語的な手がかりに依存するハイコンテクスト文化の特徴を持っていることの他に、植民地時代の影響によるものと思われます。

征服された側の人たちは、自分の意見を抑え、対立を避けることで身を守ることを学んできたようです。権力に直接挑むことは危険が伴ったため、より巧妙で間接的なコミュニケーションが発達したと考えられます。

そもそも、メキシコのハイコンテクスト文化は植民地時代の産物と言えるかもしれません。

また、このような背景からメキシコでは、ルールや原則よりも人間関係を重視する傾向があります。論理的な矛盾があったとしても人間関係の方が大事なのです。

メキシコ人のノーベル文学賞受賞作家のオクタビオ・パスはその著書「孤独の迷路」(原題El Laberinto de la Soledad)の中で次のように述べています
「… 嘆かわしいことのいま一つは、原則よりもむしろ人物に重きを置くことである。我が国の政治家は、しばしば公私を混同して平気である。」

さらにその前段では以下が記されています。
「メキシコ人にとって人生はやるかやられるかの二つの可能性しかない。つまり屈辱を与え、こらしめて、攻め立てるか、その逆の立場に立つのいずれかである… 強者たちは欲得ずくの、熱烈な部下に囲まれる。権力者に対するこうした奴隷根性、特に公務を職業とする、いわゆる政治家たちの間におけるそうした態度は、このような状況から生じた嘆かわしい結果の一つである。」

これはメキシコ人、メキシコ文化に対する痛烈な批判でありますが、メキシコ人を理解する上で重要な事実です。

ここには人物重視の他に、社会階層と権力、公私の混同、柔軟性といったメキシコとその文化のかなり核心的な部分が描かれています。

もちろん、メキシコにはこのようなネガティブな部分だけでなく、それを打ち消してお釣りが返ってくるほどのポジティブな部分もあります。しかし、このような背景があることを知ることは、なぜグレーな部分が残るかを理解するのに役立ちます。

ビジネスの現場でのメキシコ人との交渉、やり取りには、基本的に事実関係ははっきりさせなければならないとしても、相手が切羽詰まった時は、ある程度の曖昧さを残し、相手に逃げ場を提供することで、より良い関係を築き、長期的な協力関係に結びつけるという、戦略も立てられます。

正論だけでねじ伏せてしまうと、後で強烈なしっぺ返しがくるかもしれません。これは、対メキシコ人に限らず、全世界共通の道理ではないでしょうか。

「人を動かす」の著者デール・カーネギーの言葉を借りれば、「およそ人を扱う場合には、相手を論理の動物だと思ってはならない。相手は感情の動物であり、しかも偏見に満ち、自尊心と虚栄心によって行動する」

メキシコのビジネスの現場では、建前では事実を追求する姿勢を示しつつも、完全に理で割り切ってしまわず、どこかで曖昧さを残しておくとうまくいく場合があることを、頭の隅に置いておくといいでしょう。そして100%自分に理があると思っても、何かを伝えたい時には直接的でなく、遠回しに伝えることです。良識のある人間なら、自分に非があればどこかで気がつくはずです。

以上、メキシコビジネスにおける曖昧性についてみてきました。もちろん、場合によってはものごとをはっきりと伝えななければならないこともあります。本稿が皆様がメキシコ人ビジネスパートナーとうまく付き合っていく上で参考になりましたら幸いです。  以  上