連載エッセイ379:広瀬明久「一時帰国時で感じたこと」 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ379:広瀬明久「一時帰国時で感じたこと」


連載エッセイ379

「一時帰国時で感じたこと」

執筆者:広瀬明久(Sociedad Intercultural S.C.創立者、社長)< 6月15日(土)〜28日(金)にかけて日本に一時帰国しました。今回はメキシコ在住の私が日本で感じたことを綴ってみたいと思います この時期、東京は7月7日の都知事選に向けた選挙活動が盛り上がりを見せ、街の至る所に選挙掲示板が設置されていました。掲示板には「一夫多妻制を導入します」や「お金を返してください」など、思わず笑ってしまうようなアピールも見受けられ、またある政党が多数の候補を立てて掲示板が私物化現象される現象もありました。こうした状況を目にして、選挙制度や民主主義への冒涜と、感じた方も多いでしょう。
東京都知事選掲示板 JR東中野駅

しかし、私の率直な感想は「なんて平和な国なんだろう」というものでした。メキシコ政治の現状を知っている身としては、平和ボケできるほどのこの平和はある意味素晴らしいと感じます。

メキシコでは今年、大統領選をはじめ、多くの選挙がありましたが、選挙期間中に政治家93人(候補者36人)が暗殺されています(2024年6月時点)。これは犯罪組織と政治家、警察、軍人、判事らの癒着が原因で、犯罪組織の意向を受け入れない候補者が暗殺されるのです。

もちろん日本にもそれなりに問題はあり、待ったなしの課題も多いでしょう。それでも、一時帰国する度に平和で安全な日本の良さを感じます。社会のシステムが一応の信用をベースに構築されているこの国は、やはり特別です。

メキシコとの比較は極端かもしれませんが、世界を見渡しても、日本のような国は見当たりません。ここで日本に住んでいると実感しづらいありがたい点を挙げてみたいと思います。

まずは当たり前の安全と安心。無防備で街をあるいても被害に遭う確率は非常に低く、公共の場所に物をお置いておいても盗まれることはありません。小学生は一人で通学し、女性が夜の街を平気で歩けること、またまたよほどのことがない限りボディーガードの必要がないことも、日本ならではでしょう。実際、私が一時帰国中、実家の近所の商店街でJAPAN RAIL PASSを落としてしまった時、ダメ元で翌日に近所の交番に訪ねて行ったところ、ちゃんと届けられていました。

一方、メキシコで道端で落ちていたお札を拾った時、通りすがりの人にかけられた言葉は「ラッキー!」。もともと落とし物を警察に届ける習慣がない国では、拾った者が得をするのだと変に感心しました。法の支配の欠如や警察の腐敗、不信に基づく人間関係が背景にあるのでしょうが、そのような状況に慣れている私は、日本に来るたびに日本人の公徳心の高さに驚かされます。日本は災害の時でも、スーパーなどで略奪が起こらない、民度の高い、世界で稀に見る国です。

そして安全の他、清潔さも特筆すべき点です。特に公衆トイレの清潔さは世界一ではないでしょうか。高級ホテルのトイレだけでなく、公共の交通機関の駅や公園のトイレも清潔で、必ずトイレットペーパーが備え付けられています。しかも無料です。公衆トイレの清潔度は各国の民度の指標とも言えるでしょう。


大都会にあっても平和で安全、清潔な街

また、制度的な側面では、セーフティネットの充実も、安心して生活を送るための重要な要素です。北欧のように高税率ではないのに、健康保険、障害者支援、生活保護などの制度がしっかりしています。特に、医療は社会主義国でない限り、世界的には高額なのが一般的ですが、日本では低料金で質の高い医療サービスが受けられます。

そして、これら制度を実施する役所は、利用者の立場に立った親切なサービスを提供しています。この点いついては、親切さに慣れきっている日本人は納得しづらいかもしれませんが、日本以外の国での対応を知れば、そのサービスの質の高さに驚くことでしょう。

私の住んでいるメキシコでは、役所で指定された書類を持って行っても、土壇場で別の書類が要求されたり、担当者が変わると言うことも変わるのは当たり前で、一つの手続きを終わらせるのに、膨大な時間と労力がかかります。そして、その失われた時間、労力に対する補償は、当然のことながらありません。世界の「普通」はこちらに近いと思います。

今回の一時帰国中、ある面倒な手続きのために区役所に行った時に受けた、良心的で効率的な対応には、あらためて感動しました。このようなサービスを当たり前に享受できる凄さ、素晴らしさは日本いいては実感できないでしょう。スイス出身で日本在住の従叔母は、「世界を2つに分けるとしたら日本とそれ以外」と以前から言っていました。最初はピンときませんでしたが、今ではとても共感できます。

私にとって一時帰国は、ボクシングに例えるなら、コーナーでのしばしの休憩。一方、メキシコはリングでの闘いの場。一時帰国後メキシコの空港に降ったとたんに、ファイティングポーズに戻ります。

では、なぜそんな素晴らしい日本に住まずに、あえてメキシコで暮らすのか、たまに自問します。それはやはり、人生の半分以上を過ごしたメキシコへの思い入れの他、メキシコにはそのすべてのネガティブな点を補ってお釣りが来るほどの魅力的な面を持っているということでしょう。そもそも私が海外に出たのは、日本では得ることのできないであろう何かを求め、冒険をするためでした。安泰の公務員を辞め、あえて波乱万丈の人生を選んだのです。私にとってメキシコはスリリングな冒険の場。自分の人生ドラマの主人公として、もう少し冒険を続けたいと思っています。