連載エッセイ386:硯田一弘「南米現地最新レポート」その60 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ386:硯田一弘「南米現地最新レポート」その60


連載エッセイ386

「南米現地最新レポート」その60

執筆者:硯田一弘(アディルザス代表取締役)

「2024年8月4日」

ベネズエラの言葉 fraude(フラウデ)=不正・ごまかし 英:fraud 葡:fraude

先週日曜日に行われたベネズエラの大統領選挙は、現政権に反対する勢力が結束して直前の調査で7割近い支持を集めたにもかかわらず、偽政権支配下の選挙管理委員会によってマドゥロの勝利と発表されました。日本では日経をはじめ多くのメディアが淡々と大本営発表の結果を伝えて、本件は終わった話になろうとしています。

しかし、先々週も述べた通り、この選挙はベネズエラ一国に限らず、中南米全体、或いは米国をも巻き込んだ米州全体の問題になっている訳で、それを報じない日本のメディアの不甲斐なさをあらためて痛感する次第です。

ベネズエラの隣国コロンビアのペトロ大統領は、日曜夜のインチキ開票速報以降沈黙していたものの、水曜日に声明を発表し、選挙結果の明示があるまでは態度を保留するとしました。https://elpais.com/america-colombia/2024-07-31/petro-pide-a-maduro-un-escrutinio-transparente-y-sugiere-un-acuerdo-con-la-oposicion-para-la-paz-en-venezuela.html

こうした批判を受けて、マドゥロ政権はアルゼンチン・チリ・コスタリカ・ペルー・パナマ・ドミニカ共和国・ウルグアイという南米主要国との国交断絶を発表し、外交官追放の処置をとりました。https://www.bbc.com/mundo/articles/cn074xmzm7no

パラグアイは、2018年の大統領選挙で野党候補Henri Falcon氏の得票が不当に低かった事に異議を唱えた野党勢力が、同年末に国会議長のJuan Guaido氏を暫定大統領に指名し、パラグアイ政府は2019年2月にGuaido氏を正式に国家元首としてアスンシオンの大統領府に招き、マドゥロ政府の正当性を否定しました。これによってベネズエラ川はパラグアイとの国交を断絶し、その後は駐パナマ大使がベネズエラ案件を兼轄する状態になっています。https://www2.mre.gov.py/index.php/noticias/paraguay-reconoce-juan-guaido-como-presidente-encargado-de-venezuela

一連の現地からの報道で目につくのは、多くの人達が持っているベネズエラ国旗。もともと、ベネズエラとコロンビア・エクアドルは独立の父シモン・ボリーバルが旧宗主国スペインからの独立を勝ち取り、グラン・コロンビアを創建し、それが源流となって今日に至っているので、似たような配色・デザインとなっていますが、ベネズエラ国旗の特徴は真ん中の青い線の中アーチ状に配された☆です。これが2001年のチャベス政権移行、それまでの7つ星だったものがチャベスによって一つ加えられて8つになっています。

しかし、今回ベネズエラから流れて来る映像の多くは、チャベス以前の七つ☆に戻されている、つまりチャベス主義を否定するという意思が現れている訳です。

https://www.y-history.net/appendix/wh1201-033_1.html

https://www.abc.com.py/politica/2024/07/30/venezuela-embajador-de-paraguay-monitorea-la-situacion-desde-panama/

また、今回の選挙結果に異議を唱えて外交官追放となった在カラカスのアルゼンチン大使館は、ブラジル政府が代わりに管理することになり、同大使館に身を寄せていた野党指導者の安全はブラジルによって確保される見通しとなりました。

https://www.france24.com/es/am%C3%A9rica-latina/20240801-argentina-retira-sus-diplom%C3%A1ticos-en-caracas-y-deja-la-embajada-y-a-seis-asilados-en-manos-de-brasil


在ベネズエラ・アルゼンチン大使館にはためくブラジル国旗。

大使館は本来、治外法権とされ、国際法の保護によってその敷地内には警察権が及ばないことは周知の事実ながら、外交官が強制退去となると、その敷地も安全でなくなる。それをブラジルが代理で管理するという、極めて稀有な光景です。

ブラジルのルラ大統領自身は、チャベス氏が革命の師と仰ぐ人物で、チャベス後継のマドゥロにも親密な姿勢を貫いてきましたが、今回のベネズエラ選挙を巡っては中途半端な態度で、国内野党だけでなく、与党勢力からも強い批判が浴びせられているようです。こうした周辺各国の動きの背景には、チャベス政権以降20年以上の間にベネズエラを離れる出国者が増えたことがあります。

チャベス存命中は富裕層や知的職業の流出が主流だったのですが、2013年のチャベス死去以降の現偽政権からは、一般大衆が難民として大量に国外に流出し、南米各国では難民受け入れが大きな社会問題になっており、左翼政権と言えどもイデオロギーだけを理由に選挙結果を受け入れられない事態に直面している訳です。

この週末の南米各国の主要新聞の電子版を確認すると、一週間近く経過した今でも、ベネズエラでの選挙結果や現体制の維持に異論を唱えるニュースがトップを飾っていることで、この問題に対する各国の姿勢が読み取れます。

コロンビア El Tiempo紙
https://www.eltiempo.com/mundo/venezuela/en-vivo-tras-elecciones-en-venezuela-asi-sigue-la-situacion-hay-marchas-convocadas-para-este-3-de-agosto-3368666

エクアドル El Universo紙
https://www.eluniverso.com/noticias/internacional/al-grito-de-libertad-se-desarrollan-las-protestas-en-venezuela-lideradas-por-maria-corina-machado-nota/

ペルー El Comercio紙
https://elcomercio.pe/mundo/venezuela/elecciones-venezuela-2024-nicolas-maduro-fraude-como-gano-maduro-cuando-todas-las-encuestas-daban-a-la-oposicion-como-favorita-edmundo-gonzalez-urrutia-maria-corina-machado-cne-elvis-amoroso-actas-testigos-chavismo-noticia/
アルゼンチン El Pais紙

https://elpais.com/america/2024-08-03/resultados-de-las-elecciones-en-venezuela-2024-en-vivo.html

以下の国々ではトップ記事ではないものの、主要ニュースとして扱われています。

ブラジル Folha de Sao Paulo紙
https://www1.folha.uol.com.br/mundo/2024/08/sob-ameaca-de-prisao-opositora-maria-corina-participa-de-protesto-contra-reeleicao-de-maduro.shtml

ボリビア Los Tiempos紙
https://www.lostiempos.com/actualidad/mundo/20240803/miles-personas-protestan-venezuela-resultado-oficial-elecciones

メキシコ Excelsior紙
https://www.excelsior.com.mx/global/fotos-protestas-contra-reeleccion-de-maduro-venezuela/1666236

米ニューヨークタイムズ紙、スペイン語版ではトップ記事ですが、
https://www.nytimes.com/es/2024/08/02/espanol/venezuela-maduro-gonzalez-resultados.html

英語国際版では記事が見当たりません。
https://www.nytimes.com/international/

冒頭、日経新聞の姿勢を批判しましたが、今週は秀逸な記事も掲載しています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB261TG0W4A720C2000000/

ブラジルの通貨レアルが下落している背景には、中国政府による人民元防衛売りがあるという記事。人民元の下落を防ぐために、ブラジル・レアルを売って、それを原資に人民元を買い支えて通貨の下落を防ぐというもの。

日本の皆さんも、地球の裏側の事と切り捨てずに、世界経済に大きな影響を与える南米の動きにご注目ください。

「2024年8月11日」

パラグアイの言葉 eliminar(エリミナール)=除去・撤廃する 英:eliminate 葡:eliminar

朗報です。パラグアイ南部の街Encarnacionとパラナ川を挟んだ対岸の街アルゼンチンのPosadasとの間に架かる橋の両岸にある国境管理の手続きが、一元化されることになったそうです。https://www.ultimahora.com/paraguay-y-argentina-apuntan-a-eliminar-el-doble-control-en-paso-fronterizo-de-encarnacion-posadas

パラグアイはブラジル・アルゼンチン・ボリビアの3カ国と国境を接する内陸国ですが、人口が集中するパラグアイ川の東側では、ブラジルとアルゼンチンとの国境線が長く、いくつかの主要な道路や橋の部分で入出国管理が行われています。

中でも交通量が多いのは、ブラジル側Foz do Iguacuとパラグアイ東の街Ciudad del Esteの間に架かる友情の橋の両端にある管理事務所と今回ご紹介するEncarnacionとPosadasとの管理事務所の二か所ですが、ブラジルとの国境に関しては、国境から40㎞の範囲内では入出国の申告も必要ないくらい自由であるのに対し、アルゼンチンとの国境は出国も入国も厳格なコントロールが行われ、特にアルゼンチン側の審査に時間がかかるので、↓の写真のような長蛇の行列が日常的に発生しています。

今日のニュースでは、この国境出入国管理が両国で一元化されて大幅に簡素化されるというもので、これが実現するとアルゼンチンへの出入りが極めてスムースになるので、観光だけでなく、物流の効率化にも寄与することになると期待されます。

https://www.google.co.jp/maps/place/Paraguay/@-27.3491917,-55.9054036,9477m/data=!3m1!1e3!4m6!3m5!1s0x945c083490f13d63:0xb3faff611d582ef3!8m2!3d-23.442503!4d-58.443832!16zL20vMDV2MTA?entry=ttu

ブラジル国境のエステ市周辺に住んでいますので、週末の橋の交通量が少ない時にはブラジルに買い物に行くことはこれまでも書きましたが、ブラジルからアルゼンチンに亘るには、アルゼンチン側の非効率な出入国事務所の手続きの為に常時渋滞が発生し、気楽にもう一足伸ばす気にはなれなかったのですが、パラグアイとアルゼンチンとの協定が出来ると言う事は、ブラジルとも並行的に手続きを進めることになるでしょうから、メルコスール加盟国域内の往来が大変簡便になることが期待できます。

一方、今週はパラグアイと米国との間で軋轢が生じた点も注目に値します。

駐パラグアイ米国大使Marc Ostfield氏がパラグアイの元大統領で、現在も与党コロラド党の重鎮であるHoracio Cartes氏と、Cartes氏の家族が経営するタバコ会社を「著しく腐敗している」と名指しで非難し、米国財務省がCartes氏に制裁を加える決定を発表したことに対して、現大統領Santiago Peña氏は米国大使のパラグアイからの退去を要求したものです。

https://www.abc.com.py/politica/2024/08/10/pena-es-el-primer-presidente-que-pide-la-salida-de-un-embajador-de-eeuu/?__vfz=medium%3Dstandalone_content_recirculation_with_ads

大統領選の行方が気になる米国で、自国優先を唱えるトランプ氏の共和党の姿勢は日本人から見ると賛同できない点が多いように思われますが、南米諸国への姿勢としては、現与党の民主党にも問題があり、南米諸国の中でも親米路線の姿勢をとり続けているパラグアイの元首経験者を名指しで非難して制裁対象にすることで、パラグアイ与党を敵に回す政策を敢えて選ぶことに大きな違和感を禁じ得ないと言わざるを得ません。

https://www.lanacion.com.py/politica_edicion_impresa/2024/08/10/anr-da-su-apoyo-a-cartes-y-critica-los-excesos-de-ostfield/

パリオリンピックでも、パラグアイの選手が選手村から勝手に脱出して市内観光を楽しんだとのことで、退去処分を受けたというニュースが流れましたが、この選手の行動に関しても批判と同情が交錯する国内世論が存在しています。

「2024年8月18日」

ベネズエラの言葉 peritaje(ペリタヘ)=鑑定書 英:examination 葡:perícia

昨日8月17日は、世界の主要な300以上の都市でベネズエラの大統領選挙結果に対する抗議行動が展開されました。

https://www.jiji.com/jc/article?k=2024081200285&g=int#goog_rewarded

英BBCや独DWでは自国言語以外にスペイン語での情報発信を行っており、そこでこの抗議行動について大きく報じています。

https://www.bbc.com/mundo/articles/cy765nlek4eo

https://www.youtube.com/watch?v=iHEO6K6qNGQ

パラグアイでの抗議行動について、何故か主要三紙では報道が見当たりませんが、なんとスイスの報道機関がこれまたスペイン語で昨日のアスンシオンでの抗議デモについて報じています。

https://www.swissinfo.ch/spa/venezolanos-en-paraguay-dicen-a-maduro-que-no-se-rendir%C3%A1n-y-agradecen-apoyo-internacional/87095930

こうした世界的な動きに対し、ベネズエラ偽政府の広報機関に成り下がったEl Universal紙は、選挙管理委員会の報告に関する最高裁判所による鑑定が進められており、米国による内政干渉を拒否する、という記事を掲載しています。

この内容は、米CNNも報道していますが、そもそも最高裁判所も選挙管理委員会と共にチャベス時代に政権の手先に成り下がっていますので、偽の鑑定が公表されることは明白です。https://cnnespanol.cnn.com/2024/08/17/tribunal-supremo-justicia-venezuela-peritaje-actas-electorales-60-avance-orix/

ベネズエラ国内では7月29日の選挙結果発表以降、あちこちで抗議運動が行われ、多くの逮捕者や死傷者が出ていますが、これまでのような諦めムードはまだ出ていないようで、昨日の運動も大規模に展開されたようです。

https://www.lapatilla.com/2024/08/17/gran-protesta-mundial-en-caracas-ciudadanos-se-reunen-en-la-california-con-copias-de-actas-electorales-este-17ago/

日本では岸田首相が再選を目指さないことになって、次の総裁選に誰が出るのか?というニュースと、太平洋戦争を振り返る内容の特集番組に多くの時間が割かれている印象ですが、戦争を助長した大戦中の報道と、売れ筋に迎合する今の報道とに類似性を感じる視聴者は多いのではないかと思います。

日本は国連での支持を得る為と称して発展途上国への金銭供与(勿論現金ではありませんが)を続けていますが、イギリス・ドイツ・スイスのように、スペイン語話者が少ない国ながらも、世界で三番目に多くの人達が話す言語として、スペイン語での情報収集や発信を行っていることは、日本も見習うべきと思います。

https://japan.wipgroup.com/media/language-population

この統計では英語の人口が圧倒的に多く見えますが、米国だけでも人口の19%がスペイン語話者であるという点にも目を向けて、より多面的な情報を活用することが、外交や経済活動でも要求されている筈です。

https://www.pewresearch.org/science/2022/06/14/a-brief-statistical-portrait-of-u-s-hispanics/

Googleなどのサービスの御蔭で、いろいろな言語の報道が日本語で読める便利な世の中になっています。英検何級とか、ToeicやToefl何点という鑑定の評価を上げる努力は必要ですが、より広い視野を持つ努力も必要です。日本にとって地球の反対側になる南米で起きていることにも是非引き続き注目してください。

「2024年8月25日」

パラグアイの言葉 aportante(アポルタンテ)=貢献者・拠出元 英:contributor 葡:contribuinte

国税歳入局(La Dirección Nacional de Ingresos Tributarios 略称DNIT)が昨年の納税者リストを公表しました。これによると、納税金額のトップは電力公社(Administración Nacional de Electricidad, 通称ANDE)で、4771憶グアラニ≒日本円換算95億円は国税歳入額の2.4%を占める大口納税者。2位(ブラジル資本)と3・6・7・10位が銀行で、4位(コカ・コーラ等の食品コングロマリット)・5位と9位がビール会社、8位がタバコ会社という嗜好品の貢献度が高い比率となっています。

https://www.5dias.com.py/analisis-macro/conozca-el-top-10-de-los-mayores-aportantes-al-fisco?utm_campaign=5-d-as-daily&utm_edition=202408211200&utm_medium=email&utm_source=newsletter

日本の昨年の税収は72兆円、単純に国民1.2億人で割り戻すと、一人年間60万円をの税していることになります。

一方、パラグアイの税収は20.1兆グアラニ≒4034億円。これを700万人の人口で割り戻すと、一人当たり58,000円で、税負担は日本の10分の1程度であることが判ります。この税収総額は、日本の都道府県と比較すると、最下位の鳥取県3500億円とブービーの福井県4500億円の間に位置することになります。

https://suigyoofficial.com/%EF%BC%91%E4%BA%BA%E3%81%82%E3%81%9F%E3%82%8A%E3%81%AE%E6%AD%B3%E5%85%A5%E3%80%80%E9%83%BD%E9%81%93%E5%BA%9C%E7%9C%8C%E5%88%A5%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0/

で、日本の納税額トップ組織はトヨタ自動車の6600億円。税収総額の0.92%。

https://toyokeizai.net/articles/-/328202?page=2

日本の場合は2・4・6・10位が通信系で、インフラ事業からの税収比率が高いことが判ります。

パラグアイで一番カネモチの会社は、世界最大の水力発電ダムを運営するItaipu公団ではなかったか?ということで、調べてみますと、イタイプ公団の収益は、税金でなく直接的な社会還元に用いられる比率が高いようです。

こうした事情もあって、パラグアイの生活実感は一人当たりGDP(5984ドル)では測ることのできない充実感をもたらしています。

https://sekai-hub.com/statistics/imf-gdp-per-capita-ranking-2024

先週の報道でも、パラグアイは他の南米諸国の中でも生活費が安価であるというデータが示されていました。

https://www.lanacion.com.py/negocios/2024/08/14/por-que-paraguay-es-considerado-el-pais-mas-barato-para-vivir-en-sudamerica/

今週、ブラジルからの投資調査団と面談する機会があり、このことを発表すると、団員の皆さんからも、「ブラジルより安価で安全というのは投資家にとって大きな魅力だ」という声が次々に上がっていました。

以 上