執筆者:田所清克(京都外国語大学名誉教授)
初めてブラジルを訪ねる前までは、Literatura de Cordel の存在自体はすでに知っていたが、それが北東部を代表する民衆文学であることには全く考えが及ばなかった。
この地を研究の対象として巡検するにつれて、コルデル文学がれっきとした北東部の民衆文学であることを理解するに至った。
それからというものは、機会あるごとに、露天市場を訪ねては相当のその民衆本を収集したものである。
それらをこの駄文に写真として附記すべく探したのであるが、残念ながら見当たらない。当時、上智大学の学科主任をされておられた佐野泰彦先生の要請なり願いで、かなりの数の民衆本を集め、提供したことがある。自分の興味ある主題のものもひょっとしたら、まとめて手渡したのかもしれない。
folhetoともliteratura popular em versoとも、あるいは単に、cordelと称されるliteratura de cordel は、CearáのみならずAlagoas, Paraíba, Rio Grande do Norteでは、文字通りに細い紐(cordel)もしくは紐(barbante)に吊り下げられているか、もしくは無造作に地面に置かれたかたちで売られている。
そうした民衆文化の一表現と目されるliteratura de cordel のもともとの起源、特徴、主題等について、次回に詳述したい。
ブラジルでの北東部のliteratura de cordel は、20世紀、それも1930年~1960年の間に顕在化し、注目されるようになった。
であるから、コルデル文学と言えば北東部が起源のように思われがちであるが、調べてみるとそれは、ヨーロッパのポルトガル、スペイン、フランス、イタリアの国で12世紀に現れ始め、ルネサンス期に流行したらしい。
その意味で、ポルトガル人によって17世紀にブラジル北東部にもたらされたcordel の起源は、ヨーロッパに求められる。
事実、例えばスペインでは、ブラジルのliteratura de cordel はpliegos sueltosと呼ばれていたし、ポルトガルでも folhas volantesという呼び名があった。
一種の民衆詩であるcordel は古いイベリア半島の詩集(romanceiro )の影響は、ブラジルのみならず、他のラテンアメリカの国々にも及んだ。国によって多少は変容したものの、メキシコ、アルゼンチン、ニカラグア、ペルーなどで発現したcorrido,メキシコで見出されるブラジルの[対話式の]掛け合いの歌(pelejaもしくはdesafio)に類似したcontrapunteoなどはその一例だろう。
この北東部特有の”青空市場の小冊子”folheto de feira”とも呼ばれるCordel について言及するために、所蔵のいくつかの文献に当たっている。
頭を抱えることになったのは、文献によってこの民衆文学が北東部の地で華開いた時期が異なっていることだ。
一番新しい文献によれば、Cordel は社会批判と歴史を語るべく、19世紀の末期に生まれたといった具合。
ともあれ、Cordel が北東部民衆の文化表現であることにはかわりがない。
彼らの文化表現にはそれに加えて、即興詩句(repente)を吟うレペンテイスタ(repentista=即興詩人)の存在も黙過し得ないだろう。彼らは通常、楽器に合わせて即興の詩を創作して高らかに謳うのである。
ところで、Cordel の大きな特徴は二つあるように思う。すなわちそれは、民衆言語とテーマ性にある。
インフォーマルな言語で、時に文法から逸脱した破格的ですら感じられる。しかも、口語的でユーモア、アイロニー、風刺(sarcasmo)が効いている。
詩はほとんど韻律(rimas,métricas) を踏んでおり、語り伝える印象を受ける。
Cordel のもう一つの特徴であるテーマ性に関しては、その多様性に驚かされる。宗教的に冒涜したものがあったり、政治的、歴史的内容のものであったり、エピソードや社会的現実を暴いたものが多い。 がしかし、私が知っているかぎり題材になっているのは、カーニバルのテーマとしてよく扱われる、カヌードス戦争における狂信的指導者Antonio Conselheiro, 奴隷解放に向けて逃亡集落に立て込もった黒人リーダーZumbi, 奥地セルトンで暗躍した匪賊(cangaceiro)などのヒーローもしくはアンチヒーローたちが表紙を飾っているのが圧倒的である。
大きさ[およそ縦20X横10cm]の表紙は木版画(xilogravura)で、それを見るだけで北東部にいるような感じがする。その木版画に使われる木は、材質面で、杉の一種( cedro)、pau d’arco, umburanda[いづれも日本にはなく、不明]が使われるそうだ。
民衆本の社会的機能としては、貧しく娯楽の少ない北東部にあって、情報伝達以外に、娯楽的な役割を果たしていたらしい。さらに重要なことは、非識字率の高い北東部において、コムニケーシヨンの道具となり、読み書きの向上に寄与してきたということ。
あれほどまでに北東部を訪ねた私であるが、cordel になる印刷•製本所をこの目で見たことは、残念ながらない。が、幸いなことに、最愛の教え子である久保平亮君[当時、大阪大学院生]が印刷•製本所を訪ね、多数の写真まで提供してくれている。その写真を活用させて頂き、最後にカヌードス戦争を題材にしたcordel文学を拙訳で紹介しつつ、幕を閉じたい。
※1989年にリオのSanta Teresa にAcademia Brasileira de Literatura de Cordel (ABLC)が、コルデル文学の記憶を伝承し、民衆表現に関する調査研究を深化させる目的で設立されている。約7千の民衆本が収集されているので、関心をお持ちの方は、お訪ねになったらいかがでしようか。