多田 博文(在チリ大使館 専門調査員)
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チリにおける移民受入れの状況 多田 博文(在チリ大使館 専門調査員)
はじめに
執筆者は大学在学時に民政移管して間もないチリ・サンティアゴに1年間暮らしたことがある。当時、軍政を逃れた亡命者たちが帰国し始めているといった話は耳に入ってきたが、移民についてはあまり聞いた記憶がない。今般、大使館勤務のため約30年ぶりにチリを訪れたが、域内各国から多くの外国人が流入していることを実感した。
本稿では、チリにおける移民の受入れの状況、特にベネズエラ人移民・避難民が及ぼす内政や外交上の影響などについて、主に治安情勢に関する直近の事例などを引き合いに出しつつ紹介する。また、社会的な影響の一側面として移民と家族の問題についても言及したい。
移民の状況
直近のチリ移民庁及びチリ国家統計院の調査によれば、2022年12月31日時点でチリに暮らす外国人は162万人である。2022年時点でのチリの人口は約1960万人であるので、外国人の比率は8%を超え、大きなコミュニティとなっている。国籍別には、ベネズエラが最多の53 万人で、これに、ペルー(25万人)、コロンビア(19万人)、ハイチ(18万人)、ボリビア(15万人)が続き、この5か国だけでチリにおける外国人人口の8割に達する(図1 参照)。
在チリ外国人の3割強を占めるベネズエラ人の流入は、2014年前後から増え始めたとされる。当初は技能や資格を持った労働者が多かったが、2018年頃からベネズエラの政治経済情勢が不安定になると、幅広い層のベネズエラ人が政治や治安が比較的安定していて就業機会もあるチリを目指すようになり、移民・避難民の流入が急増していった。
現在チリは、南米では、コロンビア、ペルーに次ぐ第3位のベネズエラ移民の受入れ国であり、地域においてチリの果たす役割は極めて重要である。
移民流入と治安悪化
公称53 万人とされるチリ在住のベネズエラ移民であるが、これ以外に10 万人とも20 万人とも言われる非正規に入国した移民がいるとされている。その殆どがベネズエラから、コロンビア、エクアドル、そしてペルーを経てチリに入国する。実に5000キロメートルに及ぶ陸路での移動である。チリの主たる玄関口はペルーとの国境の町アリカであるが、国境での審査を避けるため、非正規移民の多くはボリビアを経由し、アンデスの乾いた山岳地帯よりチリに入国する(図2、写真参照)。チリに入国した非正規移民はさらに南下し、首都サンティアゴ市を目指す。ベネズエラ移民の約7 割はサンティアゴに居住しているとされる。
移民の急増はチリ国内の治安情勢に影を落としている。チリは長年ラテンアメリカおいては治安の良い国と言われてきたが、近年は犯罪が増加・凶悪化しており、世論調査における「チリにおける主な懸念事項」との項目では、常に「犯罪・治安」がトップまたは上位を占めている。治安悪化と移民の増加が関連づけられることが多く、世論調査でも犯罪増加の要因として「司法の機能不全」と並んで「移民の増加」が多く挙げられている。
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