執筆者:渡邉尚人(マイアミ在住 元在バルセロナ総領事)
(写真:トランプ共和党候補勝利宣言、ハリス民主党候補敗北宣言写真)
11月5日、世界の注目する米国大統領選挙は、熾烈な選挙戦とは対照的に平穏裡に投票が行われ、ハリス民主党候補が予想以上に票を減らし、トランプ共和党候補の圧勝で終了しました。大統領選挙の結果と勝因と敗因、選挙結果に大きな影響を与えた米国第二の人口、人種であるヒスパニック票の行先、マイアミでの投票の模様等につきご紹介したいと思います。
(1)選挙結果
トランプ共和党候補が選挙人数312、得票数76,146,230(50.1%)を獲得し、激戦州7州も制してハリス民主党候補(選挙人数226、得票数73,264,588、48.2%)に選挙人数86、得票数288万票差で圧勝しました。
トランプ候補は、2020年選挙(74,223,251票)より192万票近く票を伸ばし、一方ハリス候補は、2020年選挙のバイデン候補得票数(81,281,888票)より801万票近く票を減らしました。トランプ候補は11月6日に勝利宣言、ハリス候補も敗北宣言を行いました。
(2)上下両院
共和党は、上院52議席(民主党47議席、過半数50議席)で多数派を奪還し、下院でも218議席(民主党209議席、過半数218議席)(11月15日現在)で過半数を維持し、上下両院を制しました。フロリダ州でも共和党が上下両院議席を制しました。(上院:共和党2(改選1)議席,下院:共和党20議席、民主党8議席)
(3)今後の予定
今後は、12月17日選挙人投票、明年1月6日上下両院での選挙人投票結果開票、認定そして1月20日大統領就任式となります。
(1)トランプ候補の勝因
(ア)暮らしに直結するインフレの抑制、雇用、減税等の経済政策更に不法移民強制送還、関税増、紛争地域の戦争終結等アメリカ第一主義のシンプルな公約を過激ではあるも本音で訴え、バイデン・ハリス政権下の経済、内政、外交の現状に不満や怒りを抱える幅広い有権者の支持を得たこと。
(イ)大統領であった4年間の実績を誇示しつつ、バイデン政権でのハリス副大統領の経済、移民、外交問題等の失政の連帯責任を追及。バイデン大統領と一線を画そうとするハリス候補の刷新イメージを封じたこと。
(写真:トランプ候補銃撃)
(ウ)銃撃に屈しない闘士、敵対的なメディアや言論統制、陰謀論の犠牲者として自らを演出し、四つの刑事裁判すら政治的な魔女狩りとして徹底抗戦。政治的リアリティーショーとして自らの求心力に活用し、有権者特に男性票にアピールしたこと。
(エ)大統領経験者、成功したビジネスマン、雄弁なポピュリストとしての個人の存在感とカリスマ性。
(オ)トランプ陣営(スーザン・ワイルズ選挙対策本部長)の緻密な戦略と臨機応変な対応(ゴミを巡る問題で即座にトランプ候補が自らゴミ収集車に乗りパフォーマンス等)。
(カ)PODCASTのジョー・ローガンやイーロン・マスクの支持を得たSNS発信で無党派層や若年層のトランプへの抵抗感が低下し、支持を伸ばしたこと。
良識ある米国人知識人が常に顔をしかめる、ある意味非常識なトランプ候補の過激な言動が“憎まれっ子世に憚る”で彼独特のレトリックとして見なされ、拒否感が低下し、その一貫した闘争姿勢やカリスマ性、リーダーシップが肯定的に評価されていったと思われます。
更に大富豪であり、大企業の資金援助が無くても戦えるので大企業の機嫌を伺うことなく、経済や移民問題等に庶民の本音を代弁してPolitical Correctnessよりも本音で分かりやすい言葉で訴えたことが、経済、移民、ジェンダー問題等の現状への不満ともやもやを抱えた有権者により刺さったものと思われます。
なお、大接戦を示唆した世論調査には、周りを気にしてトランプ支持を明言しなかった隠れトランプ支持者やハリス支持を表明しつつも投票しなかった人もいたものと思われます。
(2)ハリス候補の敗因
(ア)7月に選挙戦を引き継いだため、バイデン大統領と異なる独自の政策や人となりの刷新イメージを知ってもらう時間が不十分で支持を固めらなかったこと。民主党内では選挙戦を撤退するのが遅かったバイデン大統領への批判も出ています。
またバイデン支持者の票(2020年 バイデン候補81,281,888票)とハリス候補(73,264,588票)との票差約801万票は自動的にはハリス候補に流れず、またトランプ候補(2024年76,146,230票、2020年74,223,251票)にもそれ程流れず、投票されずに結局ハリス候補は予想以上の票を失って敗れたのでした。
(イ)バイデン政権の高インフレ等経済問題、移民問題、国境管理の連帯責任を批判され、バイデンとの違いを示せず、また政権の負のイメージを払拭できずに現状に不満を抱く有権者が離れたこと。またイスラエル・ハマス戦争や中東政策で批判の矢面に立たされその対応振りにアラブ系やリベラルな人権派も離れていったこと。
(ウ)人工中絶やジェンダー問題等で女性権利擁護をアピールするもリベラルすぎるイメージで女性票は53%と期待された程には伸びなかったこと。トランプは“中絶禁止には反対だが各州が自由に法律制定できる”との対応で女性有権者の45%の支持を獲得。
(エ)選挙終盤、トランプの過激な言動批判だけに焦点を絞り、自らの政策をアピールしなかったことが裏目に出て、反トランプ票支持が広がらず、有権者が離れたこと。
(オ)副大統領時代の目立った実績がなく、民主党指名候補争いも経験せず、ドラマ性やカリスマ性に欠け、核のボタンを握る米国、世界の指導者としての力量には不安の声があったこと。
報道ぶりを見ていて感じたのは、バイデンの後任候補となり9月の大統領討論会で優位に立った頃が人気のピークで、以後守勢にまわり、バイデン大統領と異なる独自の政策を打ち出せず、選挙戦終盤は自らの政策アピールよりもトランプ批判一辺倒となった感がありました。要するに大統領になって一体何をしたいのかが伝わってこないのです。
また、ABCテレビ番組The Viewで“バイデン大統領と違う対応をしたと思うことは何か?”と聞かれて“思い当たることは一つもない”と答え、右がトランプ陣営からの格好の攻撃材料としてテレビ報道で繰り返し放映され痛手となったこと、更に背水の陣で反トランプ層や浮動票の取り込みのため保守系テレビ等に出演したものの質問の論点をずらし自らの政策の説明をはぐらかす場面が多く見られ、期待外れのところがありました。
なおバイデン大統領が、選挙戦撤退を余儀なくされた悔しさもあってか、トランプ支持者をゴミと揶揄し共和党支持者の反発を招く等ハリス候補の足を引っ張る場面もしばしばありました。
(1)現在の全米のヒスパニック人口は63.7百万人(19.1%)で、有権者数は46.2百万人です。今回の選挙では、トランプ候補がヒスパニック票46%(2020年32%より14%増)に支持を伸ばし、ハリス候補は52%(2020年バイデン候補65%より13%減)でした。
その内、男性ではトランプ55%(2020年より19%増)、ハリス43%(2020年のバイデン候補より16%減)、女性ではトランプ38%(2020年より8%増)、ハリス60%(2020年のバイデン候補より9%減)支持でした。
(2)フロリダ州では、トランプ 6,109,549票(56.1%)、ハリス 4,680,890票 (43%)でトランプ候補が30の選挙人を獲得。 そのうちヒスパニック票はトランプ58%、ハリス40%で、男性票はトランプ64%、ハリス35%、女性票はトランプ52%、ハリス46%でした。
(3)ヒスパニックの声
ヒスパニックの関心は、まずは経済で現政権下の物価高、住宅価格上昇、ガソリン価格上昇、医療費増、生活苦等をどちらの候補が取り除いてくれるかでした。両候補を天秤にかけ、トランプが現状を変更してくれることに賭けて投票したという人の声を多く聞きました。
またヒスパニックは一般的にカトリック系で人工中絶には反対の声が多いこと、更にトランプ候補のマッチョ的な言動にはあまり抵抗感がないと感じました。合法移民よりも非合法移民を優遇する民主党現政権への反発から非合法移民の規制には概ね賛成の声が多く聞かれました。なお、トランプ候補の移民への軽蔑的、差別的な言動については、自らの生活に直結する経済問題をより重視するヒスパニックは、それほど気にしておらず、あまり影響がなかったと言えます。
(1)7月急遽バイデン大統領の後任候補となったカマラ民主党候補と四つの刑事裁判で91の重罪に問われ、7月の銃撃事件、9月の暗殺未遂事件も乗り越えたトランプ共和党候補の選挙戦は熾烈なものでした。9月の両候補の討論会以降、両候補とも支持基盤州の他、特に激戦州7州を中心に無党派層や無投票層取り込みのための集中的な選挙運動を行いました。トランプ候補はニューヨーク州やニューメキシコ州等民主党の牙城にも出向き大規模な遊説を行いました。
(2)両候補の演説や報道合戦では、フェイクニュースや人種差別的で暴力的なレトリック(ハイチ移民はペットを食べている、プエルトリコはゴミの島とのコメデイアンの発言を巡る応酬、トランプはファシスト等)が飛び交い、終盤には個人的な中傷、非難合戦の様相を呈し、更に日々発表される世論調査も最後まで一喜一憂させる誤差範囲内の僅差の大接戦となっていました。
(3)また巨額な選挙費用は、大統領選挙55.1億ドル、議会選挙102.8億ドルにも達し、広告費の9割が激戦州に使用された由です。(オープン・シークレット)
(4)投票の様子
しかし熾烈な選挙戦とは対照的に、投票自体は全国的に平穏裡に実施され、米国の民主主義の強靭さを示すものでした。
(写真:ハリス支持者の車列) (写真;トランプ支持者の住宅)
(1)フロリダ州は既にスイング・ステートではなく共和党の牙城であるため、フロリダ州での選挙戦は比較的静かなものでした。トランプ候補は、自宅のあるパームビ-チやオーランド、マイアミのハヤリヤ等で遊説、10月には自分のマイアミのドラル・ゴルフ・クラブでのヒスパニック代表とのラウンドテーブル等の選挙活動を行っていました。ハリス陣営は人工中絶問題に特化した民主党関係者による50ケ所のバスツアー遊説等を行っていました。
マイアミの街中では、目立った選挙活動はなく、時折両候補の旗をつけた支持者の車列がクラクションを鳴らして通ったり、住宅街で両候補の旗やプラカードの飾り付けをする程度でした。
(2)マイアミの投票所訪問
(写真:投票所)
筆者は11月5日の投票日の午前10時半にマイアミのココナツ・グローブの小学校での投票の模様を外から見学しましたが極めて平穏な投票風景でした。学校の周りには多くの車が駐車し、民主党のボランティアが民主党への投票ガイドを配っていましたが、外には投票所の目印もありません。構内には、警備員が一人いて英語、スペイン語、クレオール語の案内プレートがありましたが長い行列もなく投票者はスムーズに投票所に入り、係員の支持に従い20分程で投票を済ますという平穏な投票風景でした。
かつて熱気と共に殺気すら感じた2001年のニカラグア大統領選挙での投票風景とは大きく違い、民主主義大国米国の面目躍如たるものがありました。
(3)なお、5日キューバ人街リトルハバナの8番通りベルサイユ・キューバ料理レストランの前には、深夜までトランプ支持者が多数集まり旗を振り、車のクラクションと音楽を鳴らし気勢を上げていましたがお祭りの雰囲気で特に問題はありませんでした。
(1)トランプ次期大統領は、大統領選挙で圧勝し、上下両院を共和党が制したことで、閣僚や政府職員の任命等人事権を掌握し、議会で予算を通すことが容易となり、公約していた自らの政策を躊躇なく実行に移してゆくものと思われます。
不法移民の本国送還、移民規制の強化はすぐに行われ、環境エネルギー政策は大幅に転換され、保護主義の復活、関税増、自由貿易協定の見直し等も行われ、更にウクライナとロシア、イスラエル・ハマス戦争の戦争停止への努力、安全保障政策や同盟関係、国際関係見直しが順次行われていくものと思われます。また中国の影響が高まっている中南米の地政学的安全保障にも影響を与えることが予想されます。
(2)グローバリズムよりもアメリカ第一主義を唱えるトランプ次期大統領とは、日本や中南米も早急に個人的な関係を構築し、蚊帳の外におかれないように二国間関係の強化を急ぐ必要があると思われます。
他方日本としては極端な保護貿易主義に対しては、自由貿易を粘り強く称揚し、長年の日米の共通の価値観である自由、民主主義、平和、繁栄、市場経済、法の支配、人権等を深化し、人類の普遍的価値として世界に広め、経済的・軍事的超大国であり先進民主国である米国が自国の発展のみではなく、世界の平和と繁栄のためにリーダーシップを発揮していくよう導いてゆくことも必要であると思われます。
(3)次期トランプ政権が、リベラルと保守に分断された米国社会と混迷する世界の安全保障環境の中で如何にリーダーシップをとってゆくかが注目されます。米国が再び偉大な国として黄金時代を迎えるのかそれとも衰退に向かうのか、トランプ政権の功罪は歴史が判断することとなるのでしょう。
(了)