連載エッセイ425:久野佐智子「ラテンアメリカにおける『出産のヒューマニゼーション』その3 グアテマラ」 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ425:久野佐智子「ラテンアメリカにおける『出産のヒューマニゼーション』その3 グアテマラ」


連載エッセイ 425

ラテンアメリカにおける「出産のヒューマニゼーション
その3【グアテマラ】

執筆者:久野佐智子(JICAエルサルバドル事務所、広域企画調査員)

グアテマラの人口の4割は先住民であることから(外務省、2024)、先住民の村々においては未だ彼らの文化が出産ケアにも色濃く現れています。政府の働きかけによる影響もあり、最近は先住民の女性も病院で出産するケースが多くなってきたものの、それでもなおコマドローナと呼ばれる伝統的産婆が自宅分娩の介助をする習慣が現在も残っています。

(1)先住民文化とコマドローナ

グアテマラの先住民は主にマヤ系の人々であり、先住民の村々を訪れると多くの女性は子どもから大人までカラフルなウィピルとコルテと呼ばれる民族衣装を身にまとっています。地域ごとにそれぞれ色や柄、特徴的なデザインがあり、女性の民族衣装を見ることでどこの地域から来たのかがだいたいわかります。また、言語も地域によって異なっており、公用語であるスペイン語の他に22の先住民の言語が存在します(外務省、2024)。このように、それぞれの民族が自らの文化と価値観を守りながら生活を送っていること、多くの先住民地域は都市部から離れたところにあること、そして彼らは保守的かつ簡単には外部の人々を受け入れないことからも、普段の生活が明らかにされる機会はなかなかありません。

特に“出産”というプライベートな家族イベントとなるとなおのことです。先住民地域では昔からコマドローナと呼ばれる伝統的産婆が出産の介助に加えて、妊娠期と出産後のケアを行ってきました。彼女らは主に自分自身が既に出産と子育てを経験した高齢の女性で、自らの経験に基づいて一連のケアを行います。そのため、コマドローナが行うケアには文化的、伝統的要素も多く、ときに医療ケアがおざなりになることから、それが母子の生命を脅かしてしまうというような状況が以前はたびたびありました。現在は、コマドローナは登録制であるために保健省が実施する定期的な研修を受けることが必須で、自らの経験と文化的側面だけではなく、救急時の搬送の判断など基本的な医療知識を身に付けることにより、村で自宅分娩の介助を行う許可が与えられます。

以前は、グアテマラの保健省はコマドローナの存在に否定的でした。それというのも、コマドローナが行う自宅分娩のせいで妊産婦死亡率がいつまでたっても低減しないと考えていたからです。そのため、他の途上国でも推進されてきたように、とにかく出産は医療施設で行うように働きかけられていました。しかしながら近年は先住民文化の保護の視点から、コマドローナによる妊産婦ケアも尊重するという方向性に変わってきています。

これは母子ケアにおける先住民文化の保護という側面からは大変重要な意味をもつものの、母子の安全性という側面からはまだ大きな課題が残っていることも確かです。今回、グアテマラの先住民の村にあるプライマリーヘルスケアを担うヘルスセンターを訪れたところ、ちょうどその日の朝に村で生まれた子どもが死産だったと、分娩介助をしたコマドローナから報告がありました。もしかしたら、その子どもは病院で生まれていても助からなかった命かもしれませんが、妊娠中には何の異常も指摘されず、出産日は早くも遅くもなかったという状況であったことから自宅での出産を決めたわけで、やはり死産の原因は分娩中に起こった可能性が大きいのでは、と推測されるケースでした。

コマドローナにケアを依頼する女性や家族は、コマドローナに絶対的な信頼を寄せていることから、何が起こっても大きなトラブルになったというようなことを聞いたことはありません。以前、別のケースで、コマドローナによる介助で自宅で出産した際に死産を経験したという若い母親に話しを聞いたとき、「これは神様が決めたことだから受け入れるしかない」と泣きながら言っていたことを思い出します。私たちの感覚からしたら医療事故だと思える状況でさえも、変えられない現実をただ受け止めて諦めるという考え方は、その土地の文化と宗教観による違いなのかもしれませんが、母親や家族にとって待ち望んだ子どもを失うという深い悲しみと喪失感には変わりありません。そのため、やはり文化的側面を尊重しながらも生命の安全が第一であるべきで、グアテマラでは今そのバランスを探っている段階にあるように感じました。

(2)グアテマラの伝統的産婆コマドローナのケア

コマドローナの行うケアについては、安全面からはネガティブな視点で捉えられることがあるものの、先住民の女性や家族にとって、文化的な側面からみるとやはり素晴らしいケアを行っています。妊娠中から家族全員との信頼関係を深めて、陣痛が始まるといかなる時間でも自宅に呼ばれてケアを行います。産婦は自宅の慣れた環境で、コマドローナと家族に付き添ってもらい痛みが和らぐようマッサージをしてもらったり、温かなハーブティーを飲んだり、分娩が進むような体勢をサポートしてもらいます。コマドローナのこういったケアは昔から行われているもので、産婦が心身ともに安心して出産し、その後は家族に囲まれた自然な環境で、母親として子どもの世話ができるように支援してくれるのです。出産後は、伝統的な蒸気サウナで体を温めながらリラックスできるよう介助し、母乳の分泌促進のためにマッサージを行うなど、病院では決して受けることのできない手厚いケアが行われます。

一方で、グアテマラの国立病院では産科病棟のベッド数が不足していることから2人で1つのベッドを利用するようなプライバシーのない状況もしばしば報告されており、医療者の意識も低いことから陣痛室でもカーテンがなくプライバシーがまったく考慮されない環境で検査が行われたり、産婦は肌を露出させたまま放置されたり、また陣痛で痛みを訴えても何もしてもらえないどころか何も診てもらえずに陣痛室のベッドで出産に至ってしまったというようなことも起こってしまっています。これは、病院やクリニックで扱う分娩数が多すぎることで施設のキャパシティを越えてしまったことが原因で、さらにケアを実施するための医療者の絶対数も不足しているためです。そのため、妊産婦一人一人に対する配慮の余裕もなく、さらには医師・看護師の多くは先住民ではないことから、彼らに対する差別的な対応がしばしば起こっていることも報告されています。

そのような現状を知ると、やはり先住民の女性や家族にとっては彼らが尊重されて女性のため、そして家族のための出産ケアが行われるコマドローナによる自宅分娩の方が心地良く、特に妊産婦の親の世代にとってはそれが自然だと感じるのは当然のことかもしれません。

(3)グアテマラの出産ケアのこれから

 母子保健指標からみるグアテマラの課題は、ラテンアメリカ地域の平均よりも高い妊産婦死亡率と新生児死亡率です。出産のヒューマニゼーションを実現するには、まずは母子の安全が第一であるべきところ、グアテマラにおいてはまずはその改善が優先されるべきであり、それとともにコマドローナが行うような母子と家族が尊重される産科ケアが、医療施設でも実施されることが理想のように思います。グアテマラは、ヨーロッパ系民族、ラディーノと呼ばれるヨーロッパ系と先住民の混血、そして先住民が共存する国です。

特に先住民とその他の民族では、歴史や文化、生活習慣が大きく異なることから、価値観の違いを埋めることは容易ではありません。これは産科ケアにも当てはまるものの、近年においては保健省が先住民を尊重する姿勢であることから、コマドローナが行う自宅分娩がより安全に行われるようサポートをしています。医療施設における安全な出産と、コマドローナから学ぶ出産のヒューマニゼーションを実現するケアの融合ができれば、グアテマラの産科ケアはより母子や家族にとって優しく心地良いものになっていくのではないでしょうか。

以上


先住民の村にある保健センター。
ここで妊婦健診、子どもの健診、予防接種、コマドローナへの教育が行われます。


20年の経験があるコマドローナのルフィーナさん。
スペイン語は苦手なようでした(先住民の高齢女性にはスペイン語が理解できない方も多い)。


ルフィーナさんのコマドローナ登録カード。


コマドローナの教育に使用されるカード。
妊娠・出産時の異常を知るための情報がイラストとともに記されている(コマドローナは高齢女性であり、識字率が低い)。