連載パナマ・レポート57:ルベン・ロドリゲス 2025年01月分 | 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載パナマ・レポート57:ルベン・ロドリゲス 2025年01月分


連載パナマ・レポート 57: ルベン・ロドリゲス 2025年01月分

執筆者:Ruben Rodriguez Samudio(早稲田大学法学研究科講師・パナマ共和国弁護士)

I. 政治

A.トランプ政権とパナマ運河

1月20日に行われた就任式にて、トランプ大統領は、パナマ運河建設にはアメリカ政府がかつてない規模の資金を充当し、3万8千人の命を犠牲にしたにもかかわらず、この贈るべきではなかったギフトの見返りとして不当な扱いをされ、パナマは約束を破り、条約の条文と精神に違反していると述べた。さらに、海軍の船を含めアメリカの船舶は高い通行料を請求されているうえ、中国が運河を管理していると主張し、パナマ運河を取り戻すことを約束した。

 これに対してムリノ大統領は、海外政府の影響を否定したうえで、パナマ運河はパナマの所有物であることを強調しつつ、運河の返還は国際法上で不可能と指摘し、就任式後、パナマ外務省は、危機戦略を開始すると公表した。

 また、トランプ大統領の就任式演説を批判する声も上がっている。1月22日に、中国政府は運河運営への介入を否定し、パナマの主権を尊重すると公表している。メキシコのシェインバウム大統領、スペインのサンチェス首相、教皇フランシスコ、米州機構のアルマグロ事務局長がパナマを支持する立場を公表している。1月22日に、トランプ大統領の発言について、パナマと商事紛争中であるコスタリカのチャベス大統領は、アメリカのパナマへの侵攻可能性が低いとしたうえで、両国の主張を聞かなければならないと述べている。

 1月23日に、エリック・シュミット連邦上院議員は、パナマ運河の複数の港を管理している香港に本拠地を置く企業との関係を断つことをパナマに求める法案を提出した。また、アメリカのルビオ国務長官は、今年行われる予定のラテンアメリカ出張でムリノ大統領とパナマ運河モラレス局長と会う予定であることが分かった。パナマ政府は、アメリカ政府関係者との対談の協力役として、1月15日にアメリカのロビー活動会社のBGR Groupと月20万5千ドルの契約を結んだ。
B. Panama Ports Companyと中国の影響
トランプ大統領のパナマ批判の理由は、運河に属する港を運営しているPanama Ports Company(PPC)が香港Hutchison Port Holdings Limited(HPH)に管理されているからであると思われる。現在、パナマ運河には5港があり、バルボア港(太平洋)とクリストバル港(大西洋)はPPC、マンザニージョ港(大西洋)はアメリカのSSA Marine、コロン港(Colon Container Terminal、大西洋)は台湾のEvergreen、そしてロッドマン港(太平洋)はシンガポールのPSA Internationalに属するPSA Panama International Terminalに管理されている。これらの港のうち、マンザニージョ港のコンテナ取扱貨物量は270万TEUであり、単独で国内最大となっているが、PPCの管理しているバルボア港とクリストバル港は合わせて381万TEUを取扱っている。

現在、パナマ政府は、コンセッション方式契約不履行を理由として、PPCに対する監査を行っている。パナマのフロレス会計検査院長は、2022年以降PPCがパナマ政府への支払いを行っていないと公表し、これに対して、PPCはコルティソ政権(2019年―2024年)に3500万ドル分の配当金を前払いしたと発表している。

II.外交

A. ムリノ大統領の海外出張
 ムリノ大統領が1月21日からダボス会議に参加した。会議中、ムリノ大統領が海運コングロマリットのA.P. モラー・マースクの代表、ペルーのボルアルテ大統領、スペインのサンチェス首相、およびイギリスのトニー・ブレア元首相と対話を行った。また、23日からイタリアへの出張を開始し、24日にマッタレッラ大統領とパナマのブラックリストからの削除について対策を相談し、25日に教皇フランシスコと会議を行った。

B.移民問題

パナマ入国管理局は、2024年にコロンビアと接するダリエン県から入国した移民は30万2千人(前年同期比217,882減)、2025年1月23日時点では、1710人(前年同期比93%減)となったことを発表した。ムリノ大統領は選挙活動中、違法な移民への厳しい対策を採用すると約束し、就任式前に米国のバイデン大統領に対して、コロンビアと隣接するダリエン県の国境閉鎖を提案した。また、2024年9月の国連総会演説では、ムリノ大統領は、パナマ政府の移民への対応や救済にかかる費用は年1億ドルを超えていると強調し、社会的・人道的な負担もあると説明した。総会後、ムリノ大統領と強制返還に反対したコロンビアのペトロ大統領が対話を行って、移民問題への対策を検討した。2024年7月1日に、アメリカ政府とパナマ政府が移民強制返還の本合意書を署名し、返還に必要な設備、交通機関、その他の支援をアメリカ政府が負担することとなっている。 

C.パナマ・コスタリカ商事紛争

 1月23日に、パナマ政府は12月5日に下されたコスタリカ政府の主張を認めた世界貿易機関(WTO)の仲裁判決に対する不服申立てを開始すると公表した。これに対してコスタリカ政府はパナマ政府の決定は残念であると述べ、WTOでの解決は非効率であり、解決期間の目安がないため和解を提案したが、パナマ政府は断り、改めて不服を申し立てることを発表した。

パナマとコスタリカの商事紛争は20年以上継続している。2004年にパナマの農業関連産業メロの製品が衛生基準を満たさないことを理由として、コスタリカへの輸出入が拒否された。翌年、コスタリカ乳製品企業のドスピノスの製品は同じ理由で、パナマでの販売が禁止された。コスタリカ政府は2011年にメロの工場、2015年にパナマの食品加工メーカーの工場の衛生許可更新を認めず、パナマの衛生制度の再評価を行った。

コロナ禍に両国の関係が悪化し、2020年5月に、新型コロナウイルス拡大防疫対策としてコスタリカ政府はパナマ発の国際運送トラックの入国を禁止し、同年6月中旬に、パナマ政府は必要な書類の未提出を理由として、コスタリカ産の乳製品および食肉処理場の25工場の衛生許可更新を拒否した。

以   上