執筆者:渡邉尚人(地球環境フォーラム顧問、元在バルセロナ総領事)
1.トランプ米政権発足
(1)1月20日発足したトランプ政権は、早々公約であった化石燃料の増産、バイデン前政権の電気自動車(EV)普及のための環境規制撤廃、更に気候変動枠組み条約パリ協定からの離脱等を発表しました。
(2)これはこれまでの気候変動、地球温暖化への世界の取り組みに明からさまに逆行する動きではありますが、気候変動問題よりも米国の基幹産業であるエネルギー産業の保護や経済安全保障等の国益を優先するというトランプ大統領の強い信念に基づく政策であり、好むと好まざるとに拘わらず、これまで世界で主流となってきた環境主義に一石を投じ、気候変動問題へのアンチテーゼを突き付けるものと言えます。
(3)ここでは、トランプ政権の環境政策、気候変動問題の変遷、気候変動と経済安全保障、気候変動へのアンチテーゼ等につき考察してみたいと思います。
2.トランプ政権の環境政策
(1)トランプ大統領は、1月20日の就任演説で国家エネルギー緊急事態を宣言し、エネルギー資源を掘りまくり、自国の大量の石油と天然ガスを活用し、エネルギーを世界中に輸出し米国を豊かにすること、またバイデン前政権のグリーン・ニューディール政策を終わらせ、電気自動車(EV)の普及策を撤回し、自動車産業を救い、好きな車を買えるようにする等述べました。
(2)また大統領は、気候変動枠組み条約パリ協定からの離脱、グリーン・ニューディール政策の終了、EV義務化撤廃、国家エネルギー緊急事態の宣言、アラスカの資源開発規制の撤廃、更に気候危機や気候変動に関する前政権の規則撤廃等の大統領令に署名しました。
(3)気候変動危機の否定論者であるクリス・ライト・エネルギー長官候補や前バイデン政権の環境保護法案に反対してきたリー・ゼルディン環境保護長官候補が議会承認後に就任すれば、今後トランプ政権の4年間は、エネルギー・ドミナンスの旗の下、気候変動、脱炭素化に逆行する具体的な環境措置が確実に取られてゆくこととなります。
(4)またトランプ大統領のお膝元であるフロリダ州では、既に昨年デサンティス・フロリダ州知事が、バイデン前大統領が推進し日本でももてはやされているESG投資(企業投資において非財務情報である環境・社会・ガバナンスの要素を考慮する投資)を禁止する法案に署名し成立しています。これは州・地方レベルの投資決定におけるESG使用禁止、財務要因のみの考慮の保証、債券発行の際のESG要素使用禁止等です。更に州法から気候変動の文言を削除する法案が成立しています。
3.気候変動問題の変遷
(1)70年代から科学技術の進歩で大気圏の仕組みの理解が進み、地球温暖化問題が特に科学者の間で注目され始めました。1985年オーストリア・フィラハの地球温暖化世界会議で温室効果ガスによる地球温暖化問題が初めて取り上げられ1988年には、地球温暖化に関する科学的側面の政府間の検討の場として国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)により気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が設立されます。
(2)1992年国連総会で国連気候変動枠組み条約が採択されリオ・サミット(国連環境開発会議)で署名。94年発効し、以後毎年締約国会議(COP)が1996年COP1ボン、1997年COP3京都, 2015年COP21パリ、2024年COP29バグー等で開催され、今年11月にはCOP30がブラジル・ベレンで開催予定です。
(3)気候変動枠組み条約
(ア)気候変動枠組み条約は、大気中の温室効果ガス増加が地球を温暖化し、生態系等に悪影響を及ぼす恐れがあることを人類共通の関心事と確認し、温室効果ガス濃度を安定化し、現在および将来の気候保護を目的とするもので、共通であるが差異のある責任を定めるものです。
(イ)具体的な削減目標については定めていませんが、累次のCOPで決定されており、特に1997年のCOP3で採択された京都議定書では具体的削減目標を設定し、先進国のみに2020年までの義務が課されました。日本は第一期間(2008-12)1990年比6%削減を達成するも第二期間には大国不参加のため不参加でしたが、国際社会が協力して温暖化に取りくむ第一歩となりました。
(ウ)パリ協定の削減目標
2015年COP21で採択されたパリ協定では、2020年以降の削減目標設定、途上国にも差異ある責任を課し、国ごとの削減目標を提示。産業革命以降の大気温上昇を2.0°Cより十分に低く、できれば1.5°C未満に抑制することを目標に定め、世界各国が削減目標達成に尽力することとなりました。
4.気候変動問題の過激化・政治化
(1)2007年、ゴア米副大統領は、「不都合な真実」(2007年)で、またIPCCは、累次の評価報告書で地球温暖化に警鐘を鳴らし2007年ノーベル平和賞を受賞しました。こうして気候変動問題は国際社会の共通の関心事項となり、各国により本気度は異なりますが各国とも本格的に取り組みを進めます。
(2)しかし、欧州を中心とする環境主義者やメデイアの主張は、必ずしも科学的見地に基づかない過激化した政治的な主張となってゆきます。気候変動問題を先進国の人為的なCO2増加が全ての原因と決めつけ、自然要因に全く配慮せず、先進国は途上国が受ける気候災害につき被害を賠償、途上国のCO2等の削減や災害に対する防災能力向上のため資金協力すべしとし、更に、貧困格差や貧困国と富裕国との対立、世代間の責任のなすりつけ等倫理問題に結びつけて半ばヒステリックに主張し始めたのです。 (3)そして2050年までにカーボン・ニュートラルを達成すれば地球は安泰で、達成できなければ地球がすぐにも滅びるが如く、一刻を争う待ったなしの脅威として世界の気候危機をあおり続けています。 (4)またバイデン前米大統領や国連事務総長、更にIPCCが右気候危機にお墨付きを与えているため、それに対する反論や過去の観測データに基づく実証は軽視され、気候危機に異を唱えることはタブー視すらされ、政府、学界、マスコミ等にはほとんど取り上げられない状況となっています。
5.自然変動
(1)しかしながら、地球温暖化の原因が人間の化石燃料使用や森林減少等人為的なCO2増加のみによるということはないのです。大気の気象状況は刻々と変わり、太陽活動の変化、水蒸気の雲、風向き、降雨、大波、火山噴火、エルニーニョや寒帯ジェットストリームの北極振動、更には地下のマグマの胎動等で地球温暖化は人間活動とは無関係な自然の変動によるところが大きいのです。
(2)地球は、実験室の試験管の中の様な一定の条件下にはなく、常に刻々と状況が変化しています。科学技術の力のみでこの動きを予測することには不確実性が伴います。いくら精緻なシュミレーションを用いても初期の設定値のわずかな違いや測定値の誤差等は当然ありうるのです。
(3)自然変動を考慮に入れず、過去の観測データの実証ではなく未来の予測であるシュミレーション結果を絶対視し、人為的CO2増加が気候変動の全ての原因であるとして、2050年までの1.5℃の気温上昇が地球の命運を分かつとするのは、複雑な地球や宇宙の力をあまりに単純化し矮小化した人類の独りよがりの様に思えてなりません。
6.IPCCの人為的変動へのお墨付き
(1)IPCCは、1850年から2000年の地球平均気温がホッケー・スティックの様に急激に上昇した図を2001年第三次報告書で発表し、右が人為的なCO2増加が地球温暖化の原因という世界の流れを作ったのですが、木の年輪からサンプルをとり計算した復元温度では急激な上昇は無く、分析手法に批判を招きました。また世界の気温は、確かに100年あたり0.77°C上昇し(日本は0.7°C)していますが、体感温度ではわずかなもので、これが上がっただけで人類がすぐに絶滅する危機ということではないのです。人類ははるかに大きな温度変化に対応してきたのですから。また、98年から2013年には温暖化のスローダウン(hiatus)があり、温暖化はゆっくりとしか進んでいません。
(2)IPCCは、ノーベル賞を受賞し環境問題の権威と見なされるようになりましたが、元来気候変動学会ではなく、世界各国から2000人の主に気象学者達が集められ報告書の査読を行い発表するものです。このため報告書は、2000人の科学者の一致した意見としてメデイアではあたかも神のお告げの様にとりあげられているのですが、反面一人が全責任を持って全てを執筆したものではないため、もし新事実が判明し、パラダイム・シフトが起こった場合にその間違いをすぐに訂正するのは難しいのです。
(3)また気象学者は、将来の地球の天気予報と大気現象につきスーパー・コンピューターを用いてシュミレーションすることが専門で、気候学者の様に木の年輪や氷床から過去の気候をこつこつと調べることには関心が薄いのです。西暦1000年頃の温暖期は現在と同程度に暖かく、1200年頃から1850年まで小氷期があり、1850年から2000年までは、その寒冷期からの回復としての自然変動による気温上昇と言われていますがIPCCは、これも含めて全て人為的原因による変動としたことで誤解を広げているのです。
(4)「不都合な真実」では北極の氷が解けて北極熊が孤立しおぼれ死ぬとして、メディアでは、流された氷の上に取り残された北極熊の画像(のちにフェイク画像と判明)が温暖化の被害の象徴として盛んに報じられました。しかし現在は北極の氷面積は増加しており、北極熊の個体数も4万頭まで増加しています。また気候変動による災害の頻発、激甚化についても、日本の台風の数は1951年から2021年までで年平均26個程でほぼ一定しており、米国のハリケーンも1851年から2023年の平均17.7個(2021-23年は4個)で被害が大きく取り上げられる割にその数自体は大きくなっていません。
7.世界の脱炭素
(1)地球の大気は窒素78.1%、酸素20.9%、アルゴン0.9%、二酸化炭素0.03%、水蒸気その他が1%の組成で、人為的CO2排出量314億トンは、大気中のわずか0.014%です。
(2)また、世界のCO2排出量は、314億トンで、特に中国が32.1%、米国13.6%、インド6.6%、ロシア4.9%、日本3.2%ですので、いくら日本一国がCO2削減に100%成功しても、3割を占める中国が削減に成功しなければ世界全体としてカーボン・ニュートラルは達成できたことになりません。また日本が100%カーボン・ニュートラルを達成しても世界の平均気温を0.06°C下げるのに貢献するだけと言われています。今一度、この点を再認識することが必要です。
(3)またCO2は、地球温暖化の元凶として悪者扱いされていますが、実は悪者ではなく地球には必要不可欠なものです。地球が誕生した頃から存在し、生命体を構成する有機化合物(ブドウ糖等)をつくる原料です。地球の緑をつくっている光合成植物は、CO2がなければ生きてゆけず、光合成植物が無ければ酸素もなく、食物連鎖でエネルギーを得る人間も生きてゆけなくなるのです。
(4)人間自身も、毎日酸素を吸いCO2を吐き出しています。その量は一日0.6Kgで一年間に220Kgと言われています。CO2を悪者扱いするのであれば自らの呼吸すら止めねばならないという極論に陥ってしまいます。
(5)CO2を悪者の廃棄物としてではなく、例えば火災消火剤、人口光合成でつくるプラスティック原料や水素との合成燃料等資源として有効活用することがより重要なのです。
8.気候変動と経済安全保障
(1)昨年11月アゼルバイジャンのバグーで開催されたCOP29では、気候資金に関する新規合同数値目標として先進国が主導して、2035年までに少なくとも年間3,000億米ドルを動員すること、すべての公的及び民間資金源から途上国に対する気候変動対策への資金を2035年までに年間1.3兆ドル以上に拡大するため、全アクターに共に行動することを求めることが合意され、右が最大の成果とされています。各国がより高い2035年の排出削減目標(2035年目標)を設定するための機運醸成については、目立った成果はありませんでした。
(2)しかしながら、この気候資金年間3000億ドルは年間46兆円、年間1.3兆ドルは年間201兆円にものぼり、先進国の中でも特に国際約束を律儀に守る日本の負担は毎年数兆円から数十兆円に上ることになります。これは全て国民の税金から支払われることになり、確実に国民の犠牲と負担増となるのです。
(3)現在、日本の経済力は既に世界でGDP4位、一人当たりGDP22位と後退しており気候変動のための資金拠出と再生エネルギーへの転換のための投資は将来の世代への大きな負担となり、益々国力を弱体化させるものとなるのです。
(4)しかも途上国は右金額ではとても足りないとして年間数兆ドルを要請している状況では、日本を含む先進国がいくら高い削減目標を掲げても途上国はついてこず、更に大変な犠牲を払って巨額の気候資金を支払っても当然視され全く感謝されることはなく、最後は途上国が目標を達成できないのは先進国が十分な資金提供を行わなかったせいだとされるのです。
(5)再生可能エネルギーは、環境に優しいイメージがありますが、風力は不安定な発電量、騒音、鳥衝突被害等自然環境への負荷、電気自動車(EV)は、高価格、高コスト、有害バッテリー廃棄問題等を抱えています。
(6) これら再生可能エネルギーに依存し過ぎて石炭、石油、原子力エネルギーをおろそかにすることは、国の基幹産業の弱体化、国力の衰退につながります。
(7)また太陽光発電、風力発電、電気自動車等の再生可能エネルギーは中国が最大のシェアを有するため、脱炭素のためこれらの分野に投資することは中国からの輸入に頼ることとなり、世界のCO2の3割を排出し続ける中国経済を利することとなります。更に中国製の発電設備が日本の電力網に接続されれば国家インフラを中国に握られ国家安全保障上の大きなリスクを負うこととなるのです。
9.気候変動問題へのアンチテーゼ
(1)トランプ政権の環境政策は、これまでの国連特にIPCCのシュミレーションによる未来の温暖化予測をあたかも神聖なお告げの如く単純に信じ込み、国内の基幹産業である石油産業を衰退させてまで脱炭素のためのエネルギー転換を行うことが地政学上の危機に直面している現在、経済安全保障上の危機を招いていることに警鐘を鳴らしています。
(2)また、気候変動問題への次のアンチテーゼを突き付けています。それは、気候変動が人為的なCO2増加が全ての原因ではなく、自然変動が主な原因であること、地球温暖化はゆっくりと進むのであり待ったなしの気候危機ではないこと、気候変動問題は、富裕先進国の責任であるとの先進国の加害者意識、途上国の被害者意識、世代間の責任のなすりつけ等倫理問題として扱うべきものではなく、全ての国々、全ての世代が老いも若きもそれぞれの利点、長所を持ち寄りながら協力してゆくべき問題であること等です。
10.2050年以降を見据えて
(1)2050年には、米国を除く先進諸国は日本も含め、国民及び官民の尽力と犠牲、英知と経験、最新の科学技術を結集し、更に地球の自然治癒力・回復力を活用しつつ自国のカーボン・ニュートラルを達成できるでしょう。しかし開発途上国の多くは、先進国が十分な資金提供を行わなかったので目標を達成できなかったとして開き直るかもしれません。 そして2050年カーボン・ニュートラルが実現できる国とできない国、しない国、気候変動対策で経済的損失を被る国と利益を受ける国に分かれる中、カーボン・ニュートラル達成で気温上昇を1.5°C以内に抑えても抑えられなくても、地球は滅亡などせず、気候変動自体は2050年以降も終わることなく続いてゆくのです。 (2)このことを見越しながら、過激な環境主義プロパガンダやCO2削減競争に右往左往することなく2050年以降の気候変動につき冷静に考え、対処してゆくことが肝要です。 (3)日本は歴史的にも伝統的にも長らく自然と共存し、自然を敬い、自然の摂理を肌で感じ、日本人のDNAには自然が組み込まれているとも言えます。欧州の環境主義一辺倒に追随するのではなく、日本として自信を持って科学技術に基づいた気候変動についての知見と政策を世界に発信し、世界の気候変動や温暖化問題の流れを正しい方向に導いてゆく時が来ていると思います。 (4)国内的には、火力、水力、原子力発電を柱に太陽光や風力等再生可能エネルギーは補完的にエネルギーバランスをとりつつ経済安全保障に配慮しながら活用してゆくことが賢明です。 なお、当然ながら地震、津波、豪雨、台風、土砂災害、火事等天災に毎年必ず見舞われる日本としては、気候変動に適応しつつ、防災のための防衛策、ハザードマップの整備、警報システム確立、強靭性のある都市開発を行い、人間の生活、生命、財産が失われるのを最小限に食い止めることが何より重要な課題です。また併せ生物多様性喪失、環境汚染を食い止めるための継続的な努力も必要不可欠です。 (了)