連載エッセイ466:硯田一弘「南米現地最新レポート」その68 | 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ466:硯田一弘「南米現地最新レポート」その68


連載エッセイ466

「南米現地最新レポート」その68

執筆者:硯田一弘(アディルザス代表取締役)

「2025年4月6日発」
米国の言葉 tariff(タリフ)=関税・料金  西:arancel 葡:tarifa

昨年4月に取り上げたばかりの言葉ですが、世界中で今週最も語られているキーワードなので、改めて英単語としてご紹介します。 https://latin-america.jp/archives/62373

2日にトランプ氏が発表した世界各国への相互関税が世界中で大きな問題を引き起こしています。特に米国の製造業を脅かす存在と目されたアジア諸国では、20~40%台の高額な関税が課されると発表されて、日本のみならず各国で大きな社会問題となっています。

翻ってラテンアメリカ諸国は、ほぼ最低の10%で統一されていて、数少ない例外がフォークランド諸島の41%、ガイアナの38%、ニカラグアの18%とベネズエラの15%です。
日本ではペンギンとアザラシしかいない諸島への課税が話題となっていますが、今回ラ米で最高の料率を課せられたフォークランド諸島、1982年に発生した領有権をめぐる英国とアルゼンチンとの戦争で認知された南大西洋に浮かぶ島々ですが、英領ということになっているので、イギリスと同じ10%となってしかるべきではないか、と思われます。
下の地図では戦争で負けた後も領有権を主張するアルゼンチン側の名称であるMalvinas諸島として示されていますが、これで位置関係やアルゼンチンが領有権を主張する理由もお判りいただけるのではないか、と思います。

また、ラ米で二番目に高い38%の料率を示されたガイアナは元英国領で、ベネズエラとの国境問題で今でも揉めています。地図で赤く示されたのが双方が領有権を主張するエリアです。

そして三番目に高い18%の関税を示されたニカラグアも場所を御案内します。

4番目15%のベネズエラは、民主党が看過していて共和党政権が圧力を強めている偽マドゥロ政権への制裁という意味合いがあるものの、殆ど貿易の無い英領のフォークランド諸島よりも料率が低い理由は説明がつきません。

いずれにしても、今回の措置は、冒頭でも述べた通り、米国の製造業を脅かすアジア各国への牽制の意味合いが極めて強いのですが、もとを糺せば米国の民間企業がより安価な製造コストを求めてアジア各国に製造拠点を移転したことで米国内の製造業が疲弊したわけで、在り方を問うならば、先ずそうした自国企業の歴史を繙いて、更に製造業を支える労働力の支援を怠ってきた社会制度の見直しを行うべきでしょう。

まあ、このタリフ戦争はまだ布告されたばかりで、今後各国がどのような対応を見せるか全貌が見えていませんのでなんとも申し上げにくいですが、既に中国が対抗措置を発表しており、仮に米国製品に同様の課税が施されると、米国から輸出されていた農産物や機械製品が南米産に切り替えられるチャンスが到来することになるかも知れません。

アルゼンチンの首都ブエノスアイレスが南米のパリと呼ばれるほど素晴らしい街並みを誇っているのは、二度にわたる世界大戦で食糧の供給基地としての地位を確立して大きな収入を得たからです。
今回トランプ政権が仕掛ける関税戦争は、あらためて南米各国に利益をもたらすことが予想されます。

「2025年4月13日発」
米国の言葉 retaliate(リタリエイト)=報復する 西:represaliar 葡:retaliar

今週も世界の話題は米国政府による相互関税と市場の反応に集中していました。

直ちに報復措置をとった中国を除いて90日間は関税率を10%アップに統一し、その間に各国と貿易不均衡を解消しようとする方向に切り替えられたことは毎日報じられているので御存知の通りです。https://www.bbc.com/news/articles/c5ypxnnyg7jo

改めて示された国別の関税率を眺めてみると、先ず疑問が湧くのは高率の関税を示された国々の全てが税率の引き下げを求めて交渉を持ちかけたのかどうか?ということ。
EUでは報復関税の導入が取りざたされていた筈で、勿論交渉を持ちかけていたようですが、10%を上回る税率を示された60もの国や地域がこの短期間に交渉依頼をしたようには思えません。ハード島とマクドナルド諸島では、ペンギンが米国政府に交渉依頼の外交的働きかけをしたのでしょうか?いずれにしても、新たに示された税率表は、今回の”相互”関税の導入が中国を標的にした経済戦争に姿を変えたことを明確に示す内容となった訳です。一方で90日の猶予期間を示されたとは言え、アジア各国にとっても、EUを筆頭とするそれ以外の諸国についても10%が課税されることになった訳で、米国在住の方々には、輸入品のコストが一斉に上昇することになったことに変わりはありません。

2023年、米国の総輸入額は3.1兆㌦(約443兆円)、その14.5%が中国から、隣国メキシコとカナダも合わせると43%を主要三か国からの輸入に依存していることになります。
そして輸出額は2兆㌦で問題の貿易赤字は1.1兆㌦(157兆円)という膨大な金額になることが判ります。これはトランプ氏でなくても危機感を抱くことが理解できます。

ちなみに日本の2024年の貿易収支は5.3兆円。米国の30分の1ではあるものの、赤字は赤字。輸出を増やすことが重要なのは日本も変わりません。

翻って中国ですが、輸出額は3.42兆㌦で輸入額は2.19兆㌦、収支は1.23兆㌦の黒字。儲かってますね。トランプ氏が妬む気持ちも理解できます。しかも輸入における米国依存度は7%、上位5カ国の数字を合わせてもその依存比率は31.4%。

米国が中国に課す関税率は145%、それに報復する中国による米国産品への関税率は125%。双方ともにこれまでの二倍の輸入価格になる計算ですから、この両国間の貿易が激減することは明らかです。勿論、今後の話合いの進展によっては直接的な貿易戦争が回避される可能性もありますが、少なくとも大阪万博開幕の現時点では双方の関税は発効していますので、米国での価格上昇が既に発生しています。
こうなると、先週も書きました通り、中国の輸入ランキングで第五位4.83%のブラジルをはじめとして、南米各国が販売量・額を増やすキッカケになることが容易に想像できます。勿論、米国市場を失った中国製品がその他市場を目指して拡販して流れてきますので、製造業各社にとっては要注意な状況となることも懸念されます。

NHKのニュースでは、中国が米国から輸入する主要な製品はスマホや航空機と報じられていますが、金額ベースで最も大きいのは燃料(16%)で大豆や飼料用トウモロコシ等の農産物(15%)で、米国以外の諸国にシフトすることが容易なものばかり。
米中のいがみ合いが続くと、南米が漁夫の利を得ることになるのは、先週も述べた通りです。
とは言っても、自動車産業はじめ多くの日本企業の業績悪化に繋がるリスクを孕んでいる関税問題ですので、出来るだけ早い時期に報復の応酬が終わることを祈るばかりです。

「2025年4月20日発」
パラグアイの言葉 intervencion(インテルベンシオン)=介入・干渉 英:intervention 葡:intervenção

今週もトランプ劇場がニュースの主役となりました。政府特使の赤沢担当大臣が訪米して、トランプ氏も交えた会談に臨んだことが報じられていますが、会談の成果が今後どのような方向に向かうのか、については未だ良く解らない状況です。
トランプ氏の最大の興味は米国の貿易赤字を減らすべく、輸入を減らして国産品の消費を増やす、ということですが、改めて南米各国の貿易バランスについて調べてみました。

こうして比べてみると、各国の貿易バランスと、各国の国力が別の視点から比較できます。米国が輸出額を6割も上回る金額の輸入に頼っていることは、極めて特徴的です。
ベネズエラやアルゼンチンは、永年に亘る輸入過多が続いたことで、直線的な為替安が続いています。

ここでパラグアイに注目しますと、貿易バランスの比率ではベネズエラを上回る入超率となっていて、外貨の流出が懸念されることが判ります。

そこで本日のLa Nacion紙の記事をご紹介します。
https://www.lanacion.com.py/negocios/2025/04/19/dolar-muestra-tendencia-a-la-estabilidad-y-el-bcp-reduce-sus-intervenciones/
Dólar muestra tendencia a la estabilidad y el BCP reduce sus intervencion(米ドル相場は安定化に向かい、中央銀行は介入を減速)
本来パラグアイでは2月から3月にかけての大豆の収穫期に輸出収入で得られたドルをグアラニに換金するためにドル安グアラニ高になるのですが、今年は殆どこの傾向が見られないままグアラニ安となった為に、中央銀行によるドル売り介入が行われました。
米ドルの安定化(というか、ドルの弱体化?)によって、この為替介入の必要性が低下してきたことを報じる内容です。

そもそも為替の介入というのは、自国通貨の安定を図るための政策として政府が主導して中央銀行が実行するものです。中央銀行にとっては為替介入だけでなく、金利の管理による通貨発行量のコントロールも重要な業務です。為替の介入に関する意思決定は日本では財務大臣が決定して日本銀行が代行する、と書いてありますが、中央銀行の独立性の確保は各国金融政策にとって極めて重要なテーマです。
https://www.zenginkyo.or.jp/article/tag-g/3829/
ただ、日本ではこうした建前を覆す長期間にわたる金融緩和措置が政府主導で行われてきました。これは前日銀総裁が政権の指示に従って動いた結果で、それが最近までの円安ベースの経済状況を発生させていたのですが、現在はこうした動きは見られなくなっています。一方、金融緩和を実施した元総理と懇意であったトランプ氏は、当時の日本政府と日銀の関係を米国でも実現したい、と考えて中央銀行に相当するFRB(連邦準備理事会The Federal Reserve Board)の議長を退任に追い込もうと画策しています。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2025041900128&g=int
経済音痴の元首が国の経済を弱体化させたケースを日本から学ぶことなく、中央銀行への干渉を狙う米国元首、この先どうなるでしょうか?

「2025年4月27日発」
パラグアイの言葉 Menonita(メノニータ)=メノナイト 英:Mennonite 葡:Menonita

今週月曜日にローマ教皇Fransiscoが崩御され、今日土曜日にバチカンで葬儀が営まれました。アルゼンチン出身で南米初の教皇ということで、南米においては極めて高い人気を保ち、パラグアイにも2015年7月に訪問されたことで、今でもあちこちに教皇御来臨を記すマーキングがアスンシオン市内のあちらこちらに遺っています。

奇しくも日本では映画「教皇選挙」の上映中(パラグアイでは昨年上映済)ということで、今回の報道を機に映画をご覧になった方も大勢居られることと思います。

かつてはローマ法王と呼ばれていた教皇ですが、調べてみると1981年に日本語での呼称は変更されたものの、東京のバチカン大使館の呼称がローマ法王庁大使館という名称であるために、日本語での呼称が今でも複数混在するようです。
https://www.cbcj.catholic.jp/faq/popeofrome/

映画や今回の葬儀関連の報道を目にした結果、世界中に13億人以上(世界の6人に一人)の信徒を持つローマ・カトリック教会が如何に強大な影響力を持つ組織であるか、改めて認識できます。https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/vatican/data.html

キリスト教の歴史についても、多くの報道がなされることと思いますが、今週は同じ宗教を根っこに持ちながら、宗教改革の後に独自の信仰の道を選んでパラグアイに定住、大きな経済力を持つことになったメノナイト派について紹介します。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%8E%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%88
というのも、今週は日本からのお客様を御案内して、メノナイトの中心地とも言えるチャコ地方のLoma Plataに出向いてきて、経済活動の中心となっている協同組合で彼らのルーツに関する歴史を直接聴取する機会を得たからです。

1500年代初頭、今回の報道で目にするバチカンの立派なサン・ピエトロ大聖堂を建設する為に欧州各地の教会に資金集めの通達が出され、ローマから遠く離れた現在のドイツ地方で布教活動をしていたルターが反発、宗教改革が始まり、形式的な儀式を重視するカトリックから分離した宗派の中から、メノー派というグループが発生したものの、為政者とも結びついた多数派であるカトリック教会とその信者たちからの迫害を受けて発生地であるオランダ・ドイツを逃れてプロシア→帝政ロシア→カナダ→パラグアイへと移住を続け、現在の地位を築上げたということを教わりました。

宗教の対立は、現在の中東戦争の原因でもありますが、少なくともパラグアイにおけるメノー派の人々の存在感は極めて大きなものになっています。最初のグループがカナダから移り住んできた1927年は、成人男性の9割が戦死した三国戦争(明治維新の4年前である1864年から1870年、パラグアイとブラジル・アルゼンチン・ウルグアイ連合との戦争)から60年近く経過していたものの、1932年から始まるボリビアとの戦争を前にした不穏な時期であり、人口が希薄なチャコ地方の防衛力を強化するために、人間を住まわせる必要があった当時のパラグアイ政府にとって、カナダ政府の迫害で行き先を求めていたメノー派の人々を居住させることは国益に適っていたということが言えます。

この古地図は、パラグアイにおけるメノニータ居住区を示したものですが、チャコ地方の面積が如何に大きいか良く解ります。また、下のURLはパラグアイにおけるメノニータの歴史を詳しく説明していますので、Google翻訳等を使ってお読みください。
https://www.portalguarani.com/2517_rudolf_plett_welk/18553_presencia_menonita_en_el_paraguay_1979_por_rudolf_plett.html

いずれにしても、現在のパラグアイにおいてメノニータは人口4万人程度とされ、総人口700万人の1%にも満たない存在ですが、牧畜や酪農・大規模な大豆・綿花の栽培など農業分野で圧倒的な存在感を示しており、経済的な影響力の強さは1万人の日本系住民を凌駕しています。パラグアイ全国農業組合もメノニータ農協が中心的な存在となっており、農業国パラグアイの中心にこの集団がいることは明らかです。
ただ、宗教という観点では冒頭でも紹介した通り、ローマ・カトリック信者が国民の8割とも言われており、この点において両者は互恵関係を保つ共存関係となっています。

メノニータの信条は、「協働社会の形成」ということで、集団に依存する共産主義や社会主義とは異なり、個々のメンバーが集団を強くする共通の目的の元、成長を目指すというもので、経済成長期の日本のような力強さを感じさせます。
いずれにしても、信仰を糧に成長を続けるパラグアイ、日本の皆さんにも見て欲しい所です。

以   上