執筆者:Ruben Rodriguez Samudio(早稲田大学講師・パナマ共和国弁護士)
A. 社会保険庁改正に対するデモ
4月中旬以降、様々な組合が改正の廃止を求める目的で全国的なデモを行っており、社会不安の状況に陥っている。5月22日にムリノ大統領は、社会保険庁が管理する国民健康保険および年金制度の継続に必要であるとして、改正の廃止を拒否したが、野党の議員は新たな改正を検討するため組合との連携を提案している。また、ムリノ大統領は、年金制度の資金不足の責任は元局長にあると述べつつ、国会元議長のPRD議員が労働組合と協力して政府を攻撃していると発表した。
社会保険庁改正に対するデモは1ヶ月以上継続し、コスタリカと接しているボカス・デル・トーロ県へのアクセスが制限され、日用品の補充が困難となっているため、政府は緊急事態宣言の発令を検討していると明らかにした。また、ボカス・デル・トーロ県でバナナプランテーションを運営する米国のチキータ・ブランドは、ストライキした労働者を解雇した上で、コスタリカに移動すると発表した。
B. クーデター計画の疑い
全国デモによる社会不安状態の中、ミレヤ・モスコソ元大統領(1999-2004)は5月23日のインタビューにて、野党の国会議員が参加したイベントでムリノ政権を転覆して2026年に総選挙を行うという趣旨の話がされたと明らかにした。翌日のLa Prensa新聞の問い合わせに対して、モスコソ元大統領は「コメントをしたのみ」と回答した。これに対して、国会議長は国民の意思を守るという公式伝達をSNSで投稿し、問題とされる会話に参加した野党の議員は事実ではないと発表している。また、モスコソ元大統領は政府の転覆を語った議員の名前を公開すべきという声もある。
C. マルティネリ元大統領の亡命
5月10日、コロンビア政府は、マネーロンダリングで有罪判決を受けたマルティネリ元大統領が政治的保護のもと、同日の夜中にコロンビアに亡命したと発表した。2024年2月に、ニカラグア政府がマルティネリ元大統領の政治亡命申請を認めたが、コルティソ政権(2019-2024)はニカラグア政府への移動許可の発行を拒否した。2025年3月末に、ムリノ政権は同月31日期限の移動許可を発行したが、ニカラグア政府が入国を拒否したため移動が行われなかった。コロンビアのエル・ティエンポ新聞によると、その後、マルティネリ元大統領はコロンビア政府に申請し、コロンビアの外務省を通じてペトロ大統領と在パナマコロンビア大使と交渉した。これに対して、パナマのムリノ大統領は、コロンビア政府から連絡を受けておらず申請の認容発表とともに知ったと述べた。
コロンビア政府は、1954年の政治亡命条約(カラカス条約)に基づいて、マルティネリ元大統領を政治的避難者として認定し、政治的庇護を与えた。政治亡命と異なり、庇護の場合、マルティネリ元大統領は政治的な発言などはほぼ制限されず、結社の自由も認められている。ただ、庇護はあくまでもパナマに限られ、他国からの引き渡しは含まれていない上、2026年に予定されるコロンビアの総選挙後、新たな大統領が庇護を取り消すことができる。
しかし、マルティネリ元大統領とペトロ大統領はかねてから仲の悪いことで知られているため、コロンビア政府の決定を疑う声もある。マルティネリ元大統領は2022年にSNSで、当時上院議員であったペトロが参加したコロンビア総選挙運動のインタビューについて、彼が大統領として当選するとコロンビアは貧困国になると述べた。その後、ペトロ大統領はマルティネリ元大統領を度々批判し、有罪判決が下された当時は汚職政治家に正当な罰を与えたとしてパナマ司法を高く評価した。コロンビアのサントス政権中(2010- 2018)に在パナマコロンビア大使であったアンヘラ・ベネデティは、コロンビア政府の判断には経済的な対価があったとSNSで発表している。
A. 経済の格付け
米国の民間格付け会社ムーディーズ・レーティングスは、安定した経済成長、パナマ運河の運営、年金制度の改正などを根拠として、パナマの格付けを変更せずBaa3とした。経済は2024年に2.9%、2025年に4%の成長が予測され、3月時点ですでに成長率が前年同期比7.8%上昇している