高橋 百合子(早稲田大学 准教授)
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はじめに
2025年1月の第2期トランプ政権発足は、米国の移民政策における歴史的な転換点となった。新政権は公約通り、非正規移民対策を即座かつ大幅に強化している。トランプ大統領は、非正規移民を「米国人の雇用を奪う」や「治安を悪化させる」主な要因と位置づけ、民主党の支持基盤であるシカゴやロサンゼルス等の「聖域都市」に対し、連邦政府の権限を行使した大規模な摘発を展開している。しかし、こうした強硬策は、地域社会との深刻な軋轢を生むとともに、基幹産業を支える労働市場の不安定化など、実体経済にも看過できない影響を及ぼし始めている。本稿は、第2期トランプ政権下の移民政策の現状とその波及効果を多角的に検証することを試みる。
非正規移民とは誰か
一般的に、正規の滞在許可を持たずに米国に居住する人々は、「非正規移民(undocumented immigrants/ unauthorized immigrants)」、あるいは「不法移民(illegal immigrants)」と称される。日本のメディア等では後者の呼称が一般的であり、トランプ大統領や保守系政治家も「不法移民」という言葉を多用する。しかし、本稿ではより正確な定義である「非正規移民」を用いる。その理由は、以下の通りである。2022年の公式統計によれば、米国内には約1100万人の非正規移民が居住しており、これは移民総人口の約23%に相当する(Passel and Krogstad 2024)。重要な点は、この中には人道的理由による「一時的保護資格(Temporary Protection Status: TPS)」や、幼少期に到着した移民に対する「強制送還の一時猶予措置(Deferred Action for Childhood Arrivals: DACA)」の対象者が含まれることである。これら約300万人(全体の約30%)の人々は、一時的とはいえ米国政府から滞在や就労を認められていることから、「不法滞在者」と呼ぶのは正確ではない(Passel and Krogstad 2024)。したがって本稿では、実態をより適切に捉えるため、これらの人々を包括する概念として「非正規移民」の呼称を用いる。
移民政策を担う主要機関
米国の移民政策の中核を担うのは、2001年の同時多発テロを契機に2003年に設置された国土安全保障省(Department of Homeland Security: DHS)である。DHSは、ビザ発給を担う国務省や司法省と密接に連携しつつ、国境管理と移民規制を統括する。その傘下には、役割の異なる2つの主要な組織が存在する。その1つは、税関・国境警備局(Customs and Border Protection: CBP)である。CBPは国境管理を本務とし、空港・港湾での入国審査に加え、隣接するメキシコ・カナダとの国境での警備を担当する。不法越境者の検挙(apprehension)や、麻薬・武器の密輸阻止がその主な役割である。もう一方は、移民関税執行局(Immigration and Customs Enforcement: ICE)である。ICEは米国国内での移民関連法の執行を担う。具体的には、不法滞在者の摘発(raids)や、犯罪歴のある移民の身柄拘束および強制送還を執行するほか、企業の不法就労調査や移民拘留施設の管理も行う。トランプ政権下の強硬策を考察する上では、この国境管理におけるCBPと米国国内を管轄するICEが、いかに連動して機能しているかを把握することが重要である(Ruiz Soto 2025)。
第2期トランプ政権下における移民政策の展開
第2期トランプ政権の移民政策は、第1期政権における強硬策を単に再開するにとどまらず、バイデン前政権下に見られた選別的移民政策の執行と人道的アプローチを全面的に否定し、入国抑止と取り締まりを強化させた点に特徴がある1。その具体的な内容は、以下の3点に集約される。